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牧野良幸のトピックス

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第25回:ポール・サイモン(後編)『リズム・オブ・ザ・セインツ』~『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』

~『サプライズ』の“サイモン節”にサプライズ~

 

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ポール・サイモン、アルバムのジャケットデザインも毎回個性的。

 

〈前編〉はこちら

 

 ポール・サイモンが2006年に発表した『サプライズ(Surprize)』はサプライズだった。これはシャレではない。本当に嬉しい驚きだったのだ。

 実のところポール・サイモンには、リズム嗜好になった86年の『グレイスランド(Graceland)』あたりから距離を置くようになっていった。やはりソロになった70年代の『ポール・サイモン(Paul Simon)』や『ひとりごと(There Goes Rhymin' Simon0』などのような、大雑把に言ってしまえば、サイモンとガーファンクル時代の流れをくむ音楽が好きだったのだ。
 しかしポール・サイモンは新しい音楽を創造する道を進む。
 『グレイスランド』のあと、90年には『ザ・リズム・オブ・ザ・セインツ(The Rhythm Of The Saints)』を発表。その後も『ザ・ケープマン(Songs From The Capeman)』、2000年になって『ユー・アー・ザ・ワン(You're The One)』と着実にアルバムをリリースしていった。

 そして2006年、僕が久々にポール・サイモンのCDを手に取ったが『サプライズ』だったのだ。赤ちゃんの顔が印象的なジャケット。このアルバムはブライアン・イーノが“ソニック・ランドスケープ”を制作。つまりサウンドにおいて全面参加。フォークや民族音楽のポール・サイモンと、電子音楽のブライアン・イーノという異色の顔合わせが話題だった。

 それでも聴くまでは、あまり期待はしていなかったのである。ポール・サイモンは、まるでパーティー衣裳を替えるかのように、自分のヴォーカル以外のサウンドを取り替えてきた。これまでのアフリカや南米の音楽から、今回は電子音楽へと。ザッツ・イット。それだけだと思っていたのだ。

 しかしこの『サプライズ』は僕にとってサプライズだったのである。
 まず、思った以上にサウンドがブライアン・イーノ色になっていることに驚いた。民族音楽からは真逆の方向だ。しかし、それでいながら、今まで以上にポール・サイモンらしい音楽になっていることに驚いた。

 嬉しいことに、僕はそこに70年代の“サイモン節”をすごく感じたのである。「シュア・ドント・フィール・ライク・ラヴ」などは「僕とフリオと校庭で」のようなノリ。 『サプライズ』は『ポール・サイモン』や『ひとりごと』を聴いていた10代の頃に戻ったかのように、よく聴いたものである。

 それでようやく気づいたのだが、ポール・サイモンのリズム嗜好、そしてアルバムによってサウンド・スタイルをごっそり取り替えていくやり方は、たんに表面的なものではなく、ポール・サイモン自身の音楽が成立するために根源的な方法なのだなあ、ということである。ちょうどレースのF1がエンジンを替えてさらに進化するように、新しいサウンドがサイモンの創造力を発火させる起爆剤になっている気がするのである。

 実際にポール・サイモンの発表する作品が、今日でもアルバム毎に緊張感とスリルがあるのは事実であろう。21世紀になって、かつての洋楽の偉大なアーティストたちが再び活躍しているけれども、ポール・サイモンほど昔に劣らず前向きでクリエイティブな活動をしている人は少ないと思う。
 この6月に発売になったばかりの新作『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』も“新しい作品”だった。今度は「現代作曲家ハリー・パーチの影響を受けパーチ楽器も使用」とか「“アフロ×エレクトロ”のClap! Clap!が参加」とか、またも僕の知らない衣裳をまとって登場したサイモンであるが、これまで以上にクリエイティブ、そしてここにも“サイモン節”が健在なのだからまいってしまう。

 ひっきょう、どのようなサウンド・スタイルであろうとも、ポール・サイモンの音楽は強固な存在なのだ。仮にロバート・フィリップ率いるキング・クリムゾンをバックに起用しても、“サイモン節”は健在なのではないか(笑)。

