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定期連載のトピックス

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~今月の一枚~

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Paul Simon [Stranger To Stranger]

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 1973年、カリフォルニア州コンコードで、小さな小さなジャズ・レーベルが発足しました。レーベル名は地名をとって“コンコード・ジャズ”と名付けられました。オーナーは自動車会社に勤めていたカール・ジェファーソン。当時はエレクトリック楽器を使ったサウンド(のちにフュージョンと呼ばれるものの原型を想像していただければわかりやすいかと思います)や、ポスト・フリー・ジャズというべき音作りがジャズ界の新潮流として大きな話題を集めていました。しかしコンコードは昔ながらのアコースティック・ジャズ、スウィングする音作りにこだわりました。1930年代や40年代から活動してきた名手たちもまだ健在、彼らは久しぶりのレコーディングに大いに張り切り、「最近のジャズは難しくて」というベテラン・ファンは“新しく録音された、往年と変わらぬジャズ”に安堵を感じたはずです。コンコードは多くの老練を再生しましたが(“養老院ジャズ”とも呼ぶ向きもありました)、ミュージシャンの円熟期を捉えた功績は、決して過小評価されるものではないでしょう。女性歌手ローズマリー・クルーニー(俳優ジョージ・クルーニーの叔母)、夏に日本公開される映画『ソング・オブ・ラホール』で重要な役割を演じる楽曲「テイク・ファイヴ」を最初に大ヒットさせたピアノ奏者デイヴ・ブルーベックも、当時バリバリの若手ながら伝統的なスタイルにこだわったサックス奏者スコット・ハミルトン(OKAMOTO'Sのオカモトショウの父)もコンコード・ジャズの看板スターでした。ジェファーソンはすこしずつ会社の規模を大きくし、86年には日本のメーカーと提携して“富士通コンコード・ジャズ・フェスティバル”を始めました。

 ジェファーソンが亡くなったのは95年のことでした。「ひょっとして、つぶれるのでは。往年のジャズメンも次々と他界しているし」という懸念は、当時の日本のジャズ・ジャーナリズムの何割かにあったと思います。ぼくもそう考えたひとりでした。しかしコンコードは次世代ミュージシャンを数多く起用しながらさらなる発展をとげ、2004年にファンタジー・レコード(プレスティッジ、リヴァーサイドなどのジャズ・レーベルが属しています)を買収、コンコード・ミュージック・グループを設立しました。同グループにはさらに、テラークやヘッズ・アップやヒア・ミュージックといったレーベルも傘下に加わります。結果、コンコードは、ポール・マッカートニー、上原ひろみ、ケニー・G、エスペランサ・スポルディング、イギー・ポップ、ベン・ハーパー、ウィリアム・ベルなど大御所も気鋭も擁する現代最強のジャンル越境型メジャー・カンパニーのひとつへと躍進しました。そして今回、ポール・サイモン5年ぶりの新作が、この大会社から届けられました。前作に入っていた“ヒア・ミュージック”のロゴは、今回はなしです。

 作品のキーワードはハリー・パーチ、そしてフラメンコ系のリズムでしょうか。前者については“独自の楽器をつくったり、面白い音楽に取り組んでいた20世紀アメリカの作曲家”という記述にとどめます。ムーンドッグやジョン・ゾーンのファンにもぜひチェックしてほしいと思います。フラメンコを導入したいきさつに関しては、サイモン自身が書いたライナーノーツに詳しいです。「もともとフラメンコが好きだったこと」、「パーカッション奏者のジェイミー・ハダドにボストン在住のスペイン人フラメンコ・ミュージシャンを紹介してもらい、セッションを行なったこと」、「タイトル曲で、フラメンコ・ダンサーのステップ音を用いたこと」などなど。ジャズ・ファンとしてはここでジェイミーの名前が出たことが大いに気になります。彼は2000年代の半ばからサイモンの音作りに関わっているはずですが、デイヴ・リーブマン、フレッド・ハーシュ、ハービー・ハンコック、ボブ・ドローらともプレイを重ねる凄腕なのです。ほかにもジャック・ディジョネット、ワイクリフ・ゴードン(『ソング・オブ・ラホール』にも出てくるリンカーン・センター・ジャズ・オーケストラのトロンボーン奏者)など著名ジャズ・ミュージシャンが参加、あの大歌手ボビー・マクファーリン(テイラー・マクファーリンの父)がバック・コーラスに参加しているのも豪華です。

