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日高央のトピックス

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Vol.18 Theme : 「ある意味フリッパーズは日本のザ・クラッシュである

 

 あの猛暑は何処へ……な勢いで夏が過ぎ去ろうとしています。老若男女問わずに物思いに耽り易いこの時期には、青春サウンドが似合います……今日は青春サウンドの代表格、ギターPOPの概念を定着させた伝説のグループ、FLIPPER'S GUITARを聴きながら、過ぎ去りし夏に想いを馳せようじゃありませんか。

 ぼちぼち寒くなるであろう、これからの季節にぴったりなヨーロピアン・スタイル……それも値段的にもハードルが高いフレンチ・カジュアルを、いとも簡単に着こなしてファッション界にも影響を与えつつ、J-POP界にも静かなる革命を起こしたアーティスト……それが今回ご紹介するフリッパーズ・ギター。現在はコーネリアスとして先鋭的な活動を続ける小山田圭吾氏と、「オザケン」の愛称で21世紀のシティPOPを数多く産み出した小沢健二氏の二人組。

 意外なことに最初は、ファントムギフトやザ・コレクターズといったネオGSの括りで捉えられた五人組、ロリポップ・ソニックとしてスタート。当時イギリスで台頭し始めたネオ・アコースティックに対応するシーンが日本に無かったことと、60’sっぽいテイストを持ったバンドの受け皿がネオGSにしか無かったため、そこが一番近しいシーンだったのです。

 そして唐突にポリスターよりメジャーデビューしますが、ここでsalon music吉田仁氏のプロデュースを受けたことが功を奏し、同時代のネオアコのテイストをきっちりと打ち出すことに成功します。当時は珍しかった全曲英語詞、PUNKが流行り過ぎて逆にマンネリになってしまったことへのカウンターとしての「わざとソフトに、しかし毒を持った」アプローチが確立されます。ここは当時のネオアコ~渋谷系への流れを理解する上で、とても大事な部分です。

 続く2ndから二人組になってしまいますが、日本語詞の導入やタイアップを獲得し(ドラマ『予備校ブギ』の主題歌「恋とマシンガン」。今でもメディアから良く聴こえてくる名曲ですね)、知名度がグンとアップ! マニアックな引用を多用しているのに、サウンドは激POPというギャップや、お仕着せではなく実際に本人達が好んで着ていたアニエス・ベーのロンTボーダー等が、その後の渋谷ファッション地図をも塗り替えるのことになるのです。雑誌のインタビューに登場するようになると、同時代の電気グルーヴよろしく、サウンドはハードに言動はオチャメに……というギャップも見せ始め、当時のサブカル好き、及び乙女心を存分に刺激したのです。

 そして結果ラスト・アルバムとなる3rdでは、90年代を象徴するインディー・ダンス・ミュージックや、シューゲイザー的な要素を加味して、更にマニアックさに拍車をかけます。これまた今でもメディアから多々聴こえてくる名曲「グルーヴ・チューブ」を始めとしたサンプリング・ミュージックは、HIP HOPやストリートカルチャーとも連動し、単なるなよなよした文系男子っぽい魅力だけでなく、肉感的なサウンドも体得して、全方位からの支持を得たフリッパーズはまさに無敵状態! だったのですが……アルバム発売後にツアーもせずに解散してしまいます。

 このあっけない終焉や、ただでさえライブの本数も少なかったのもあって、フリッパーズは伝説的な扱いを受けるようになるのです……その後オザケンはソロ名義だったり、スチャダラパーの大ヒット曲「今夜はブギー・バック」への参加でミリオン・アーティストに、小山田くんはコーネリアス名義でPOPなのに実験性の高いサウンドで海外からも高評価を得る活躍ぶりを見せます。最新作でも坂本真綾女史を迎えた「あなたを保つもの」等で、そのアグレッシブな挑戦が楽しめますので是非チェックを。

 おそらくこの先も再結成しないだろうし、個人的にもしない方がカッコイイと思っているので(THE CLASHに対する憧憬と一緒です)、残された彼らの音源を楽しみつつ、両氏の未来に向かう新しい音源にも耳を傾けましょう。暑いと思ったらもう寒い……みたいに、移り変わりやすい季節のように、時代もどんどん動いているのですから!

