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原田和典のトピックス

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~今月の一枚~

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Paul Simon [Stranger To Stranger]

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 1973年、カリフォルニア州コンコードで、小さな小さなジャズ・レーベルが発足しました。レーベル名は地名をとって“コンコード・ジャズ”と名付けられました。オーナーは自動車会社に勤めていたカール・ジェファーソン。当時はエレクトリック楽器を使ったサウンド(のちにフュージョンと呼ばれるものの原型を想像していただければわかりやすいかと思います)や、ポスト・フリー・ジャズというべき音作りがジャズ界の新潮流として大きな話題を集めていました。しかしコンコードは昔ながらのアコースティック・ジャズ、スウィングする音作りにこだわりました。1930年代や40年代から活動してきた名手たちもまだ健在、彼らは久しぶりのレコーディングに大いに張り切り、「最近のジャズは難しくて」というベテラン・ファンは“新しく録音された、往年と変わらぬジャズ”に安堵を感じたはずです。コンコードは多くの老練を再生しましたが(“養老院ジャズ”とも呼ぶ向きもありました)、ミュージシャンの円熟期を捉えた功績は、決して過小評価されるものではないでしょう。女性歌手ローズマリー・クルーニー(俳優ジョージ・クルーニーの叔母)、夏に日本公開される映画『ソング・オブ・ラホール』で重要な役割を演じる楽曲「テイク・ファイヴ」を最初に大ヒットさせたピアノ奏者デイヴ・ブルーベックも、当時バリバリの若手ながら伝統的なスタイルにこだわったサックス奏者スコット・ハミルトン(OKAMOTO'Sのオカモトショウの父)もコンコード・ジャズの看板スターでした。ジェファーソンはすこしずつ会社の規模を大きくし、86年には日本のメーカーと提携して“富士通コンコード・ジャズ・フェスティバル”を始めました。

 ジェファーソンが亡くなったのは95年のことでした。「ひょっとして、つぶれるのでは。往年のジャズメンも次々と他界しているし」という懸念は、当時の日本のジャズ・ジャーナリズムの何割かにあったと思います。ぼくもそう考えたひとりでした。しかしコンコードは次世代ミュージシャンを数多く起用しながらさらなる発展をとげ、2004年にファンタジー・レコード(プレスティッジ、リヴァーサイドなどのジャズ・レーベルが属しています)を買収、コンコード・ミュージック・グループを設立しました。同グループにはさらに、テラークやヘッズ・アップやヒア・ミュージックといったレーベルも傘下に加わります。結果、コンコードは、ポール・マッカートニー、上原ひろみ、ケニー・G、エスペランサ・スポルディング、イギー・ポップ、ベン・ハーパー、ウィリアム・ベルなど大御所も気鋭も擁する現代最強のジャンル越境型メジャー・カンパニーのひとつへと躍進しました。そして今回、ポール・サイモン5年ぶりの新作が、この大会社から届けられました。前作に入っていた“ヒア・ミュージック”のロゴは、今回はなしです。

 作品のキーワードはハリー・パーチ、そしてフラメンコ系のリズムでしょうか。前者については“独自の楽器をつくったり、面白い音楽に取り組んでいた20世紀アメリカの作曲家”という記述にとどめます。ムーンドッグやジョン・ゾーンのファンにもぜひチェックしてほしいと思います。フラメンコを導入したいきさつに関しては、サイモン自身が書いたライナーノーツに詳しいです。「もともとフラメンコが好きだったこと」、「パーカッション奏者のジェイミー・ハダドにボストン在住のスペイン人フラメンコ・ミュージシャンを紹介してもらい、セッションを行なったこと」、「タイトル曲で、フラメンコ・ダンサーのステップ音を用いたこと」などなど。ジャズ・ファンとしてはここでジェイミーの名前が出たことが大いに気になります。彼は2000年代の半ばからサイモンの音作りに関わっているはずですが、デイヴ・リーブマン、フレッド・ハーシュ、ハービー・ハンコック、ボブ・ドローらともプレイを重ねる凄腕なのです。ほかにもジャック・ディジョネット、ワイクリフ・ゴードン(『ソング・オブ・ラホール』にも出てくるリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラのトロンボーン奏者)など著名ジャズ・ミュージシャンが参加、あの大歌手ボビー・マクファーリン(テイラー・マクファーリンの父)がバック・コーラスに参加しているのも豪華です。