 ロックなのか? ポップスなのか? ジャズなのか? ワールド・ミュージックなのか? ぼくは――すこしお行儀がいいまとめ方かもしれませんが――シンプルに“現代の音響”という言葉で締めたくなりました。楽曲単位で考えるよりも、アルバムひとつ(国内盤は11曲目までが本編です)がまるごとかたまりとなって迫ってくる感じです。サイモンの歌謡センスをこよなく愛する方が何パーセントの満足を得るかどうかはわかりませんが、音楽監督としての彼の冴えには目の覚める思いがします。“歌+伴奏”ではなく、声も楽器もステップ音もすべて一体となった豊かな響きに、体ごと包みこまれるような気持ちになるのは自分だけではないはずです。

 リアルタイムでさまざまな新作を追っている音楽ファンのアンテナには黙っていてもこのサウンドが引っかかることでしょう。そしてぼくは、自分より年長の、サイモンと一緒に年齢を重ねてきた世代にも、これを、できればハイレゾのリアリティあふれる超高音質で、ガンガン聴き重ねてほしいと思うのです。サイモン&ガーファンクル時代の「サウンド・オブ・サイレンス」や「明日に架ける橋」で止まっている方、日本のリスナーとアフリカ音楽の距離を近づけた傑作『グレイスランド』で記憶が更新されたままのみなさん(もう30年前のリリースなのですが)、ポール・サイモンは今が(も)、圧倒的に旬です!

 


 

■執筆者プロフィール

 

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada

 

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Vol.31 Theme : 奇跡の軌跡

日高央の「今さら聴けないルーツを掘る旅」バックナンバーはこちら

 

 その早過ぎる死に世界中から哀悼の声が止まないプリンス……彼のペンによる「Nothing Compares 2 U」で知られるシニード・オコナーが、俳優のアーセニオ・ホールに訴えられたり(プリンスにヤクを渡し続けたとFacebookで言い続けたため)、遺産を巡る争いが絶えなかったりと周辺は慌ただしいままだが……今回もプリンスの音楽を振り返り。涙。

 前回紹介した大ヒット作にして生涯の代表作『Purple Rain』の発表後、普通なら世界的な大ツアーに出て、更にアルバムを売ったりグッズを売ったり、もちろんチケットも売り切れ続出になるに決まってるんだから、まさにアーティストにとっては一攫千金、確変突入のダメ押しチャンスを迎えるはずだったプリンスだが……さすが殿下は違う。ツアーには一切出ずに、何と売り上げ全てを注ぎ込んで自主スタジオ<ペイズリー・パーク>を建設。とっとと次作のRec.に入る……さすが天才! そもそも金儲けが目的じゃないのだ。己の身の丈を判ってるよね……なんでもかんでも売り上げ第一みたいなアーティストやクソ業界人はプリンスの爪の垢を煎じて飲め、アホ。

 そんでそのアルバム『Around The World In A Day』は、もちろん前作の延長線上にありつつも……なんとテーマは<サイケ>。というか<ビートルズ>!? プリンス流60’s POPが大炸裂した、これまた傑作……ファンキーさを残しつつもキャッチーなメロやシンガロング必至のサビ等、プリンス流の3ミニッツPOPがこれでもかと満載。ブラック・ミュージック特有の粘っこさや泥臭さが苦手な人は、こっから聴くと入り易いかも……いや、そんな奴はブラック・ミュージック聴かんでもよろし、か。とにかく先行シングル「ラズベリー・ベレー」のさり気ないフックや、「アメリカ」での辛辣な歌詞等、全然ブレてない殿下が楽しめる一枚。

 

Around The World In A Day
※画像クリックで購入ページへ

 