 

 

■アルバム解説

 

The Rhythm Of The Saints(『リズム・オブ・ザ・セインツ』)

ブラジルの土着的なリズムが情熱的に押し寄せるアルバム。しかしハイレゾではそれが繊細で綺麗に響く。低域の厚みも十分。ポール・サイモンのアルバムはハイレゾでとても充実したものになっていると思う。

 

You're The One(『ユー・アー・ザ・ワン』)

リズム路線がややお休みして、内省的なムードが漂う、どちらかというと昔のポール・サイモンに近いと言えるアルバムかもしれない……しかしここでもハイレゾの音は厚く、太い。

 

Surprise(『サプライズ』) 

エッセイにも書いたとおり、長年の愛聴盤がCDからハイレゾになった。44kHzという低めのスペックが逆にスピード感とワイルド感を殺していないところが好ましい。ブライアン・イーノの巧みな音作りがハイレゾでもやはり光る。

 

Stranger To Stranger(『ストレンジャー・トゥ・ストレンジャー』)

6月に配信になったばかりの新作はエレクトロ路線の混入で、これまで以上にリズムがパワフルになった。ちょうど『明日に架ける橋』の「いとしのセシリア」のようにに、はち切れんばかりの生命力を感じる。ハイレゾは他のアルバムと同じく、厚く太い音なのは当然としても、このアルバムではさらに食い込みがよく、粒立ちのいい音が飛び出してくる。ハイレゾ時代ならではのアルバムだと思う。

 

 

Paul Simon ハイレゾ配信一覧はこちらから

 

 


 

 

【牧野 良幸 プロフィール】

1958年 愛知県岡崎市生まれ。

1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

 

マッキーjp:牧野良幸公式サイト

 
 

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第25回:ポール・サイモン(前編)『ポール・サイモン』〜『グレイス・ランド』

〜『ひとりごと』と片思い〜

 

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アルバム『ひとりごと』のジャケットデザインを思い出色にパロディ…

 

 以前、サイモン&ガーファンクルのハイレゾについて書いたが、嬉しいことにポール・サイモンのソロアルバムもみんなハイレゾになっている。ということで「ハイレゾ一本釣り」でも2回に分けてポール・サイモンを取り上げてみよう。

 さて、ポール・サイモンのソロ作品で一番ポピュラーなのは、たぶん73年のソロ2作目『ひとりごと(There Goes Rhymin' Simon)』ではあるまいか。

 実は自分でもビックリなのだが、僕がリアルタイムでポール・サイモンのレコードを買ったのは、その前のファースト『ポール・サイモン』だけである。正確には『ひとりごと』からの先行シングル「僕のコダクローム」の45回転EPが最後となるわけであるが、どちらにしても『ひとりごと』は当時買っていない。

 『ひとりごと』は友人から借りて、ミルトン・クレイザーがデザインした素晴らしいジャケットを横目に見ながらも、オープンリールに録音してすました。このアルバムが発売になった73年の洋楽界は傑作のラッシュで、僕に『ひとりごと』を買うことを許さなかったのだ。しかしテープで聴くにつけ『ひとりごと』も傑作だとすぐに分かった。完成度、普遍性ならファースト・アルバム以上だ。

 そして僕は『ひとりごと』を買わなかったことを、もっと悔やむことになる。
 当時僕は高校1年生で、一緒のクラスに気になる女の子がいた。その女の子がS&Gの大ファンだったのである。新学期が始まった時の自己紹介では、クラスでたったひとり「サイモンとガーファンクルが好きです」と言ったのがその女の子だった。さらに「ソロになったポール・サイモンも好きです」と付け加えてみんなを微笑ませた。

 73年当時、高校生にもなって「S&Gを好き」というのは“洋楽初心者”を意味した。だから自己紹介ではみんなツッパったものである。ある男子は「T.レックスを聴いています」とクロウトぶり、ある女子は「ストーンズが好きです」と不良ぶった。僕も負けずに「ビートルズが好きです」と胸を張った。しかしこれではメンツがたたないから「エルトン・ジョンにも注目しています」とカッコつけた。本当はポール・サイモンも好きだったのに!