 


 

music「恋とマシンガン」「グルーヴ・チューブ」など全12曲収録!

SINGLES/
FLIPPER'S GUITAR

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小沢健二が客演で参加した大ヒット曲!

スチャダラパー featuring 小沢健二
今夜はブギー・バック (smooth rap)
通常音源
 

コーネリアス(小山田圭吾)の作品はハイレゾでも配信中!

 
Sensuous
通常音源 | ハイレゾ
  あなたを保つもの/まだうごく
通常音源 ハイレゾ

 

 


 
 
【日高央 プロフィール】
 
ひだか・とおる:1968年生まれ、千葉県出身。1997年BEAT CRUSADERSとして活動開始。2004年、メジャーレーベルに移籍。シングル「HIT IN THE USA」がアニメ『BECK』のオープニングテーマに起用されたことをきっかけにヒット。2010年に解散。ソロやMONOBRIGHTへの参加を経て、2012年12月にTHE STARBEMSを結成。2014年11月に2ndアルバム『Vanishing City』をリリースした。

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Vol.17 Theme : 「夏の王様、無冠の帝王

 

 暑かったと思えば寒くなったりと不安定な気候の中、今回おススメするのはレゲエ……レゲエと言えば「ボブ・マーリー」が浮かぶ読者も多いかと思いますが、基本的にこの連載は音楽そのものを好きになって貰いたくて、あの手この手でネタを選んでいるので、そんなイージーなチョイスはいたしません……ボブ・マーリーももちろん最高ですが、今回は「レゲエ」という言葉そのものの語源を生み出した偉大なグループ、トゥーツ&ザ・メイタルズを紹介します。

 南米の小国ジャマイカにて発祥し、その後、爆発的に世界に広がっていくレゲエですが、そこにたどり着くまでにまず「SKA」が流行り始めます……スカの発祥には諸説ありますが(第二次大戦後ジャマイカでラジオが普及するも、電波が悪くてジャズの2拍目と4拍目が強調されて聴こえたため等々)、北米で広く聴かれていたジャズをベースに、裏拍を強調してテンポもアップして独自のサウンドとしてジャマイカで発展したのが、まずスカ。ボブ・マーリーもピーター・トッシュらとウェイリング・ウェイラーズとして、新進気鋭のスカBANDとしてデビューしているのです。ジミー・クリフ大先生等もそうです。

 その後1960年代の半ばになると、アメリカではモータウンを筆頭とした空前のR&Bブームが巻き起こり、BPMも雰囲気もアッパーなスカから、テンポを落とし、ラブソングを中心に裏拍をゆったりと取る「ロックステディ」のブームへとジャマイカも移行します。アルトン・エリスやジャッキー・ミットゥ等々のスターを生み出し、今で言う「ラヴァーズ・ロック」の原型にもなっていきます。

 しかし上記の代表的なアーティスト達が北米に移住してしまい、次第にジャマイカ本来のアイデンティティーを希求する動きが強まると、ラスタファリ運動(本当は複雑な思想なのですが大きく説明すると、かつてスペインの植民地として統制されていた1500年代に、アフリカから多くの黒人が奴隷として移民させられたため、自分たちのアイデンティティーを求めアフリカ回帰を唱えた運動)と結びついて、よりメッセージ色の濃いレゲエへと発展していきます。

 そんな背景の中、ボブ・マーリーと同じくスカやロックステディのボーカル・グループとしてスタートしたのが、本稿の主役トゥーツ&ザ・メイタルズ。メインVo.のフレデリック・”トゥーツ”・ヒバートを中心としたトリオとして64年にデビューすると、トゥーツの伸びやかな高音で数々のヒットを連発。68年の『Sweet & Dandy』や、レゲエの語源になったと言われる『Do The Reggay』等々がお馴染みです。

 一聴して良い人オーラ全開の歌声からは想像もつきませんが、トゥーツが大麻所持で逮捕されたり、投獄中の監獄番号を歌にしたり(『54-46, That's My Number』)、なかなかパンチある行動や、当時のグダグダな契約内容などで、順風満帆な活動とはいかなかったようですが、70年代に入って『Monkey Man』(2トーンSKAの立役者THE SPECIALSのカヴァーでおなじみ)や、『Pressure Drop』(沢山カヴァーされてますが、先ごろ発売されたKen(Youkoyama)くんのアルバムでもカヴァーされてます)等の代表的なナンバーがジャマイカ圏以外でもジワジワとヒットしていきます!