 POP路線は次作『Parade』でも続くものの、またまた自身主演・監督・音楽による映画『アンダー・ザ・チェリー・ムーン』を撮り、そのサントラとして発売されたため一般の評価は低い(もちろん映画は酷評の嵐だったので)。映画の出来はたしかに最高とは言い難い……っつか「パープル・レイン」も含め、基本PVの延長線上の物として楽しむ分にはモウマンタイ(無問題)なんだけど、いかんせん映画大国アメリカでは映画に対する姿勢が俄然シリアスなのでね……でもシングル「Kiss」はいまだにカヴァーされ続ける名曲だし、全体的にメロウな殿下も最高な一枚。

 

Parade
※画像クリックで購入ページへ

 

 反省した(?)プリンスは次作『Sign 'O' The Times』を2枚組の、シリアスめな大作として発表。殿下特有のミニマルな打ち込みや、重めのファンクが炸裂しており、これをプリンスの最高傑作とする声は多い。とはいえシーナ・イーストン(80’sイギリスの歌姫。プリンスの秘蔵っ子で超絶パーカッショニスト、シーラ・Eと混同しないように)をフィーチャーしたシングル「U Got The Look」を始め、「Play In The Sunshine」や「Starfish & Coffee」等POPな曲も目白押し。やっぱ大天才。

 

Sign 'O' The Times
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 その後も年一、あるいは2年に一枚は必ずアルバムを発表する多作っぷりは凄まじく、その溢れ出る創作意欲は尽きることを知らない……しかも『Diamonds and Pearls』とか『Love Symbol(※)』等、90年代に入っても超絶かっこいいシングルからのアルバム、みたいな流れは途絶えないし、2000年代も『Musicology(※)』等ヒット作にして傑作をちゃんと残し続けているし……晩年の作品ももちろん悪いどころか、超絶に良い。言わずもがな、なプリンス節が貫かれてるし。途中で改名騒ぎがあったり、ワーナーと揉めてからは作品の販売方法が独自過ぎて面倒臭がられたり、すぐ脱いだり(笑)……トラブルも多々ありながらも、これだけブレずに表現を続け、そしてブレずに愛されたアーティストも珍しい。富や名声以上に、ただひたすらに良い音楽をクリエイトする事だけに専念したプリンスという奇跡。作品そのものと同じように、常に尖り続けていた殿下の軌跡を聴かないのは大いなる損失でしかない……もう二度と出会えないかもしれない大天才の傑作の数々を、この機会にチェックすべし。

 

Diamonds And Pearls
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作品名に(※)と表記のあるものは配信なし

 

 


 

【日高央 プロフィール】

ひだか・とおる:1968年生まれ、千葉県出身。1997年BEAT CRUSADERSとして活動開始。2004年、メジャーレーベルに移籍。シングル「HIT IN THE USA」がアニメ『BECK』のオープニングテーマに起用されたことをきっかけにヒット。2010年に解散。ソロやMONOBRIGHTへの参加を経て、2012年12月にTHE STARBEMSを結成。2014年11月に2ndアルバム『Vanishing City』をリリースした。

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 突然ですが、みなさんは最近テレビを見ていますか?

 近年若者のテレビ離れという言葉をよく耳にします。スマートフォンが普及してから、10代の人々は特にSNSや動画サイトの存在によって、「ぼけーっとテレビを見る時間」が少なくなってしまったみたいです。大人でも全く見ないなんて人も時々出会います。
 どうしてこの場でそんな話をするかといいますと、わたしは生粋のテレビっ子なんです。ミュージシャンになろうと思ったのは、数々のテレビでのアーティストとの出会いがあったからで、つまりは音楽番組かと思われるんですが、そのほとんどはドラマやテレビ放映された映画の主題歌や挿入歌でした。今回はその中でわたしが影響を受けたミュージシャンを紹介します。