 ロックなのか? ポップスなのか? ジャズなのか? ワールド・ミュージックなのか? ぼくは――すこしお行儀がいいまとめ方かもしれませんが――シンプルに“現代の音響”という言葉で締めたくなりました。楽曲単位で考えるよりも、アルバムひとつ(国内盤は11曲目までが本編です)がまるごとかたまりとなって迫ってくる感じです。サイモンの歌謡センスをこよなく愛する方が何パーセントの満足を得るかどうかはわかりませんが、音楽監督としての彼の冴えには目の覚める思いがします。“歌+伴奏”ではなく、声も楽器もステップ音もすべて一体となった豊かな響きに、体ごと包みこまれるような気持ちになるのは自分だけではないはずです。

 リアルタイムでさまざまな新作を追っている音楽ファンのアンテナには黙っていてもこのサウンドが引っかかることでしょう。そしてぼくは、自分より年長の、サイモンと一緒に年齢を重ねてきた世代にも、これを、できればハイレゾのリアリティあふれる超高音質で、ガンガン聴き重ねてほしいと思うのです。サイモン&ガーファンクル時代の「サウンド・オブ・サイレンス」や「明日に架ける橋」で止まっている方、日本のリスナーとアフリカ音楽の距離を近づけた傑作『グレイスランド』で記憶が更新されたままのみなさん(もう30年前のリリースなのですが)、ポール・サイモンは今が(も)、圧倒的に旬です!

 


 

■執筆者プロフィール

 

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada

 

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~今月の一枚~

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Bob Dylan [Fallen Angels]

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 東京ってやっぱりすごい街なんだなと思います。去る4月、ボブ・ディランエリック・クラプトンブライアン・ウィルソンアイアン・メイデンがほぼ同時に滞在していたのですから。

 

 ぼくがディランに初めて感銘を受けたのは1983年下旬リリースの『インフィデル』というアルバムです(原題はInfidels)。もちろんそれまでにぼくは、ディランが“フォークの神様”と呼ばれ、日本のフォークやニューミュージック(と当時は呼ばれていました)のシンガー・ソングライターたちに影響を与えていたことを音楽雑誌などで知ってはいました。が、当時のぼくはフォークにさほど関心がなく(URCレーベルを聴いて驚くのはずっと後です)、RCサクセションアナーキーザ・スターリンヴァン・ヘイレンなどのロックに夢中でしたし、YMOの“散開”にはクラスの音楽好きみんなで騒然となって、ジャズ関連もマイルス・デイヴィス復活の印象がまだ鮮烈だったり、ジェームズ・ブラッド・ウルマー近藤等則渡辺香津美が意欲的なサウンドを送り出していたりで油断できませんでした。それまでオリジナル曲中心に演奏していたキース・ジャレットが、突如“スタンダーズ”なる3人組プロジェクトでスタンダード・ナンバーを演奏し始めたのもこの時期です。ワールド・ミュージックという言葉がすでにあったのかどうかは記憶にありませんが、アフリカ・バンバータキング・サニー・アデなどもFMラジオからけっこう流れていました。この83年春、ぼくは初めて法事で東京に行き、札幌以上の都会が地球に存在するのだということを体感しました。

 

 『インフィデル』を最初に聴いたのもFMラジオでした。スライ&ロビーという、当時めざましい勢いだったレゲエ界のリズム・チームが参加しているということがセールス・ポイントだったように思います。というのは番組のディスク・ジョッキーが、そこを強調して紹介していたからです。重く引きずるようなビートに、ディランのざらついた声が重なり、うねりにうねって中学生のぼくの心をつかみにきました。ファンキーだなあ、もう降参です。だからでしょうか、ぼくはディランに、ハーモニカホルダーをつけたアコースティック・ギターをかき鳴らし、社会的なトピックを盛り込んだ曲を早口で歌う、というイメージがあまりないのです。ただ歌声のよさ、サウンドのかっこよさにしびれ、好きになりました。初めてライブを見たのは1997年のことだったと思います。それからは来るたびに1公演は見ようと決めているのですが、いまにして思えばギターを弾いてオリジナル曲を勢いたっぷりに歌っていた頃のディランをもうちょっと多めに体験しておけばよかったな、という気持ちもあります。ここ数回の来日公演を体験された方ならご存知でしょう、十数年間、ディランはほとんどギターをプレイしていないはずです。そして鍵盤楽器を弾きながら歌うことが増えました……と書きたいところですが、先日の渋谷・Bunkamuraオーチャードホールのライブでは鍵盤もあまり演奏しませんでした。殆どの曲でステージ中央に立ち、スタンドマイクの前で朗々と歌ったのです。どんなオリジナル曲を? どんなグレイテスト・ヒッツを?

