最新のトピックスへ Facebook Twitter

牧野良幸のトピックス

Tweet(ツイート)    

makino01.jpg

 

第18回:シュガー・ベイブ『SONGS -40th Anniversary Ultimate Edition- <2015 REMIX>』

~ハイレゾで、デビュー盤にしてプロフェッショナルなアルバムに~

 

 

僕がシュガー・ベイブという名前を初めて知ったのは高校生の時だ。兄貴が買ってきた荒井由実の『MISSLIM』に収められていた「12月の雨」という曲でだった。「12月の雨」にはそれまで、邦楽はおろか洋楽でも聴いたことがないようなコーラスが加えられていた。それを歌っていたのがシュガー・ベイブだったのである。

『MISSLIM』はユーミンの最高傑作と言っていいアルバムだと思う。その中でも「12月の雨」はアルバムの白眉である。言ってみれば、ユーミンのキャリアの頂点で、ユーミンを食ってしまったのがシュガー・ベイブということになる。もちろんそれくらいで、いささかも動じないユーミンであるが、かの荒井由実の背後に埋もれないほどシュガー・ベイブにも存在感があったということだ。僕にしてみればちょっとした事件だった。

しかしクレジットには「シュガー・ベイブ」という名前が載っているだけ。これも同じ頃兄貴が買ってきた、はっぴいえんどの解散コンサートのライヴ盤にもシュガー・ベイブの名前を発見したが、それでもまだ彼らの顔は見えてこなかった。いったいどんなコーラス・グループ(!)なんだ? 気にしていたのは兄貴も同じだったのだろう、やがて兄貴が1枚のレコードを購入する。それが『SONGS』だった。

 

僕もさっそく聴いた。「ユーミンのバックからアルバムを出せるまで出世したんですね」という、生意気に言えば、おめでとう、という気持ちで『SONGS』に針を落としたのである。はたして、流れてきたは「12月の雨」のコーラスと同じく、それまでの邦楽や洋楽で聴いたことがないような音楽だった(シュガー・ベイブがコーラス・グループではなくバンドであることはすぐに修正した)。

「素敵なショーのはじまりだよ〜」と歌うシュガー・ベイブは、当時70年代ロックにどっぷりだった僕には、ちょっとアマチュアぽい音楽に思えたが、そこには「我が道を行く」ゆるぎない自信を感じた。しかし同時に「僕たちの音楽も聴いてくれ!」という自意識も痛いほど感じた。『SONGS』は何度針を落としても、若者の自信と不安、両方が入り混じった蒼い時間が流れたものだった……。

 

長々と昔のことを書いたのは、今回のハイレゾが、かつて聴いたLPとかなり違う印象、また違う音になっているなあと感激したからである。もっともあの頃、やや回転の鈍ったターンテーブルのステレオで聴きこんだLPと、今日の大きなトールボーイ・スピーカーで音量を上げて聴くハイレゾとを比べるのは正確さにかけるかもしれない。しかしそれを差し引いても、今回のリマスタリングとハイレゾ自体の効果というのはすごくあるなあ、と思ってしまったのである。

 

sugarbabe_makino.jpg

 

ハイレゾで聴く『SONGS』は頑強な音である。いってみれば、その後の山下達郎の『RIDE ON TIME』や『FOR YOU』のような“タツロー・サウンド”と互角に渡り合う音になっている気がする。だからブラスのアクセントの部分には「とっくに“タツロー”してたんだ」と、ニヤリとする。またドラムも小気味良い。小回りのきくオカズが前へ前へと曲を進めていくところが快感だ。このロック的な推進力は、FLACの「48kHz」という低めの周波数が合っているのか、若々しく伝わってくる。

ハイレゾは力強いだけではない。コーラスの重なりや、音の減衰する“きわ”も綺麗だなあと思う。加えて楽器や声の分離感(描き分け)がすごく出ているように思う。音のまわりに空気感を感じるところも随所にあった。こうなると『SONGS』にはオーディオ・マニアの好む、いわゆる“優秀録音盤”という肩書きを与えてもいいような気さえした。

 

40年前のLPで感じた「我が道を行く」精神はハイレゾでも健在だけれど、「僕たちの音楽を聴いてくれ!」という声はもう聞えてこない。同時に「アマチュアっぽい」という印象も消えた。かわりに思うのは、デビュー盤にもかかわらず作り込まれた「プロフェッショナルなアルバム」という思いである。というか、これが当時のシュガー・ベイブを伝える真の音なのだろう。ジャケットに描かれた老婦人もこれには「おやまあ」と驚いているのではないだろうか。

 


 

好評配信中!