 記憶に新しいフジテレビ系ドラマ『いつかこの恋を思い出してきっと泣いてしまう』。このドラマを観たいと思ったきっかけも、主題歌でした。手嶌葵さんの「明日への手紙」です。手嶌さんといえば、ジブリ映画『ゲド戦記』や『コクリコ坂から』の主題歌も歌われています。わたしはジブリ映画も大好きなのですが、わたしが手嶌さんを本当に好きになった曲はもう一つあります。それは2008年にデジタルシングルとして配信された「光」という曲です。この曲は同系列『ザ・ノンフィクション』にも使われていて、“交差する 交差する 光と影 その先に 何がある”というフレーズに感銘を受けたのですが、実はこの曲はわたしの楽曲制作にも携わって頂いている渡辺拓也さんが作られているのです。偶然にとても驚きましたが、この仕事をしているとそうして自分の好きな曲に携わっている方と繋がっていくことも多く、感覚や感性というものは出会って行くのだなあとまた音楽の力に気づかされます。

 話は戻り、そんな手嶌さんが月9の主題歌をされると聞いて震えたのです。触れたら壊れてしまいそうな儚さがありながら、強く強く意思のあるその歌声がより多くの人に届くということが楽しみで仕方ありませんでした。期待通り、ドラマの中の東京で変わってゆく主人公たちの言い表せない感情が、あの唄によって昇華されていくような、心の琴線が揺さぶられてしまう一曲でした。わたしは東京で生まれ育って、ある種のコンプレックスがあります。この街に慣れるという怖さや自然をほとんど知らない空しさのようなものをずっと感じて生きてきました。ただ、手嶌葵さんの唄を聴いているとすごく安心して、東京も悪いものではないなと思えるのです。

 ふとテレビから流れる曲に、あなたを変えるメロディーがあるかもしれません。

 


 

【プロフィール】

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瀧川ありさ(たきがわ・ありさ)

1991年、東京生まれのシンガーソングライター。 2015年3月、アニメ『七つの大罪』のエンディングテーマ『Season』でメジャーデビュー。同年7月に2ndシングル『夏の花』をリリース。さらに、「SUMMER SONIC 2015」へ出演を果たす。11月にアニメ『終物語』のエンディングテーマとしてロングヒット中の3rdシングル『さよならのゆくえ』をリリース。 女子高生100人が選ぶ「クルコレランキング」で、デビュー曲から3作連続で1位を獲得。 同年11月に、初のワンマンライブをTSUTAYA O-nestにて開催。チケットは即日完売となる。 2016年2月には、原宿アストロホールにて2ndワンマンライブを開催。1stワンマンと同じく、即日即完となる。2015年の活動が評価され、「第30回日本ゴールドディスク大賞」新人賞獲得。2016年4月6日には、自身初となるバラード曲である4thシングル「Again」をリリース。 さらに、2016年6月には恵比寿LIQUIDROOMを含む東名阪ワンマンライブツアーも決定するなど、ライブアーティストとしてもシーンの内外から熱い注目を集めている。

 

【告知】

★リリース情報★

2016年4月6日リリース 4th Single「Again」好評発売中!

・初回生産限定盤 ¥1,389+税 SECL-1870 ~ SECL-1871
・通常盤 ¥1,204+税 SECL-1872
・配信(mora):通常ハイレゾ

 

★イベント出演情報★

「YUMECO RECORDS presents 夢子会vol.6」

日程:2016.7.9(土)
会場:新代田Live Bar crossing
ACT:ハナエ , 瀧川ありさ / トークゲスト:大石蘭
開場/開演:12:00 / 12:30
料金:adv.¥3,000(+1drink) / door.¥3,500(+1drink)

☆チケットのご予約は6.12(日)正午から!
http://www.yumeco-records.com/

 

「OS 07 in Nagoya!」

日程:2016.7.29.(金)
会場:名古屋 大須 ell. FITS
ALL ACT:la la larks / 緑黄色社会 / 瀧川ありさ and more!
開場/開演:18:30 / 19:00
チケット:adv.\2,800- / door.\3,300-

☆5/21(土)よりチケット一般発売中!
チケットぴあ(P code : 300-004)
ローソンチケット(L code : 43465)

 

 

 