 

 いいえ、演目はいわゆるスタンダード・ナンバー、ロックやフォーク界隈のファンよりもジャズ関連のヴォーカリストを聴きこんだひとたちが「うんうん」とうなずくに違いない楽曲が半数でした。もっとくだいていえば、フランク・シナトラナット・キング・コールビリー・ホリデイが歌っていたような、第二次大戦戦前から大戦後まもなくに書かれた曲のカヴァーが主です。「アイム・ア・フール・トゥ・ウォント・ユー」、「ザ・ナイト・ウィ・コールド・イット・ア・デイ」、「オール・オア・ナッシング・アット・オール」、「枯葉」。メロディをほとんど崩さず、スキャットを入れることもなく、ディランは朗々と、実に聴きとりやすい英語で明瞭に歌い込みます。「枯葉」に出てくる“winter’s song”という箇所、そこだけ急に音程が上昇するので、よほどの歌手でも最初に高めの音程をとって下がってくるか、もしくは低めのところから上に向けてグリッサンドするか、そのどちらかをとることが多いような印象が個人的にはあります。しかしディランはバッチリ、その音程に命中させました(少なくとも、ぼくの耳にはそう感じられました)。やり直しの利かないライブという場、しかも満員のオーディエンスの前で、ビシッと。なんという音感の持ち主なのだろう。なんというプロフェッショナルな歌うたいなのだろう。ゾゾッと鳥肌が立ちました。アイ・ラブ・ユーと心の中で叫びました。あの魅力的な声に、この音感。作詞作曲をしない、他人の書いた曲を歌う、いちシンガーに徹していたとしても、彼は歴史に名を残したに違いない。ぼくはそう確信しました。

 

 新作についてのインフォメーションは、この執筆時点では皆無に近いのですが、前作『シャドウズ・イン・ザ・ナイト』と同じ時のセッションで、名エンジニアのアル・シュミットが録音を担当しているのは間違いないようです。11曲目「ザット・オールド・ブラック・マジック」の前奏にspliceの形跡がうかがえますが(ありえない速さでドラマーが、スティックからブラッシュに持ち替えています)、基本的には一発録りであるように聴こえました(編集部注:その後、正式に一発録りであることがアナウンスされた)。「スカイラーク」「イット・ハド・トゥ・ビー・ユー」など曲によっては低い音程のほうにメロディをフェイクしているところもありますが、それがレコーディングのその日その時のディランの“気分”だったのでしょう。枯れているのにやけに艶っぽい歌声、弦楽器を中心とした幻想的なバンド・アンサンブル。ハイレゾで入手し、ボリュームをあげて聴けば聴くほど、音の色気に魅了されるに違いありません。

 

 ぼくは近年のディランに、“スタンダーズ”を始めた頃のキース・ジャレットをダブらせています。またキースはディランのファンで、キャリアの初期に「マイ・バック・ペイジズ」をカヴァーしたこともあります(もっとも、手本にしたのはディランの自作自演ではなく、ザ・バーズのヴァージョンのようですが)。その“スタンダーズ”も2013年、30年にわたる活動に終止符を打ちました。ディランの歌声とキースのピアノ、たったふたりだけのスタンダード・ナンバー集が制作されたらどんなに幸せだろう。それは永遠に叶わぬ夢なのでしょうか。

 

 


 

■執筆者プロフィール

 

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada

 

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~今月の一枚~

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Snarky Puppy, Metropole Orkest
[Sylva]

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 今年は4月になっても肌寒い日が続いていて、なんだか鼻もぐずぐずしてしまって、「春はまだ来ぬのかのう。早く出でよ、春」などと江戸口調でスズメやカラスに語りかける朝が続いていたものですが、ようやく少しずつコンスタントな暖かさが訪れはじめました。みなさんの新生活が軌道に乗っていることをお祈りします。ビバ、フレッシュライフ!