 でもその女の子はメンツなど気にしない。それが逆に新鮮だった。授業の休憩時間に仲良しの女子と「ポールの新しいLP『ひとりごと』、いいよぉ」とか「〈アメリカの歌〉は最高」とか言っているのが耳に入るにつけ、「ポール・サイモンも好きだと自己紹介しておけば良かった」と後悔したものである。そしたら彼女も気にかけてくれていたかもしれない。そうでなくても『ひとりごと』のLPを買っていれば、どこかで話すきっかけになったかもしれない。

 こうして高校生活はむなしく過ぎていった。その後、進級してもずっとクラスは一緒だったから、教室の向こうからポール・サイモンの話が聞えてくるたびに心が動いた。「ポールのライヴ『ライヴ・サイモン(Paul Simon In Concert: Live Rhymin’)』を買ったのよ」と聞けば、彼女の机の前に駆け寄って「それFMから録音したよ。〈明日に架ける橋〉ってああいう歌い方もあるんだね」…などと、どれだけ話たかったことか。

 結局、高校3年生の年末だったか、勇気を出して彼女に手紙を出したら見事にフラれた。そのせいではないだろうけど、その頃発売のLP『時の流れに(Still Crazy After All These Years)』は聴いてもいない(笑)。かくして僕の3年間にわたる片思いは失恋に終わったのである。

 もし彼女と付き合っていたらポール・サイモンの話を随分しただろうなあ、と妄想は膨らむ。もし付き合いが80年代まで続いていて、世界的に話題になった『グレイスランド(Graceland)』を聴いたら、どんな話をしただろう? そしてもし2016年の今も付き合いが続いていたとしたら、「ポールのハイレゾが出たね」、「じゃ『ひとりごと』からダウンロードだね」、なんてシニア同士で話したかもしれない。

 まあ、これは心の中の独り言である。現実はポール・サイモンを一人で聴く中年男がいるばかりだ。しかしハイレゾならそれも楽しいひと時である。

 

 

■アルバム解説

 

 

Paul Simon(『ポール・サイモン』)

 72年発表のソロデビュー作。僕が生まれて初めて買ったポップスのオリジナルLPがこの『ポール・サイモン』だった。それだけに思い入れは強く、アナログLPの音が刷り込まれている。しかしハイレゾの音は絵に描いたようにクリアで力強い。まず「母と子の絆(Mother and Child Reunion)」のベースから太い。でも一番の聴きどころは、ステファン・グラッペリ(ヴァイオリン)とポールのギターでのインスト「ホーボーズ・ブルース(Hobo's Blues)」かも。

 

There Goes Rhymin' Simon(『ひとりごと』)

 エッセイにも書いた73年のセカンド。ハイレゾで聴く「僕のコダクローム(Kodachrome)」は「綺麗だあ」と唸ってしまう音。当時のレコードが庶民的なスマッシュ・ヒットだとしたら、ハイレゾではキャビアのような高級ヒット・チューンになった感じ。「アメリカの歌(American Tune)」は小刻みなバスドラの音も確実になり、ストリングスもコクがあっていい。

 

Still Crazy After All These Years(『時の流れに』) 

 当時は聴かなかったものの、その後中古LPでたしなんだアルバム。ハイレゾの「恋人と別れる50の方法(50 Ways to Leave Your Lover)」はスティーヴ・ガッドのドラムが力強くクリア。アナログがソファーでの男女のムーディー会話としたら、ハイレゾはスポーツクラブでの男女の会話になったみたいな。それにしてもファーストからここまで、アルバム毎にハイレゾの高音質度は増してくる感がある。

 

Graceland(『グレイスランド』)

 ハイレゾ化されている数枚のアルバムを飛ばして、これは86年の作品。アパルトヘイト政策をおこなっていた南アフリカのミュージシャンの参加が問題となったものの、ポールが70年代の輝きを取り戻したかのようにグラミー賞受賞。しかしポールの音楽スタイルは70年代と違って、リズム嗜好が明確になった。ハイレゾはそのリズムを、よりダイナミックに再生してくれる。この傾向はこのあとのアルバムでも続くので、後編をお楽しみに。