シュガー・ベイブ
『SONGS』
-40th Anniversary Ultimate Edition- <2015 REMIX>

(FLAC|48.0kHz/24bit)

btn_buy_hires.png

 


 

【牧野 良幸 プロフィール】
 
1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。
 
 
 
 

Tweet(ツイート)    

makino01.jpg

 

第17回:マイケル・ジャクソン『オフ・ザ・ウォール』

~一夜にしてハイレゾの怪物アルバムに~

 

 

 マイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』がついにハイレゾで登場した。FLAC(96kHz/24bit)での配信。アルバムへの思いはいろいろあるが、まずはハイレゾを聴いてみよう。

 1曲目の「今夜はドント・ストップ」から猛烈な音がシャワーのように飛び出してきた。ひとつひとつの楽器音に張りがあり、まるで駿馬の筋肉をもつような音である。そのせいか細かいパーカッションの音があちこちでよく聞える。これは「粒立ちがいい音」というよりも「生命感のある音」と言ったほうがふさわしい。続く「ロック・ウィズ・ユー」も同じくらいパワフルだ。加えてバッキング・コーラスの繊細な響きにも耳を奪われた。

 

michael_makino.jpg

 

 この2曲を聴いただけで、『オフ・ザ・ウォール』のハイレゾがこれまでのハイレゾとは一線を画す仕上がりだというのが分かる。これ以上言葉で説明すると、とんでもない形容詞を使いかねないので、ここは僕なりにハイレゾの音をイラスト化したので、そちらをご覧いただきたい。実際のハイレゾの音はこのイラストでも十分に描けなかったくらい精緻でパワーあふれる音、生命力のあふれる音である。

 

 一般にマイケル・ジャクソンといえば『スリラー』が最高傑作とされている。しかし音楽的な好みなら『スリラー』よりも『オフ・ザ・ウォール』を好む人も多い。かくいう僕もそうだ。『オフ・ザ・ウォール』には、丁度ビートルズの初期がそうであるように、エヴァー・グリーンなマイケル・ジャクソンを感じるからである。若いマイケルの音楽性に脂の乗りきったクインシー・ジョーンズがマジックを施したアルバム。それが『オフ・ザ・ウォール』であろう。

 ただ音質的にはやはり『スリラー』のほうが上という思いはあった。というか『スリラー』があまりに高音質すぎたのであるが。その『スリラー』が15年以上も前にSACDという高音質ソフトでリリース(現在はハイレゾでも配信中)されたのにたいして、『オフ・ザ・ウォール』はずっと音沙汰なしだったのだ。

 そんなところにようやく届いた『オフ・ザ・ウォール』のハイレゾなのである。嫌でも期待は高まるのであるが、そんな期待を軽々と越えるほどハイレゾの音質は、それこそ想定外だった。エヴァー・グリーンなマイケルやクインシー・ジョーンズのマジックと張り合うほどに、ハイレゾの高音質がバシバシと押し寄せてくるのである。これらが三位一体となって、ハイレゾで聴く『オフ・ザ・ウォール』は『スリラー』なみの怪物アルバムになった気がする。

 

 ここ数年ハイレゾを聴く機会が多くなったのであるが、次から次へと配信されるハイレゾを聴いていると、正直、最初の感動が薄れてきて耳が慣れてしまったところがある。同時に音の良し悪しを判断するハードルが上がってきたことも実感していた。要するに、好むと好まざるにかかわらず、少々の高音質では感動しない体質になってしまったのである。