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第25回:ポール・サイモン(前編)『ポール・サイモン』〜『グレイス・ランド』

〜『ひとりごと』と片思い〜

 

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アルバム『ひとりごと』のジャケットデザインを思い出色にパロディ…

 

 以前、サイモン&ガーファンクルのハイレゾについて書いたが、嬉しいことにポール・サイモンのソロアルバムもみんなハイレゾになっている。ということで「ハイレゾ一本釣り」でも2回に分けてポール・サイモンを取り上げてみよう。

 さて、ポール・サイモンのソロ作品で一番ポピュラーなのは、たぶん73年のソロ2作目『ひとりごと(There Goes Rhymin' Simon)』ではあるまいか。

 実は自分でもビックリなのだが、僕がリアルタイムでポール・サイモンのレコードを買ったのは、その前のファースト『ポール・サイモン』だけである。正確には『ひとりごと』からの先行シングル「僕のコダクローム」の45回転EPが最後となるわけであるが、どちらにしても『ひとりごと』は当時買っていない。

 『ひとりごと』は友人から借りて、ミルトン・クレイザーがデザインした素晴らしいジャケットを横目に見ながらも、オープンリールに録音してすました。このアルバムが発売になった73年の洋楽界は傑作のラッシュで、僕に『ひとりごと』を買うことを許さなかったのだ。しかしテープで聴くにつけ『ひとりごと』も傑作だとすぐに分かった。完成度、普遍性ならファースト・アルバム以上だ。

 そして僕は『ひとりごと』を買わなかったことを、もっと悔やむことになる。
 当時僕は高校1年生で、一緒のクラスに気になる女の子がいた。その女の子がS&Gの大ファンだったのである。新学期が始まった時の自己紹介では、クラスでたったひとり「サイモンとガーファンクルが好きです」と言ったのがその女の子だった。さらに「ソロになったポール・サイモンも好きです」と付け加えてみんなを微笑ませた。

 73年当時、高校生にもなって「S&Gを好き」というのは“洋楽初心者”を意味した。だから自己紹介ではみんなツッパったものである。ある男子は「T.レックスを聴いています」とクロウトぶり、ある女子は「ストーンズが好きです」と不良ぶった。僕も負けずに「ビートルズが好きです」と胸を張った。しかしこれではメンツがたたないから「エルトン・ジョンにも注目しています」とカッコつけた。本当はポール・サイモンも好きだったのに!

 でもその女の子はメンツなど気にしない。それが逆に新鮮だった。授業の休憩時間に仲良しの女子と「ポールの新しいLP『ひとりごと』、いいよぉ」とか「〈アメリカの歌〉は最高」とか言っているのが耳に入るにつけ、「ポール・サイモンも好きだと自己紹介しておけば良かった」と後悔したものである。そしたら彼女も気にかけてくれていたかもしれない。そうでなくても『ひとりごと』のLPを買っていれば、どこかで話すきっかけになったかもしれない。

 こうして高校生活はむなしく過ぎていった。その後、進級してもずっとクラスは一緒だったから、教室の向こうからポール・サイモンの話が聞えてくるたびに心が動いた。「ポールのライヴ『ライヴ・サイモン(Paul Simon In Concert: Live Rhymin’)』を買ったのよ」と聞けば、彼女の机の前に駆け寄って「それFMから録音したよ。〈明日に架ける橋〉ってああいう歌い方もあるんだね」…などと、どれだけ話たかったことか。

 結局、高校3年生の年末だったか、勇気を出して彼女に手紙を出したら見事にフラれた。そのせいではないだろうけど、その頃発売のLP『時の流れに(Still Crazy After All These Years)』は聴いてもいない(笑)。かくして僕の3年間にわたる片思いは失恋に終わったのである。

 もし彼女と付き合っていたらポール・サイモンの話を随分しただろうなあ、と妄想は膨らむ。もし付き合いが80年代まで続いていて、世界的に話題になった『グレイスランド(Graceland)』を聴いたら、どんな話をしただろう? そしてもし2016年の今も付き合いが続いていたとしたら、「ポールのハイレゾが出たね」、「じゃ『ひとりごと』からダウンロードだね」、なんてシニア同士で話したかもしれない。