 

 というわけで今回はバリバリの気鋭グループ、スナーキー・パピーの登場です。といっても結成は2004年、テキサスにて。つまり新進というわけではないのですが、ここ数年、前年比250%ぐらいの知名度と人気を獲得しています。初来日は2013年です。ぼくは「ブルーノート東京」公演初日のファースト・セットに行き、ステージ狭しと広がる人数の多さと楽器類の多さに「おおっ!」を驚きながら演奏を楽しみましたが、正直言って動員数は満席というわけではありませんでした。しかし翌年の再登場では怒涛のような盛り上がりをみせ、2015年の野外フェス「ブルーノート・ジャズ・フェスティヴァル」では圧巻のパフォーマンスで、詰めかけた観客を踊らせ沸かせました。はっきり言ってしまうと同フェスのほかの出演者であるジェフ・ベックパット・メセニーより興奮させてくれました(もちろん彼らの半世紀に及ぶ音楽界への貢献には敬意を表します)。でも、それが自分にとっては音楽のあるべき姿なのです。地位を確立した大ベテランばかりが支持されていては、なんか面白くないじゃないですか。昨日と同じじゃ、生きてる価値が足りないじゃないですか。常に次世代、次々世代がワンサカ出てきてしのぎを削っている状態こそがシーンに活気を与え、リスナーに喜びをもたらすことにつながるんじゃないかと思うのです。講談だってそうです。宝井馬琴の歴史的録音に聴き入るのもよいですが、神田松之丞の溢れ出る切れ味をライヴで味わう、それができるのは今このときを生きている我々だけです。

 

 もう40代半ばになってしまった中年・原田が、自分より二世代下ぐらいであろうファンともみくちゃになりながら楽しんだスナーキー・パピー。昨年5月に発表されたアルバム『Sylva』はアメリカ「ビルボード」のヒートシーカーズ・アルバム・チャート、トップ・カレント・ジャズ・アルバム、コンテンポラリー・ジャズ・アルバムの各部門で1位に輝きました。大まかに言えば“ヒートシーカーズ”はこれまで総合チャートの100位に入ったことがないアーティストを対象にしたもの、“トップ・カレント”は“いま、巷で話題の”というような意味でしょうか。とにもかくにも、当アルバムでスナーキー・パピーの名声は確かなものとなったような気がします。そして彼らは、この『Sylva』で2年ぶり2度目のグラミー賞を獲得しています。前回は「ベストR&Bパフォーマンス」部門でしたが、今回は「ベスト・コンテンポラリー・インストゥルメンタル・アルバム」部門でのグランプリです。つまり両方ともジャズ部門ではないのですが、そんなスナーキー・パピーが半世紀以上の歴史を持つジャズの名門レーベル“インパルス”と契約したり、ジャズフェスに登場して、ジャズファンをも振り向かせているのですから、痛快です。

 

 ぼくより二世代ぐらい下にあたる編集部のAさんは『Sylva』を聴いて、こんな感想を寄せてくれました。

 

 「自分は、どちらかというとポストロック/マスロックの流れを好んでいて(バトルスとか、マーズ・ヴォルタとか)、完全に「その耳」で楽しく聴けてしまうのですが、それでいいのでしょうか…? 鍵盤楽器の飛び道具的な(歪ませた、リードギターにも匹敵する?)使い方と、変則的なリズム。ギターの音作りにしても、シンセの音色の選び方にしても、曲によっては思いっきり濁らせているところがありますし。インストなのですが、サウンドトラックというよりはこれ自体で一篇の映画を観ているような、ストーリー性のあるアルバムだと思います。ラスト曲前半のストリングスを入れた展開などは、日本のポストロックバンド「MONO」を思い出しました」

 