 しかしこの『オフ・ザ・ウォール』のハイレゾは、そんな僕の麻痺しかけていた耳に一撃を与えた。「今夜はドント・ストップ」が始まるや、まるで生まれて初めてハイレゾを聴いたような衝撃だったのだから。たぶん僕だけでなくほとんどの方が同じ感想をもたれると思う。ここのところ「ハイレゾのおススメは?」と訊かれると、あれもこれもと浮かんで何も選べなかった状態であったが、これからは『オフ・ザ・ウォール』を上げることに躊躇しないであろう。そう考えると『オフ・ザ・ウォール』は一夜にしてハイレゾの代表作になった。その意味でもやはり怪物アルバムだ。さすがマイケル・ジャクソンと言うほかはない。

 


 

☆大好評配信中!☆

Off the Wall/Michael Jackson
(FLAC|96.0kHz/24bit)

btn_buy_hires.png

 


 

【牧野 良幸 プロフィール】
 
1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。
 
 
 
 
 

Tweet(ツイート)    

makino01.jpg

 

第16回:サイモンとガーファンクル(後編)『明日に架ける橋』〜『セントラルパーク・コンサート』

〜ハイレゾが僕の新しい『グレイテスト・ヒッツ』〜

 

 前回は1971年暮れにベスト盤を買って、サイモン&ガーファンクルの世界に踏み込んだことを書いた。翌72年になると、僕はベスト盤だけでは飽き足らずオリジナル・アルバムを揃えるようになった。ちょうど中学2年生から中学3年生に進級した頃である。

 買ったのは『パセリ・セージ・ローズ・マリー・アンド・タイム』『ブックエンド』『明日に架ける橋』。当時は中学生がLPを買うのは大変だったから『水曜日の朝、午前3時』と『サウンド・オブ・サイレンス』は友人から借りて録音した。そのかわりに発表されたばかりのポール・サイモンの初ソロ『ポール・サイモン』とマニアックな『ポール・サイモン・ソング・ブック』も買ったのだから、72年の夏休みが終わるころには、僕の“S&G収集”はほぼ完了したと言っていい(『卒業』だけ見送った)。

 そんなころ『グレイテスト・ヒッツ』が発売されたのだった。収録曲を見て驚いた。それまでCBS・ソニーが出していたベスト盤『サイモンとガーファンクル・グレイテスト・ヒット II』とまったく同じ収録曲、曲順だったからである。これは「ポール・サイモン自身による選曲」と銘打たれた国内企画盤で、日本の洋楽LPチャートではずっと1位を記録していた。古い流行語に例えれば「巨人、大鵬、S&G」と言いたくなるくらい我が国では人気があったレコードだ。

 そこに新しい『グレイテスト・ヒッツ』である。同じ収録曲でもさすがにS&G自身の制作だから凝っていた。ライヴ演奏や新ミックスが含まれていて、新作と呼んでもいい内容だ。この頃は僕のなかでS&G旋風はおさまり、かわってビートルズの大旋風が吹き荒れていたのであるが、ビートルズのレコードを1枚諦めても欲しくなった。かくして72年9月13日に『グレイテスト・ヒッツ』を買ったのだった(LPの解説書に日付を書いたから今も分かるのである)。

 はたして『グレイテスト・ヒッツ』は新鮮だった。なかでもライヴの4曲がスタジオ録音をしのぐ神々しさ。他にも拍手が被せられている曲があり、アルバムとしても聴き飽きなかった。しかし事件はまもなく起きる。ある時、手を滑らせて針をレコード盤の上に落としてしまったのである。バン、バン、バン、ブィ~! 針は豪快なバウンドをしたあと、飛行機が胴体着陸をするようにミゾの上を滑っていった。

 恐る恐る聴いてみると、ライヴの「59番街の歌(フィーリン・グルービー)」でプ、プ、プというキズ音が出る、続く「サウンド・オブ・サイレンス」ではついに針飛びがおきて先に進まない。中学3年生の心がいかに折られたかは、アナログ世代の方なら分かっていただけるだろう。