 しかしそれを上回る超強力なキャラクターとサウンドを持ったレゲエ・アーティスト……そう、ボブ・マーリーが登場してしまうのです。エリック・クラプトンが『I Shot The Sheriff』をカヴァーしたことで、ボブの方が世界的な認知度を得てしまい、同じく重要な存在であったメイタルズが世界的に注目される機会は、その後あまりなかったのです……なんたる不運の天才、無冠の帝王なことか!?

 その後トゥーツことフレデリック・ヒバート以外のメンバーは入れ替わり立ち替わりしていますが、メイタルズは今でも現役バリバリで活動しています。2000年代にはレディオヘッドをレゲエでカヴァーしたり、エイミー・ワインハウスと共演したり、2012年にはグラミー賞にもノミネートされ、今でも多くのアーティストやリスナーから、多大なるリスペクトを受け続けています。酸いも甘いも噛み分けたトゥーツの優雅な歌声は、不安定な晩夏の空にもよく似合いますよ……お試しあれ!

 


 

music代表曲を網羅した編集盤!

Toots & The Maytals
Time Tough: The Anthology

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トゥーツ&ザ・メイタルズ 配信一覧はこちらから

"通"の選ぶ! moraレゲエ特集はこちらから

 


 
 
【日高央 プロフィール】
 
ひだか・とおる:1968年生まれ、千葉県出身。1997年BEAT CRUSADERSとして活動開始。2004年、メジャーレーベルに移籍。シングル「HIT IN THE USA」がアニメ『BECK』のオープニングテーマに起用されたことをきっかけにヒット。2010年に解散。ソロやMONOBRIGHTへの参加を経て、2012年12月にTHE STARBEMSを結成。2014年11月に2ndアルバム『Vanishing City』をリリースした。

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Vol.16 Theme : 「猛暑をサバイブするヒント

 

 皆さんは夏にどんな音楽を聴きますか? 落ち着いたサウンドで納涼したり、逆にウッさい音で汗かいてサッパリするとか? 色んな楽しみ方があると思いますが、俺はHIP HOPを聴く頻度が上がります! BPMが速くないから落ち着いて聴けるのもあるし、そうかと思うとアゲアゲで踊りだしたくなって良い汗かける曲もあるしで至れり尽くせり……今回はそんなHIP HOP界からレジェンドを紹介しましょう。

 杉作J太郎さんのラッパー名義「L.L. COOL J太郎」の元ネタにもなった、LL COOL J……エル・エル・クール・ジェイです。RUN DMCらと共に80年代のHIP HOP黎明期を支えた30年選手の大ベテランなラッパーですが、そもそも名前の「LL」が「Ladies Love」つまり「女性は皆クールなジェイが好き」の略称という、今考えると結構お茶目なステージ名を付けちゃう好人物!

 実際、当時は多くの女性ファンを獲得していたので、それをネタにディスられまくったりもしましたが、名前に負けない実力を持ったアーティストなのです……彼の斬新さは沢山あって、最初のヒット曲『I Can't Live Without My Radio』は、派手派手にデコレーションするのが善しとされていた80’s文化真っ只中の1985年に、ほぼリズムマシーンの音のみでストイックにラップする斬新さで大ヒット! 続くシングル『Rock The Bells』も、当時のDJ達がこぞって2枚使いしたド定番曲。CDJ全盛期の今は2枚使いする人も減ったかもですが、いわゆるクラブ文化の発展に大いに貢献しているのです。

 そしてクールJの偉業は何と言っても……HIP HOP界初のバラードを歌った(正確にはラップした)男であるという事! スウィート過ぎるHIP HOP界の大名曲『I Need Love』、今では当たり前になっているバラード・タイプのHIP HOPの先駆けであり、世界初のラップ・バラードとして歴史に刻まれています。さすが「女はみんな大好き」なクールJです!