 

 

Paul Simon ハイレゾ配信一覧はこちらから

 

 


 

 

【牧野 良幸 プロフィール】

1958年 愛知県岡崎市生まれ。

1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

 

マッキーjp:牧野良幸公式サイト

 
 
 

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第23回:ドゥービー・ブラザーズ「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」

〜あの軽快なリズムはカッコよかった〜

 

 アメリカンロックの人気バンド、ドゥービー・ブラザーズのアルバムがハイレゾでどっと配信された。それで今回取り上げるのは、1978年の『Minute by Minute』から「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」である。

 

 今日まで幾多の変遷を繰り返してきたドゥービー・ブラザーズであるけれども、彼らの最大のヒット作はやはり78年の『Minute by Minute』だと思う。なにせ〈第22回グラミー賞最優秀レコード賞〉に輝いた名盤だ。ヒットシングル「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」も〈グラミー賞最優秀楽曲賞〉を受賞した。

 

 

 ワイルドなイメージのドゥービー・ブラザーズが、グラミー賞というセレブな賞を取ったことに当時はビックリしたものである。しかしそれもそのはず、『Minute by Minute』も、シングル「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」も都会的で洗練された曲だった。今なら「AOR」と言えばすむのであるが、ともかくドゥービーはマイケル・マクドナルドが加入して数年前とはかなり違うバンドになっていたのだった。

 その「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」。当時は「ある愚か者の場合」という邦題がつけられていたけれども、実際はグラミー賞以上のインパクトがあったと思う。とにかくあの、タタタン、タタ、タタタン、タタという軽快なリズムが斬新で、めちゃめちゃカッコよかったのだ。その影響かどうかわからないが、当時は洋楽から日本の歌謡曲まで、いろいろなところで似たようなリズムを聴いた記憶がある。

 

 続く80年の『One Step Closer』もマイケル・マクドナルド色が出た作品だ。実のところ僕が初めて本格的にドゥービーを聴いたのはこのアルバムだった。NHK-FMが新譜紹介で、LPをまるごと流したのをエアチェックしたのだ。

 

 

 この年の春、僕は大学を卒業したものの就職せずドロップアウト(当時はフリーターという便利な言葉はなかった)。先のことを思うと不安な夜もあったが、そんな時も『One Step Closer』を聴いていると心強くなって、絵描きになりたいという夢を失わずに過ごせたのだった。思い出深いアルバムである。

 

 しかし僕にとっては最高のドゥービーでも、その変貌を誰もが受け入れたわけではなかった。
 ある日先輩ロックファンに「ドゥービーは『Minute by Minute』や『One Step Closer』が好きです」と言ったところ、「今のドゥービーが好きじゃねぇ…、ドゥービーは昔のほうがドゥービーでしょ」と冷や水を浴びせられたことがある。

 

 確かに僕だって70年代初頭はロック小僧を始めていたからドゥービー・ブラザーズの活躍は知っていた。『The Captain and Me』からは「チャイナ・グローブ」も大ヒットしていた。しかし食わず嫌いというか、ジャケットのイメージから泥臭いバンドに思えてレコードを買うまでにいたらなかったのだ。

 

 

 続く『What Were Once Vices Are Now Habits』も『ドゥービー天国』という邦題がついていたものだから、「“天国”という言葉は荒っぽいなあ」とこれまたスルー。さらに次の『Stampede』ではジャケットの乗馬姿に、またしてもアメリカ南部のイメージに捕われてスルーしたのだった。

 

 

 

 

 

 しかしである。新生ドゥービーが好きになったあと、それら初期のアルバムを聴くとそんなに泥臭くないと思ったのである。「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」「チャイナ・グローブ」など、当時の大ヒット曲は実にノリがいい。例のタタタン、タタ、タタタン、タタと同じくらいノリがいい。今では「ドゥービーは昔のほうが」という言葉にも賛同していていて、どうしてあの頃聴かなかったのかなあと思う。まあ当時は“愚か者の”高校生だったのだろう。