 にもかからず、僕はこのレコードを聴き続けたのだった。まるで虫歯の痛みを確認するかのように、マゾ的な心でノイズの出る部分を聴く自分がいた。CDや別の中古レコードに買い替えてもよかったのだが、できなかった。大切な小遣いで買ったレコードは可愛いし、傷がついたことで逆にこのレコードから離れられなくなってしまったのだ。

 ここでようやくハイレゾの話になる。そんな病んだリスナー(?)である僕でも『グレイテスト・ヒッツ』はハイレゾだと、まったく自然に聴けるのである。どうしてハイレゾなら聴けるのか。もちろん高音質なところがその大きな理由だろう。しかしそれだけでもないような気がする。ひょっとしたらハイレゾを聴く行為のなかに、アナログ盤を聴く行為に通じるものがあるのかもしれない。そんなわけで今ではハイレゾの『グレイテスト・ヒッツ』が僕の愛聴盤となっている。棚にしまってあるLPもきっと喜んでいることだろう。

 


 

Bridge Over Troubled Water

http://mora.jp/package/43000100/G010001408099M/

 サイモン&ガーファンクルの傑作であるだけでなく洋楽レコードの金字塔。それが『明日に架ける橋』であろう。表題曲「明日に架ける橋」や「ボクサー」など彼らの代表曲と“その他の名曲”からなるアルバムで、ハイレゾでは“その他の名曲”がより高音質となり、アルバムとしての素晴らしさが底上げされている。
 「ベイビー・ドライバー」「ニューヨークの少年」「手紙が欲しい」などが、ふくよかなサウンドで鳴り響くのは、かなり快感だ。ブラスの音も凄い。もちろん「明日に架ける橋」のピアノもイントロから重心の低い音に(僕には)感じられて、ハイレゾで聴く価値が大きいアルバムだと思った。

 

Greatest Hits

http://mora.jp/package/43000100/G010001794833N/

 この『グレイテスト・ヒッツ』については先に書いたので、ハイレゾの話をするなら、「エミリー・エミリー」などのライヴ音源の音質がしっかりした分、アルバムの統一感がいっそうとれた印象になったと思う。スムーズに各曲が流れていく。「ミセス・ロビンソン」や「スカボロー・フェア」などは、なぜかオリジナル盤よりもこのベスト盤で聴く方が好きである。

 

The Concert in Central Park (Live)

http://mora.jp/package/43000100/G010003232888H/

 81年のニューヨーク、セントラル・パークでの再結成コンサート。当時はまだ大物の再結成は珍しかったので、まさか二人が再び一緒に歌うなど夢にも思わなかった。しかし、そんな興奮とはうらはらに演奏はリラックスしたもので、ソロ作品を二人で歌ったりとスタジオ・アルバムにはない魅力がふんだんに含まれている。ジャズ、フュージョン系ミュージシャンのバッキングも時代が80年代になったことを強く感じさせる。
 ハイレゾは野外とは思えないクリアな録音を、やわらかいアナログ風な音で再生してくれる。バンドの各楽器の分離感も良好。「どこがどうハイレゾで良くなった」という力みはなく、それこそ演奏と同じく「リラックスしたハイレゾ化」を感じる音質だと思う。夜な夜な聴くには格好のハイレゾ。

 

 

sand_kouhen.jpg

 

 


 

【牧野 良幸 プロフィール】

1958年 愛知県岡崎市生まれ。1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。

2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

 

マッキーjp:牧野良幸公式サイト

 

 

Tweet(ツイート)    

makino01.jpg

 

第15回:サイモンとガーファンクル(前編)『水曜日の朝、午前3時』~『ブックエンド』

~ハイレゾ配信は洋楽オヤジへの“ギフト”~

 

 サイモン&ガーファンクルのハイレゾが、とうとう昨年末(2015年12月25日)にmoraで配信された。ようやくハイレゾ界に重要なピースが埋まったという感じだ。なので今回は2回に分けてサイモン&ガーファンクルについて書いてみる。