 うれしいじゃありませんか。オスカー・ピーターソン『We Get Requests』を聴いてもらった後に感想を求めたときとは、言葉の弾み方が違う。「同世代の音楽」として共感しているのでしょう。それに、こういう意見、なかなかオッサンからは沸いてこない。マーズ・ヴォルタといえば、ドラマーのディーントニ・パークスが8月にジョン・ケイルのバンドで来日しますが、「拍子抜けするほどさりげない形で、とんでもないミクスチャーをスッとなしとげてしまう。だけどサウンドの中身は熱い」あたり、大いに共通性ありなのではないかと思います。あと『Sylva』で個人的に気になったのは、弦楽オーケストラとの共演ということもあるのか、踊れる箇所やファンキーな箇所が皆無に近い、と感じられたことです。むしろじっくりと聴き入らせる、立ち止まって考えさせるようなサウンドが続くのです。つまりぼくはこのアルバムにスナーキー・パピーの新たな一面を見ました。こんな冒険的な音を、老舗ジャズ・レーベルとの契約第1弾にもってくるとは、リーダーのマイケル・リーグは相当な策士です。

 

 このところロバート”スパット”シーライト & ネイト・ワース『フォーティファイド』、ビル・ローレンス『アフターサン』、コリー・ヘンリー『リヴァイヴァル』(ゴリゴリのゴスペル・アルバム)など関連メンバーのソロ作品のリリースも色とりどりのスナーキー・パピー。このあたりの増殖具合、自分的にはEXILEやEXILE TRIBEや三代目 J Soul BrothersやGENERATIONS界隈を思い起こしますが、とにかく「次に何が出てくるかわからないワクワク感」を感じさせてくれる男たちです。6月には赤坂BLITZでワンマン・ライヴを開くとのこと。5月に行なわれるエスペランサ・スポルディングのZepp DiverCity公演に続く快挙となることでしょう。4ケタの観客を収容できる会場、基本オールスタンディングのはずです。「ジャズ系のアーティストとしても認知されている気鋭が、マスに支持される時代」が、苔のむすまで続くことを願います。

 

 


 

■執筆者プロフィール

 

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada

 

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 一家そろって見てほしい映画があります。デートでぜひ見てほしい映画があります。クラス全員で見て、ぜひ感想文を発表しあってほしい映画があります。

 最近公開された作品では、『ストレイト・アウタ・コンプトン』(公式サイト)がそれです。ストーリー展開のわかりやすさと面白さ、音楽のかっこよさ、クレンショー・ブールヴァードなどディープなブラック・ミュージック好きなら一度は耳にしたことがあるであろう土地の描写。スクリーン越しに、80年代西海岸のヤバい空気が伝わってくるかのようでした。“いやー、すげえ! 懐かしいけど、古くねえ!”、ぼくの血は思いっきり騒ぎました。

 

 ストーリーのモデルとなったヒップホップ・グループ、N.W.A.が結成されたのは1986年。その2年後に、アルバム・デビューをしました。ぼくの最初のヒップホップ体験は83年のハービー・ハンコック「ロックイット」(アルバム『Future Shock』収録)です。翌年にはタイム・ゾーン(アフリカ・バンバータ)の「ザ・ワイルド・スタイル」やハービーの「メガミックス」といった12インチ・シングルを聴き、夏に北海道・夕張で行なわれたハービーの来日公演でグランド・ミキサーD.ST(現DXT)の“レコードを楽器として使う”技を見て驚き、さっそく家にあるポータブルのプレイヤーでレコードを逆再生したりして、それを自作自演の宅録カセット・テープ(当時のぼくは音楽家も目指していました)にオーヴァー・ダビングしたものです。自分が上京してジャズ雑誌の編集部に入ったのは90年代になろうとしていた頃ですが、まもなく友人を通じてビブラストーンやジャジー・アッパー・カットのメンバー、インタースコープ・レーベルの国内発売元だったレコード会社の担当者などと知り合うことができました。アウトバーンから出ていた「remix」やリットーミュージック「GROOVE」の編集長とも面識ができて、「ジャズとヒップホップ」というテーマで原稿を依頼したり、逆にこちらが「ドロドロ・ジャズ名盤選」(今はスピリチュアル・ジャズという和製英語が定着しているようですが、それはずっと先の話です)を寄稿したりと、「ジャズと、ヒップホップを含むクラブ・カルチャーを一緒にしてワチャワチャ楽しめないかな」という感じで毎日を過ごしていました。