 

 それでようやくハイレゾの話である。

 「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」の入っている『Minute by Minute』はパンチの効いた音で心地良い。ただ昔はひたすらタイトな印象だったけれども、ハイレゾではそこここに、アナログ時代のなごりか、ゆったりとした鳴り方もあって、柔と剛をかねそなえた理想の“グラミー・アルバム”になった気がする。

 『One Step Closer』は前に書いたエアチェックのカセット、その後買った中古LPと、今でもちょくちょく聴くアルバムであるが、僕の再生システムではハイレゾはLPよりも音の厚みがあり、かつ繊細になっている気がした。特にバックコーラスが美しい。これからは思い出のLPよりもハイレゾのほうを聴いてしまうことだろう。

 最後に『The Captain and Me』。
 やはり素晴らしい。マクドナルド加入後の都会的なドゥービーも素晴らしいが、初期の野性味とスピード感は特筆ものであろう。とくにハイレゾでは荒々しい演奏がストレートに届くものだから、すごく躍動感を感じる。サザンロックとか、そういうククリさえ越えた音楽がここにあったのだとあらためて実感した。

 

 ドゥービー・ブラザーズのアルバムは他にも名作がハイレゾ配信されている。合わせて聴いていただけたらと思う。

 

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The Doobie Brothers ハイレゾ配信一覧はこちらから

 


 

【牧野 良幸 プロフィール】

1958年 愛知県岡崎市生まれ。

1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

 

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第22回:ディープ・パープル「ハイウェイ・スター」

~ロック小僧ならハイレゾでノリノリ~

 

 僕のようなオヤジでも70年代初頭はニキビ面の中学生であり、高校生であった。昔の友だち(こちらもオヤジ)に会えば、たちまちロック小僧に戻ってしまうのである。最近も高校生の頃の友人Sとハード・ロックの話で盛り上がった。

 

 「ハード・ロックで一番すごいバンドは何だった?」とS。
 「そりゃあ、ツェッペリンじゃないかな」と僕は言った。しかしSは言うのだった。
 「僕はディープ・パープルだと思うな。ツェッペリンもディープ・パープルのノリノリにはかなわないよ」

 

 Sの言うディープ・パープルのノリノリとは「ハイウェイ・スター」のことを指しているのは、40年以上も前、一緒にこの曲を爆音で聴いた間柄だから一卵性双生児のように分かる。

 

 「ハイウェイ・スター」、流行ったなあ。
 今でこそハード・ロックにはいろいろあって、メタルとか細分化されているけれども、当時はもっと素朴で、ヘヴィにノリノリなのがハード・ロックだった。一度走りだしたらアクセルは踏みっぱなし。その意味で思索的なツェッペリンではなく、ディープ・パープルを一番に上げたSの意見は正直なものだと思う。

 実際、僕も「ハイウェイ・スター」のノリノリにはブッ飛んだものである。
 ただそれは『Made in Japan』の1曲目に収録されている「ハイウェイ・スター」を意味する。Sも頭にあったのはそちらの演奏だろう。ちょうど『Made In Japan』(発売時は『ライヴ・イン・ジャパン』)が発売された時で、二人ともその迫力の虜になっていたからだ。

 

 しかし今回のエッセイに書く「ハイウェイ・スター」は『Made In Japan』収録のものではなく、『Machine Head』に収録されたオリジナルの「ハイウェイ・スター」である。というのも『Made In Japan』が出たせいで、長い間スタジオ録音の「ハイウェイ・スター」はおとなしい演奏と思い込んでいた。それが今回ハイレゾで聴いてみて、とんでもない迫力にビックリしてしまったからだ。

 

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 まずはスタジオ録音なのにライヴ感のあるパワーに驚かされる。それがセッション録音ならではのキチンと作られた音場で聴けるのだから、実に心地良いハード・ロックになる。『Made In Japan』の「ハイウェィ・スター」が公衆のまっただ中でのライヴ感としたら、こちらは自分一人でバンドと対峙しているライヴ感である。