 しかし結果「バラードばっかりライムする甘ったるいラッパー」の偏見が大きくなってしまった彼は、HIP HOP界、ひいては音楽界全体から舐められてしまうのです……クールJをディスるラッパー達も増え、タフな印象が大事なHIP HOP界では「バラードでも歌ってろや」とバカにされる存在になってしまうのです……。

 しかしそんな状況をひっくり返したのもクールJの偉業の一つ。甘ったるいラッパーと揶揄されて落ち込んでいた当時の彼に、おばあちゃんが「バカにする奴らなんかノックアウトしちゃいなさい」と励まされ、それをヒントに作り上げた『Mama Said Knock You Out』で、タフな印象も獲得し再び大ヒット! その勢いでHIP HOP界から初の「MTVアンプラグド」にまで出演しちゃうモテっぷり。しかもロビン・ウィリアムスの大ヒット映画「トイズ」出演を皮切りに、俳優としても引っ張りだこの存在に!

 更に本業の音楽も手を抜かずに、しっかり作品をリリース&ヒットさせるスキルはハンパなし! 90年代はギャングスタ的なサウンドを、2000年代はティンバランドらを招聘してクラブ寄りなサウンドも取り入れて常にシーンの最前線に身を置きつつ、映画やテレビでも存在感を放つアクターをしつつ……なんだ、やっぱりクールJは「女みんな大好き」だし、女性だけじゃなく男性からもしっかり愛されてるじゃな〜い!な八面六臂の活躍を続け現在に至ります。今じゃグラミー賞授賞式のメインホストに4年連続で指名されるというかつてない栄誉にも預かるほどの存在に……ショウビズ界を30年に渡ってサバイブし続けた彼のサウンドを聴けば、猛暑や酷暑の今夏をサバイブ出来るかもですよ!

 


 

music今回ご紹介した楽曲を網羅したベスト盤!

オール・ワールド/
L.L.クールJ グレイテスト・ヒッツ

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エル・エル・クール・ジェイ 配信一覧はこちらから

 


 
 
【日高央 プロフィール】
 
ひだか・とおる:1968年生まれ、千葉県出身。1997年BEAT CRUSADERSとして活動開始。2004年、メジャーレーベルに移籍。シングル「HIT IN THE USA」がアニメ『BECK』のオープニングテーマに起用されたことをきっかけにヒット。2010年に解散。ソロやMONOBRIGHTへの参加を経て、2012年12月にTHE STARBEMSを結成。2014年11月に2ndアルバム『Vanishing City』をリリースした。

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Vol.15 Theme : 「真夏に開けるべきは、知覚の扉か、肉体の門か

 

 本格的な夏の到来で、皆さんも日々ヒィヒィ言っていることと存じます……そんな猛暑日の中、わざわざこの重箱の隅をつつくようなコラムをお読みにいらっしゃってる皆さんのために、せめてもの納涼を……お届けするような甲斐性など、俺が持ち合わせているはずもないので、思いっきり暑苦しいのを紹介しましょう。年がら年中、革ジャン・革パン……あるいはロンTに革パン、伸ばしっぱなしの長髪……ほら、ますます暑くなってきたでしょう? 今回はザ・ドアーズをご紹介します。

 60’sマニアには避けて通れない「サイケデリック」の象徴的なBANDにして、数々の伝説やスキャンダルを生み出した世界最大のカルトBAND……ドアーズを形容する言葉は様々ありますが、初めて触れる人にとっては、これほど判りにくく、不親切なBANDもいないでしょう……なにしろVo.ジム・モリソンがたった27歳で逝去してから、間も無く45年という月日が経過しようとしていますし、1曲1曲が長い彼らの曲はラジオやテレビ乗りが悪いので、なかなかその音源を耳にする機会もないと思います。

 楽曲の長さに加えて、ブルースを基調としたサウンドのせいもあってか、ヘヴィーで取っ付きにくい印象を持たれがちだとは思いますが、なかなかどうしてドアーズは非常にPOPなBANDでもあります。MTV的な存在のない時代からミュージック・ビデオを製作するセンス(ジムとKey.レイ・マンザレクは映画学校の同級生)、ジムのちょっとオリエンタルなハンサムっぷりに加えて、ネイティブ・インディアンの動きを取り入れたLIVEパフォーマンスのセクシーさ、そして常に革ジャンか革パンを着用するというこだわりのオシャレさ……現代では当たり前のようなROCK的イディオムを、世界がビートルズに夢中になっていた時期に突然放り込んでスタンダード化させたのも、全てジム・モリソンのおかげなのです。