 

 マイルス・デイヴィスがラップを取り入れた『ドゥー・バップ』を吹き込んだのは91年のことです。マイルスはヒップホップの面白さを大いに認めていたようですが、ほかのジャズ・ミュージシャンはどうなのか? その時期、サンプリングされることの多かった面々に、ぼくは直撃取材をしました。バーナード・パーディーやチャック・レイニーやヒューストン・パーソンは「まあ、別にいいんじゃないの。使用料が振り込まれていれば」という感じでした。もちろん渋い顔をした面々もいました。ルー・ドナルドソンは「私の音楽と、ヒップホップやラップは全然関係ない! 私はブルースやビ・バップに取り組んできたにすぎない。なんだい、ヒップホップてのは? あれは音楽か? 誘われたとしてもヒップホップはやらないよ」。そしてジャック・マクダフにも尋ねました。忘れもしない93年の初来日中、京王プラザホテルの彼の部屋で、です。ご存知の方もいらっしゃるかもしれませんが当時すでにマクダフは脚が不自由でした。パジャマ姿で寝っ転がる彼へのインタビューです。「ああ、それについてはよく訊かれるよ。だがな、俺の音楽とヒップホップは関係ない。影響を与えたと勝手に解釈されるのも、個人的には全然嬉しくないね」。

 しかしマクダフは初期ラップの名門レーベル、シュガーヒルにアルバムを残しているのです。ラッパーとの交流があったとか、ヒップホップの誕生を手助けしたとかはなかったのでしょうか。ときくと「全然ない。たまたまシュガーヒルから誘いが来たからレコーディングしただけだ。だいたいヒップホップは物騒だよ、shootとかkillとかそういう言葉をガナって……。私の音楽がサンプリングされて、そういう言葉の後ろで鳴っている図を想像するだけでも、いやな気持ちだ」。

 

 マクダフの楽曲はア・トライブ・コールド・クエスト、ピート・ロック&C.L.スムース、ファットボーイ・スリム等にサンプリングされてきました。そんな彼が、若き日に残したアルバムが『ザ・ハニードリッパー』です。1961年の録音ですが、ぼくは80年代にアメリカで復刻されたアナログ盤で長く親しみました。それがいま、ハイレゾで聴けるのですから、天国のマクダフもテクノロジーの進化にびっくり仰天しているはずです。ここで編集部のAさんからの感想を見てみましょう。

「音が立体的に聴こえる! ハイレゾだとより、空間感、配置がわかる。何よりもハモンド・オルガンの音色が気になる。少しこもった感じの(電気の出力が弱かったであるとか、当時の状況も関係しているのだろうか)……」

 

The Honeydripper/Jack McDuff

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■執筆者プロフィール

 

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada

 

 

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ジャズの楽しさ、面白さ、わかりやすさを、ひとりでも多くの方に知っていただく連載第3回。

編集部のAさんからの今回のお題は、年季の入ったジャズ・ファンなら誰でも知っている定番中の定番であろうオスカー・ピーターソンWe Get Requests』。moraのジャズ作品売上ランキングで昨年末の月間1位を獲得したので、そのお祝いもこめて、改めてこの作品の魅力を紹介してみよう、というのが今回のテーマです。

 

We Get Requests/The Oscar Peterson Trio

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1964年の録音ですから、今から50年以上も前の演奏です。「そんな古いものが今、なぜ1位に?」という疑問は当然あります。現在の日本のヒットチャートで春日八郎や二葉百合子がゲスの極み乙女。や西内まりやより上位に来ることは100%ありません。が、「新しいものだけが売れる」わけではないのがジャズの世界。LPレコードの時代に評価を確立した作品が、CD化されても聴き継がれ、さらにハイレゾになっても愛され続ける……これはジャズがいかに息の長い(いいかえれば人生を通じて楽しめる)音楽であるかを示すものでありましょう。