 ハイレゾの音質もアナログレコードではないかと思うほどコクがある。配信されているのはFLAC(96.0kHz/24bit)であるが、アナログ・ライクな音を再現することで定評のDSD(DSF)ではないかと錯覚するほどコッテリしている。僕にしてみればハイレゾでスタジオ録音の「ハイウェイ・スター」もノリノリのハード・ロックになった感があった(もともと有名なだけに、気付くのが遅くてスミマセン)。

 

 ちなみに先ほどから書いている『Made In Japan』もハイレゾで出ている。今さら説明するまでもないほどの名盤なので解説は不要だと思うが、ハイレゾでは生まれたばかりのような新鮮な音だ。リッチー・ブラックモアの疾走するギターソロもクリアだから、フレーズの細かいところまで耳がついていける。もちろんクリアになったからといっても、オリジナルのライヴの迫力は健在なので心配無用だ。

 

 ついでに書けば74年作品の『Burn(紫の炎)』もハイレゾで配信されている。『Burn』ではイアン・ギランが脱退して、新生ディープ・パープルとしてのスタートであったが、『Made In Japan』の爆発的人気の余波も手伝って、これも当時のロック小僧には歓迎を持って迎えられたレコードだ。

 なかでもタイトル曲「Burn」は、はやばやと「ハイウェイ・スター」と並ぶ“ディープ・パープル入門曲”の座についたと思う。ひょっとしたら最初にSが言ったディープ・パープルのノリノリは、この「Burn」を念頭においていたのかもしれない。ハイレゾは重たすぎず、軽すぎずで、スピード感のあるサウンドを堪能できる。

 

 今回は僕が当時ディープに聴き込んだ3つのアルバムについて触れたが、『Deep Purple In Rock』や『Fireball』などのアルバムもハイレゾで配信されている。今だにロック小僧の人なら、ディープ・パープルのハイレゾにきっとノリノリになることだろう。

 


 

 

Deep Purple
『Machine Head』

FLAC|96.0kHz/24bit

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Deep Purple
『Made In Japan (Remastered)』

FLAC|96.0kHz/24bit

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Deep Purple
『Burn』

FLAC|96.0kHz/24bit

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Deep Purple ハイレゾ配信一覧はこちらから

 


 

【牧野 良幸 プロフィール】

1958年 愛知県岡崎市生まれ。

1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

 

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第21回:ボブ・ディラン「ブルーにこんがらがって」

~初めての“ディラン体験”は『血の轍』から~

 

 僕がボブ・ディランから1枚を選ぶとすると、どうしても1975年の作品『血の轍(Blood on the Tracks)』になってしまう。今でこそディランのほとんどのアルバムをSACDやアナログLPで持っているが(ブートレグまではさすがに追いかけていない)、長い間、僕の“ディラン体験”といえば『血の轍』だけだったのだ。

 僕が音楽を聴き始めた1970年代初め、ボブ・ディランは伝説的存在だった。しかし当時の洋楽はディランの存在を霞ませてしまうほど絢爛豪華だった。シンガーソングライター、プログレッシブロック、グラムロック、ハードロック、ブラスロック、ラテンロック……。過去を振り返る暇もないほどに毎日新しいロックが生まれていた。それを「新しい」とも思わず、ご飯のように当たり前に聴いていたのだから、いかに「風に吹かれて」で有名な“フォークの神様”といえども興奮しようがなかったのだった。

 この頃はディランも時期が悪かった。なにせ73年にCBSソニーがプッシュしたニューアルバムが『ビリー・ザ・キッド』という映画のサントラだったのだから。アルバム収録の「天国への扉」は今日有名であるが、僕には当時流行ったという記憶がどうもない。それよりも映画に出演したディランの姿ばかりが記憶に残っている。

 翌74年にはディラン初の全米1位となる『プラネット・ウェイブス』、そしてライヴ『偉大なる復活』も発売されたのだけれど、いかんせんこれらはCBSソニーから発売されなかったせいか惹き付けられなかった。(『プラネット・ウェイブス』はのちにCBSソニーから発売され、ハイレゾ配信もあり。これもいいアルバムです)。