 まあ、これは心の中の独り言である。現実はポール・サイモンを一人で聴く中年男がいるばかりだ。しかしハイレゾならそれも楽しいひと時である。

 

 

■アルバム解説

 

 

Paul Simon(『ポール・サイモン』)

 72年発表のソロデビュー作。僕が生まれて初めて買ったポップスのオリジナルLPがこの『ポール・サイモン』だった。それだけに思い入れは強く、アナログLPの音が刷り込まれている。しかしハイレゾの音は絵に描いたようにクリアで力強い。まず「母と子の絆(Mother and Child Reunion)」のベースから太い。でも一番の聴きどころは、ステファン・グラッペリ(ヴァイオリン)とポールのギターでのインスト「ホーボーズ・ブルース(Hobo's Blues)」かも。

 

There Goes Rhymin' Simon(『ひとりごと』)

 エッセイにも書いた73年のセカンド。ハイレゾで聴く「僕のコダクローム(Kodachrome)」は「綺麗だあ」と唸ってしまう音。当時のレコードが庶民的なスマッシュ・ヒットだとしたら、ハイレゾではキャビアのような高級ヒット・チューンになった感じ。「アメリカの歌(American Tune)」は小刻みなバスドラの音も確実になり、ストリングスもコクがあっていい。

 

Still Crazy After All These Years(『時の流れに』) 

 当時は聴かなかったものの、その後中古LPでたしなんだアルバム。ハイレゾの「恋人と別れる50の方法(50 Ways to Leave Your Lover)」はスティーヴ・ガッドのドラムが力強くクリア。アナログがソファーでの男女のムーディー会話としたら、ハイレゾはスポーツクラブでの男女の会話になったみたいな。それにしてもファーストからここまで、アルバム毎にハイレゾの高音質度は増してくる感がある。

 

Graceland(『グレイスランド』)

 ハイレゾ化されている数枚のアルバムを飛ばして、これは86年の作品。アパルトヘイト政策をおこなっていた南アフリカのミュージシャンの参加が問題となったものの、ポールが70年代の輝きを取り戻したかのようにグラミー賞受賞。しかしポールの音楽スタイルは70年代と違って、リズム嗜好が明確になった。ハイレゾはそのリズムを、よりダイナミックに再生してくれる。この傾向はこのあとのアルバムでも続くので、後編をお楽しみに。

 

 

Paul Simon ハイレゾ配信一覧はこちらから

 

 


 

 

【牧野 良幸 プロフィール】

1958年 愛知県岡崎市生まれ。

1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

 

マッキーjp:牧野良幸公式サイト

 
 
 

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第23回:ドゥービー・ブラザーズ「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」

〜あの軽快なリズムはカッコよかった〜

 

 アメリカンロックの人気バンド、ドゥービー・ブラザーズのアルバムがハイレゾでどっと配信された。それで今回取り上げるのは、1978年の『Minute by Minute』から「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」である。

 

 今日まで幾多の変遷を繰り返してきたドゥービー・ブラザーズであるけれども、彼らの最大のヒット作はやはり78年の『Minute by Minute』だと思う。なにせ〈第22回グラミー賞最優秀レコード賞〉に輝いた名盤だ。ヒットシングル「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」も〈グラミー賞最優秀楽曲賞〉を受賞した。

 

 

 ワイルドなイメージのドゥービー・ブラザーズが、グラミー賞というセレブな賞を取ったことに当時はビックリしたものである。しかしそれもそのはず、『Minute by Minute』も、シングル「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」も都会的で洗練された曲だった。今なら「AOR」と言えばすむのであるが、ともかくドゥービーはマイケル・マクドナルドが加入して数年前とはかなり違うバンドになっていたのだった。

 その「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」。当時は「ある愚か者の場合」という邦題がつけられていたけれども、実際はグラミー賞以上のインパクトがあったと思う。とにかくあの、タタタン、タタ、タタタン、タタという軽快なリズムが斬新で、めちゃめちゃカッコよかったのだ。その影響かどうかわからないが、当時は洋楽から日本の歌謡曲まで、いろいろなところで似たようなリズムを聴いた記憶がある。