『We Get Requests』というアルバム・タイトルには、“リクエスト承ります”的なニュアンスが感じられます。そして、この作品を日本で最初に売るにあたって(1965年)、レコード会社のスタッフは『プリーズ・リクエスト』という邦題をつけました。なんと覚えやすい和製英語でしょう。しかも選曲が親しみやすいのです。64年当時の全米シングル・チャートにランクインしていたボサ・ノヴァ「イパネマの娘」に加え、やはりボサ・ノヴァの代名詞的1曲である「コルコヴァード」、“日本には一度も来たことのない世界最高峰のエンターテイナーのひとり”バーブラ・ストライサンドの名声を決定づけた「ピープル」、同名の大ヒット映画の主題歌である「酒とバラの日々」など、64年当時のファンに大いに親しまれ、今でも時おり耳に入ってくることもあるナンバーを、オスカー・ピーターソンは次々と極上のジャズに料理していきます。もちろんジャズですから即興演奏のパートはありますが、原メロディから極端に離れたプレイはしていません。過度な加熱や香辛料で素材のおいしさを奪い去る、などという野暮なことはしないのです。さすが名シェフ、ピーターソン! 64年のアメリカにおける最大の音楽的トピックであったろう“ビートルズ旋風”から距離を取った選曲をしたのも正解だったかもしれません。

でもこのアルバムは表題に反し、有名曲ばかりで構成されているわけでもないのです。ピーターソン自身の書き下ろしナンバーもありますし、スタッフ・スミスというヴァイオリン奏者が作曲した「タイム・アンド・アゲイン」の存在をこれ以前から知っていた、というファンはウルトラ・へヴィーなジャズ狂だと思います。そして本作に収められたことで、一躍ジャズ好きに広まったメロディもあります。それが6曲目の「ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー」です。

アナログ盤で、この曲はB面トップに位置していました。レコード針が乗せやすい位置になったということもあるのでしょう、60年代中ごろから普及するいっぽうだったステレオ機器のチェックにも頻繁に使われました。弓弾きから指弾きに替わる時のベース奏者のタイミング、ニュアンス豊かなドラマーのブラッシュ(いわゆる“刷毛”)やシンバルの音色の伸び、そして御大ピーターソンの輝かしいピアノ・タッチが2つのスピーカーから生々しく、立体的に浮かび上がってきたら、そのオーディオ・システムは折り紙付き、というわけです。CD、ハイレゾと器は変わっても、『We Get Requests』をシステム・チェック用に使っているリスナーも多いのではないでしょうか。

Aさんからは「タッチの音や吐息まで聴こえるというのが新鮮に感じました。ベースの音も、エレキ(ロック)に慣れた耳からすると微かに響いてるだけ、というバランスが……」という感想をもらいましたが、吐息まで聴こえるのもまた、この場合は生々しさを加味しています。楽器から少し離れたところに必要最小限のマイクを置いて音楽家に同時演奏をさせ、空気もまるごと同時に捉えてしまおうという感覚。これは「異なる場所や時間で録られた音をミキシングで合わせていく」ポップスのサウンド作りに慣れた方には軽いショックかもしれません。

最後にジャケットの話をしましょう。右側にいるのが御大ピーターソンですが、なぜ他のふたりが演奏しているのに彼は笑顔で立っているのでしょうか? 僕がずっと感じていた疑問は、ピーターソンのライヴ(もう生で見ることは叶いませんが)に接した時に解けました。まずドラマーがひとりで演奏し、続いてベーシストがそれにあわせ、盛り上がったところでピーターソンがピアノのところまで歩んで一礼、そしてプレイを始めるのです。つまりこのジャケットは「ステージに登場し、礼を終えて顔をあげた瞬間」のピーターソンを捉えているのです。また彼のライヴでは、大半の奏者と違って、ピアノがステージ上手(客席から向かって右)にセットされていることも特徴です。その理由としては、ピーターソンの楽器が大型で横幅を取るから(通常は88鍵だが、彼のピアノは97鍵)、そしてベース奏者がピーターソンの左手の動きを見ながらベース・ラインを作ることができるように(=低音のぶつかりあいを避けるため)という配慮があった、と聞いたことがあります。

そう考えつつもう一度、「ユー・ルック・グッド・トゥ・ミー」の響きに身をまかせてみませんか?

 


 

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada

 

 

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