 僕にとってサイモン&ガーファンクルは洋楽への入り口になった存在だ。これは僕だけではなく、70年代始めを中学、高校生で過ごした人なら皆同じだと思う。あの頃は解散したビートルズも人気があったけれど、洋楽初心者は、まずサイモン&ガーファンクルのほうを聴いていた気がする。

 僕もその口で、中学2年生の時、五里霧中で洋楽のヒット曲を追いかけているうちにサイモン&ガーファンクルを知った。初めてまとめて聴くべきアーティストに出会った気がしたものだ。なので1971年の暮れに、当時CBS・ソニーが出した《ギフト・パック・シリーズ》の2枚組ベスト盤を買った。まだビートルズさえ聴いていない。これが僕にとって、生まれて初めて買った洋楽のLPだった。

 赤い箱が印象的だった《ギフトパック・シリーズ》は『サウンド・オブ・サイレンス』から『明日に架ける橋』までの4枚のアルバムから選曲されていた。2枚組4面のS&Gの世界はスキ無しの構成で、レコードを買ってからクリスマスはおろか年末年始、さらにその後の数ヶ月もの間、それこそしゃぶりつくすまで聴き続けたものであった。粗末なサファイア針のステレオ・セットであったが、1秒たりとも耳を離せなかった。

 その後の長いレコード人生を振り返ってみても、この《ギフトパック・シリーズ》を聴いていた時が、一番エキサイティングだったと思う。このレコードで音楽を聴く喜びを知ったからこそ、今も音楽を聴き続けている気がするのである。サイモン&ガーファンクルの《ギフトパック・シリーズ》は、その名のとおり洋楽少年への“ギフト”であった。

 それから44年後、洋楽オヤジのもとにサイモン&ガーファンクルのハイレゾがやってきた。彼らの残した5アルバムに加えて、72年発売の『Greatest Hits』と81年の再結成ライヴ『The Concert in Central Park』を含んだ7アルバムが、FLACの192kHz/24bitという申し分のないスペックで登場したのである。

 申し訳ないけれど、サイモン&ガーファンクルのCDには何の思い入れも持たなかった。しかしハイレゾでは、なぜか44年前の《ギフトパック・シリーズ》を買った時と同じくらいのワクワク感を覚えた。各アルバムについてあとで書くように、ハイレゾでサイモン&ガーファンクルを聴く楽しみは数回聴いただけでは終わりそうもない。それこそ44年前のレコードのように、しゃぶりつくすまで聴いてしまうことは間違いない。今回のハイレゾは、まさに44年ぶりの洋楽オヤジへの“ギフト”だと思う。

 


 

Wednesday Morning, 3 A.M.

http://mora.jp/package/43000100/G010000912960X/

 『水曜の朝、午前3時』という邦題を持つデビュー・アルバム。このアルバムは出世作「サウンド・オブ・サイレンス」のヒット前なので、“S&G前夜”という印象がどうしてもつきまとう。そのせいか《ギフト・パック・シリーズ》のレコードでも、このアルバムからの選曲はなかった。
 しかしこのアルバムは『ブックエンド』や『明日に架ける橋』に劣らず名作だと思う。というか二人のデュエットを堪能しようと思うなら、このアルバムがピカイチといっていい。曲も彼らならではの哀愁のある曲ばかり。全編がフォーク調なのは隠れ蓑で、実は究極の“癒しアルバム”かもしれない。僕の場合、歳を取るとともに聴く回数が圧倒的に増えているのが、この『水曜の朝、午前3時』なのである。
 ハイレゾではヴォーカルがナマナマしくなった。二人の歌う旋律が、時に平行に、時に交差する。その様がアナログ・レコードでも快感だったのであるが、ハイレゾだとさらに際立つ。楽器が少なく余白が多い空間だから、オーディオ的な耳で聴いても面白い。ハイレゾでぜひ揃えておきたいアルバムだと思う。

 