 

 続く80年の『One Step Closer』もマイケル・マクドナルド色が出た作品だ。実のところ僕が初めて本格的にドゥービーを聴いたのはこのアルバムだった。NHK-FMが新譜紹介で、LPをまるごと流したのをエアチェックしたのだ。

 

 

 この年の春、僕は大学を卒業したものの就職せずドロップアウト(当時はフリーターという便利な言葉はなかった)。先のことを思うと不安な夜もあったが、そんな時も『One Step Closer』を聴いていると心強くなって、絵描きになりたいという夢を失わずに過ごせたのだった。思い出深いアルバムである。

 

 しかし僕にとっては最高のドゥービーでも、その変貌を誰もが受け入れたわけではなかった。
 ある日先輩ロックファンに「ドゥービーは『Minute by Minute』や『One Step Closer』が好きです」と言ったところ、「今のドゥービーが好きじゃねぇ…、ドゥービーは昔のほうがドゥービーでしょ」と冷や水を浴びせられたことがある。

 

 確かに僕だって70年代初頭はロック小僧を始めていたからドゥービー・ブラザーズの活躍は知っていた。『The Captain and Me』からは「チャイナ・グローブ」も大ヒットしていた。しかし食わず嫌いというか、ジャケットのイメージから泥臭いバンドに思えてレコードを買うまでにいたらなかったのだ。

 

 

 続く『What Were Once Vices Are Now Habits』も『ドゥービー天国』という邦題がついていたものだから、「“天国”という言葉は荒っぽいなあ」とこれまたスルー。さらに次の『Stampede』ではジャケットの乗馬姿に、またしてもアメリカ南部のイメージに捕われてスルーしたのだった。

 

 

 

 

 

 しかしである。新生ドゥービーが好きになったあと、それら初期のアルバムを聴くとそんなに泥臭くないと思ったのである。「リッスン・トゥ・ザ・ミュージック」「チャイナ・グローブ」など、当時の大ヒット曲は実にノリがいい。例のタタタン、タタ、タタタン、タタと同じくらいノリがいい。今では「ドゥービーは昔のほうが」という言葉にも賛同していていて、どうしてあの頃聴かなかったのかなあと思う。まあ当時は“愚か者の”高校生だったのだろう。

 

 それでようやくハイレゾの話である。

 「ホワット・ア・フール・ビリーヴス」の入っている『Minute by Minute』はパンチの効いた音で心地良い。ただ昔はひたすらタイトな印象だったけれども、ハイレゾではそこここに、アナログ時代のなごりか、ゆったりとした鳴り方もあって、柔と剛をかねそなえた理想の“グラミー・アルバム”になった気がする。

 『One Step Closer』は前に書いたエアチェックのカセット、その後買った中古LPと、今でもちょくちょく聴くアルバムであるが、僕の再生システムではハイレゾはLPよりも音の厚みがあり、かつ繊細になっている気がした。特にバックコーラスが美しい。これからは思い出のLPよりもハイレゾのほうを聴いてしまうことだろう。

 最後に『The Captain and Me』。
 やはり素晴らしい。マクドナルド加入後の都会的なドゥービーも素晴らしいが、初期の野性味とスピード感は特筆ものであろう。とくにハイレゾでは荒々しい演奏がストレートに届くものだから、すごく躍動感を感じる。サザンロックとか、そういうククリさえ越えた音楽がここにあったのだとあらためて実感した。

 

 ドゥービー・ブラザーズのアルバムは他にも名作がハイレゾ配信されている。合わせて聴いていただけたらと思う。

 

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The Doobie Brothers ハイレゾ配信一覧はこちらから

 


 

【牧野 良幸 プロフィール】

1958年 愛知県岡崎市生まれ。

1980関西大学社会学部卒業。

大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。

近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。

 

マッキーjp:牧野良幸公式サイト

 
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