 インプロが多数を占める、当時としては長尺なアルバムでも、シングル曲はしっかりロマンティックに作り込まれています。最大のヒット曲「ハートに火をつけて」は、ラジオ用に4分近いオルガン・ソロをカットしたヴァージョンも用意していたし、「ハロー・アイ・ラブ・ユー」「タッチ・ミー」等々は60’sのコンパクトなPOPソングの定石を踏まえた上で、ジャズやブルース、ソウルやファンクの要素も加えた非常にハイブリッドな作品になっており、ただただ自分達のセンスを一方的に押し付けるようなエゴイスティックな作品になっているわけではありません……その証拠に? ジムが存命中に発表されたアルバム7枚(うち1枚はLIVEアルバム)は、全て全米チャートのTOP10にランクインされた程の人気っぷり。

 そして何よりドアーズの魅力は、ジム・モリソンの声。響く低音のロウ・ボイスから、高音に駆け上がる時のかすれたシャウトは、声だけでセックス・ドラッグ・ロックンロールを想起させるかのような力強さに溢れています。現代風に言うと<声フェチには堪らない>声質の持ち主なのです。その魅力を本人も知ってか知らずか、朗読の録音も残されていたり、読書家でもあるがゆえ数冊の著作を残した活字好きの彼は、自分の声によく合うセンシティブなワードを選ぶ才能にも長けていました。

 髪や髭をボウボウに伸ばしっぱなしにしたワイルドでセクシーな風貌から放たれる、優しくロマンティックな……時には鋭利な刃物のように鋭く刺さってくるセンスの言葉達……そう、ドアーズの魅力とは、アメリカンなマッチョイズム+ヨーロピアンな知性を同時に両立していたところにあるのではないでしょうか……強く逞しいアメリカと、繊細で傷付きやすいアメリカが混在する不思議……ドアーズへの入口として、どちらから入るかで180度、全く逆の印象を受けるのが、ドアーズの魅力でもあり、逆に初心者からすると入りにくい理由なのかもしれません。肉食女子も草食系男子も、この機会に是非ザ・ドアーズの魅力に触れてみて下さい。真夏のドライブのBGMにもバッチリですよ!

 


 

musicジム・モリソン参加の全6オリジナル・アルバムはハイレゾでも配信中!

 

 

ザ・ドアーズ 配信一覧はこちらから

 


 
 
【日高央 プロフィール】
 
ひだか・とおる:1968年生まれ、千葉県出身。1997年BEAT CRUSADERSとして活動開始。2004年、メジャーレーベルに移籍。シングル「HIT IN THE USA」がアニメ『BECK』のオープニングテーマに起用されたことをきっかけにヒット。2010年に解散。ソロやMONOBRIGHTへの参加を経て、2012年12月にTHE STARBEMSを結成。2014年11月に2ndアルバム『Vanishing City』をリリースした。

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Vol.14 Theme : 「転がらない石は苔だらけなのか

 

 去る7/3は奇しくも60年代を代表する二大アーティストの命日で、一人はあまりにも早過ぎたベースレスBAND、ザ・ドアーズのVo.ジム・モリソン。そしてもう一人はブライアン・ジョーンズ……ザ・ローリング・ストーンズの創設者にして名付け親です。リーダー不在のストーンズは今や世界を代表するロックンロールBANDにまで上り詰めてしまいましたが、果たして舵取りを失ったストーンズに一体何が起こったのでしょうか? 今回は誰もが知っているストーンズの、あまり知られていなかった歴史を、個人的な予測を交えて振り返ってみたいと思います。