 

 そしてようやく75年の『血の轍』である。レコード会社も再びCBSソニーになって、ロック雑誌に載った広告が派手だった気がする。あの頃のCBSソニーの広告って、他社を引き離してワクワクするものがあったのだ。

 しかしインパクトがあったのは広告だけではなく、ディランの音楽そのものだった。それまでちょいちょいカジっていたディランは、どうも音楽的興奮にかけると思っていたのであるが、『血の轍』にはディランらしからぬ(?)ポピュラーで親しみやすいメロディが沢山あったのである。つまり70年代ロック小僧にも、すんなりと聴けるアルバムだったのだ。

 といってもレコードを買ったわけではない。当時僕は高校3年生。『血の轍』はたぶんNHK-FMの「サウンド・オブ・ポップス」で放送されたのではないかと思う。新譜のLPを全曲放送することで有名な番組だ。僕としてはオープンリール・テープにとりあえず録音してみたわけであるが、これがすごく良かったのだ。特に最初の「ブルーにこんがらがって(Tangled Up in Blue )」。ディラン独特の単調な展開ながら、ぐいぐいと引込まれる緊張感のある音楽だった。「ブルーにこんがらがって」だけでノックアウトされたと言っていい。

 しかし、そのあともいい曲が続く。「運命のひとひねり(Simple Twist of Fate )」「愚かな風( Idiot Wind)」などなど。あえて邦題で書くのは、各曲につけられた日本語タイトルがなんとも詩的で、曲とピッタリ合っていたからである。バンドのサウンドも絢爛豪華な70年代ロックのまっただ中に登場したにもかかわらず、まったく遜色ない出来だった。

 

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 しかしこの『血の轍』のみで僕の“ディラン体験”は終わってしまうのである。
 先に書いたようにディランのアルバムをほぼ揃えるのは、実は21世紀を迎えたSACDでリリースされた時だ。他のアルバムを聴きこんでみると、あの頃はやっぱり子どもだったなあと思う。今では『血の轍』以前のフォーク調の作品、ロックに転向した頃の作品も素晴らしいと思う。『血の轍』以降の今日にいたるまでのアルバムも、もちろんディランらしさがあって好きである。

 ただ、こうしてディランの全部が好きになっても『血の轍』は特別な一枚だ。やはり高校生の時に回転するオープンリールを眺めながら聴いた印象は強い。社会人になった時は中古のアナログレコードを買い求めた。オヤジになった頃はSACDハイブリッド盤で買い求めた。『血の轍』との付き合いは長いのだ。

 

 そして今はハイレゾでの付き合いになった。それも高音質なSACDと同じDSD(DSF)での配信である。音をビシッとクリアに表現するPCM系のflacもいいけれど、オリジナルの音の濁り、厚味までも伝えるDSD(DSF)がやっぱりディランには合う。

 DSDのハイレゾを聴いてみると、やっぱり「ブルーにこんがらかって」が格別である。アコースティック楽器が多様されているけれど、へんに胃もたれしないで、ナチュラルに広がるところがハイレゾならではだ。ディランのヴォーカルも明るくのびやか。もちろん、次の「運命のひとひねり」も聴いてしまう。そしてそのあとの曲も、これまた昔どおり聴いてしまう。

 ひっきょう『血の轍』のアピール度は昔と変わらない。だから、初めて“ディラン体験”をする若いリスナーに、僕としては『血の轍』をおススメしたい。そしてそのむこうには数々の歴史的アルバムがハイレゾで用意されている。よかったらそれらも聴いてみてほしい。

 


 

~今回紹介した一枚~

BOB DYLAN
『Blood on the Tracks』(邦題:血の轍)

DSD(DSF)|2.8MHz/1bit

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BOB DYLAN ハイレゾ配信一覧はこちらから

 


 

【牧野 良幸 プロフィール】

1958年 愛知県岡崎市生まれ。

1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

 

マッキーjp:牧野良幸公式サイト

 
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