Sounds Of Silence

http://mora.jp/package/43000100/G010000911928G/

 『サウンド・オブ・サイレンス』は、ギター・デュオとしてデビューしたサイモン&ガーファンクルがエレクトリック楽器を随所に加えていったアルバム。大ヒットしたロック調の「サウンド・オブ・サイレンス」もここに収録されている。
 でも完成度が高いのはやっぱりフォーク路線の曲で、「木の葉は緑」「キャシーの歌」「4月になれば彼女は」などだろう。ハイレゾではギターの音はひき締まり、弦の硬質感を伝える。聴く前は、どこかぬるま湯的な倍音を期待していたのであるが、ハイレゾの、厳しさをたたえたギター音はサイモン&ガーファンクルの余情性を際立たせる気がした。そうかと思えば、逆にロック路線の曲で温かみを感じた。「リチャード・コリー」のふくよかなエレックトリック・ギターの響きに「おっ」と思う。
 『サウンド・オブ・サイレンス』に限らず、他のアルバムでも感じたことであるが、ハイレゾでは全体的に音の輪郭が鮮明になり、肉厚になっている。そのせいでバスドラやベースによるリズムの食い込みがとても感じられるのが特徴だ。それから今まで気付かなかった音に惹かれる瞬間も多い。「木の葉は緑」や「とても変わった人」のタンバリン(?)の「ちゃりん」という音もキラキラと輝く。

 

Parsley, Sage, Rosemary And Thyme

http://mora.jp/package/43000100/G010001408100V/

 『パセリ・セージ・ローズ・マリー・アンド・タイム』は、前作『サウンド・オブ・サイレンス』を経て、完成した“サイモンとガーファンクルのサウンド”に仕上ったアルバムと思う。本作と『ブックエンド』『明日に架ける橋』の3作はそれぞれに個性的で甲乙つけがたい。そのなかで、このアルバムの特徴を一言でいうなら「幻想的」であろうか。
 ハイレゾの音は、これも他のアルバムと同じく引き締まった輪郭、それていてふくよかな音である。アナログ盤では淡彩画のように夢幻的だった「夢の中の世界」もハイレゾではクリアになった。特に筋肉質なギターの連打が印象的。それでも夢幻的な雰囲気が健在なのは、この曲が単にムードで仕上ったものではなく、クリアな歌唱と引き締まった演奏の上に仕上ったものだということを認識させられた。
 新たに気付いたことと言えば、レコードではオマケ扱いで聴いていた(失礼)「7時のニュース/きよしこの夜」も、ハイレゾではヴォーカルと、ニュースを読み上げるアナウンサーの声の絡みが緊張感を持つ。アナログ盤では今ひとつ感じなかったこの曲の「実験性」を、ハイレゾでようやく実感した次第である。

 

Bookends

http://mora.jp/package/43000100/G010000991684W/

 『ブックエンド』の特徴を一言でいったら、A面の「トータル性」と、B面の「最新録音技術による楽曲集」。この“二色丼”がLP『ブックエンド』だった。
 それをハイレゾで聴いてみると「アメリカ」ではバスドラがズンズン、とくる。「パンキーのジレンマ」でもベースがくっきり。繊細なメロディの下に、かようなリズムがうごめいていたとはビックリ。何度も書くように、ハイレゾでは輪郭がクリアなのでリズムが埋もれない。サイモン&ガーファンクルの抒情的な楽曲を肉厚なリズムで聴くのは、レコード時代にはなかったオツな楽しみ方だと思う。
 ハイレゾでの解像度の高さは、老人の声をコラージュした「老人の会話」でも威力を発揮する。声の向こうにヤカンが沸騰しているようなボコボコという音が鮮明に聴こえて、これまたLPを聴くのとは違う印象を受けた。
このようにハイレゾだと面白くて、どの曲も聴き飽きない。44年前のレコードのように、しゃぶりつくすまで聴いてしまう、と書いた気持ちも分かってもらえるかと思う。

 

残りのアルバムについては後編で書くので、どうぞお楽しみに。

 

 

makino_sandg.jpg

 

 


 

【牧野 良幸 プロフィール】
 
1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。
 
 
 
 

Tweet(ツイート)    

makino01.jpg

 