 初期のストーンズ映像を観ると、必ず一人だけ垢抜けてて、堂々と振る舞うブライアンの姿が確認出来ます……それもそのはず、彼はミックやキースよりも社交家であり、およそ20以上の楽器を演奏出来るという超器用なミュージシャンでもありました。ドラマーのチャーリー・ワッツや、ストーンズのオリジナル・メンバーだったのに悪名高いマネージャー、アンドリュー・オールダムによってローディー兼サポート・キーボードに格下げされてしまったイアン・スチュワートといった、ストーンズ運営に関わる重要人物達をBANDに誘ったのもブライアンだし、ビートルズ以降チャラチャラしたビートBANDが雨後の筍のように頻出する中「俺達は本物のR&B(リズム&ブルース)しか演奏しない」と、バンドのコンセプトを決めたのも彼。ストーンズは結成当初からブライアンによる徹底的なイメージ戦略が成されていたのです。

 名曲「黒くぬれ!(Paint It, Black)」のシタールを皮切りに、「レディ・ジェーン(Lady Jane)」でのダルシマー、はたまた「アンダー・マイ・サム(Under My Thumb)」ではSAKEROCKを先取りするかのようにマリンバ、そして超名曲「ルビー・チューズデイ(Ruby Tuesday)」ではリコーダーと、ギターの腕前も相当な上に、数々の楽器を操ったブライアンは、社交的なライフスタイルに加えて、音楽スタイルも多彩な天才でした。

 しかし上記のヒット曲の大半はミック・ジャガーとキース・リチャーズの作品……そう、ブライアンは演奏の天才ではありましたが、作曲の天才では無かったのです。

 ここからは私見になりますが……BANDをやっているからと言って、全員がボーカルになりたいわけじゃないし、逆に超絶テクのボーカリストが曲作りに一切関与してないBANDも沢山いたりします……そう、BANDが10個あれば、目的や欲望も10通りあるでしょうし、個々のBANDメンバーの希望や展望を語らせたとしたら、事態はもっと複雑になるでしょう。おそらく、ブライアン・ジョーンズというBANDマンは、本当に純粋に<R&B>を演奏したかったのではないでしょうか。ストーンズがデビューした60年代初頭のロンドンでは、もっとピュアなR&Bが求められていたと思うのですが、ビートルズの台頭により、結果、世界的にも<POPなロックンロール>が求められるようになってしまい、そのズレが徐々にストーンズの中でのブライアンの居場所を無くしていってしまったのではないか……と考えるわけです。

 その証拠に、ブライアンの死後に発表されたソロ・アルバム『ジャジューカ』は、モロッコ周辺の民族音楽をフィールド・レコーディングし、後にスタジオにて編集・アレンジを加えた作品で、本人は一切演奏していないのですが、生来のR&B指向が行き過ぎて、よりピュアなブラック・ミュージックを求めた結果なのではないか、とも思うのです。ブラック・フィーリングを突き詰めるあまり、アフリカ音楽に回帰していく……という発想は、ミュージシャンとしてはとても理解出来ますし、何よりブライアンが愛してやまなかったドラッグとの相性も抜群だったのでしょう。

 ストーンズがヒットを飛ばし続け、大きなBANDになればなるほどドラッグに耽溺し、リハやレコーディングをすっぽかすようになってしまった彼は、1969年の6月、自ら作ったザ・ローリング・ストーンズからクビを宣告されたのです。その約一ヶ月後、ブライアンは自宅のプールで溺死体となって発見されます……自殺、他殺、諸説ありますが真相はもはや闇の中です。ブライアンの音楽的指向も同時に闇の中ですが、もし彼が生きていたならどんな作品をクリエイトしていたのでしょう……早過ぎたサンプリング感覚のアルバムを作ってしまった天才ミュージシャンですから、ゼッドやスティーヴ・アオキもビックリのEDMを創り出していたかもしれませんね。

 


 

musicブライアン・ジョーンズ在籍時に発表されたストーンズの初期作をハイレゾで!

 

ローリング・ストーンズ 配信一覧はこちらから

 


 
 
【日高央 プロフィール】
 
ひだか・とおる:1968年生まれ、千葉県出身。1997年BEAT CRUSADERSとして活動開始。2004年、メジャーレーベルに移籍。シングル「HIT IN THE USA」がアニメ『BECK』のオープニングテーマに起用されたことをきっかけにヒット。2010年に解散。ソロやMONOBRIGHTへの参加を経て、2012年12月にTHE STARBEMSを結成。2014年11月に2ndアルバム『Vanishing City』をリリースした。
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