第14回:ヴェルディ:歌劇『リゴレット』から「女は気まぐれ」

~聴けば「元気100倍」になるオペラ~

 

 ヴェルディの歌劇『リゴレット』には「女は気まぐれ」という曲がある。一般に〈女心の歌〉と呼ばれる有名な曲だ。たとえ知らない人でも、いちど聴けばメロディを覚えてしまうだろう。

 この曲は第3幕で女好きのマントヴァ公爵が歌う。歌詞は「女の気持ちは、風に舞う羽のように移り気だ」といった内容で、今も昔も変わらない(?)女心を歌ったものである。これぞイタリア・オペラと言わんばかりの、明るく、あっけらかんとしたメロディだ。ここには移り気な女心に悩む男の姿などみじんもない。むしろ楽しんでいるかのようである。好色なマントヴァ公爵が歌ってこそのアリアであろう。

 歌詞のことはひとまず横において、僕はこの「女は気まぐれ」の軽快なメロディが大好きである。けっしてこの曲を軽んじているわけではない。それどころか、細かいことを気にしないで、大らかに生きる勇気をもらえる貴重な曲だと思っている。聴いたり、口ずさんだりするだけで元気が出てくるのである。

 しかし「女は気まぐれ」の聴き所は軽快さだけではない。それを説明するためには、オペラのあらすじを簡単に書く必要があるだろう。

 道化師のリゴレットはマントヴァ公爵に仕えていた。そのマントヴァ公爵は女好きで、リゴレットの娘ジルダにも、貧しい学生といつわって言い寄っていた。そんなとき、マントヴァ公爵の家臣たちは、リゴレットを笑い者にするため、ジルダを彼の愛人と勘違いして誘拐してしまう。

 怒ったリゴレットはマントヴァ公爵の館に向かい、娘を無事取り戻す。そして復讐を誓うのだった。リゴレットは殺し屋にマントヴァ公爵の殺害を依頼する。そうとは知らず、マントヴァ公爵が嵐の夜に居酒屋で歌うのが、この「女は気まぐれ」なのである。

 しかしジルダはマントヴァ公爵を愛していた。ジルダは殺人の計画があるのを知ると、マントヴァ公爵の身代わりとなって、殺し屋に身をゆだねるのである。そうとは知らないリゴレットは、殺し屋から死体が入った袋を受け取る。恨みを晴らして勝利に酔うリゴレット。

 とその時、遠くから聞えてくるのが、またもマントヴァ公爵の歌う「女は気まぐれ」である。死んだはずのマントヴァ公爵が、なぜ生きている? 「女は気まぐれ」が能天気なメロディなだけに、この場面は劇的だ。同じ曲でありながら180度違う効果を生み出すヴェルディの手腕は見事である。

 ちょっとオペラの話で熱くなってしまったが、やはり僕が言いたいのは、「女は気まぐれ」を聴くと嫌なことは忘れて元気が出る、ということである。

 ハイレゾではマリア・カラスが歌う『リゴレット』が配信されている。1955年録音(モノラル)とあってオーケストラこそ固めの音質だけれども、オペラを問題なく楽しめる音質である。特に声楽は最新録音と劣らないクオリティで聴ける。ジルダのマリカ・カラス(ソプラノ)やリゴレットのティト・ゴッビ(バリトン)など、20世紀を代表する歌手が豊かな音質で蘇る。マントヴァ公爵を歌うのは、地中海に降り注ぐ太陽のように明るい声のジュゼッペ・ディ・ステファノ(テノール)だ。ハイレゾなら声の艶も際立って、「女は気まぐれ」を聴くとそれこそ元気100倍である。

 

makino_opera_.jpg

 


 

Verdi: Rigoletto (1955 - Serafin)/Maria Callas
(FLAC|96.0kHz/24bit)

btn_buy_hires.jpg

 


 

【牧野 良幸 プロフィール】
 
1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。
 
 
 
mora TOPIC トップへ
moraに戻る
Facebookページへ
mora公式Twitterページへ
ページトップへ
▲ページの先頭へ戻る