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津田直士プロデュース作品『Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~』に収録の名曲たちをご紹介しています。

 

File08. 「アヴェ・マリア」(作曲:シューベルト)

 

 

 pc_btn_play.pngマークをクリックすることで動画の該当部分に飛びます。
(津田氏が実際にピアノを弾きながら解説しています)

 

今回はフランツ・シューベルトが生んだ名曲 「アヴェ・マリア」をご紹介します。

この曲は歌曲集『湖上の美人』の6曲目、「エレンの歌 第3番」です。
1825年に生まれた曲ですから、31才という若さで1828年に亡くなったシューベルトにとっては晩年の作品ということになります。

シューベルトは600ほどの歌曲を生んだので、「歌曲の王」と呼ばれています。
歌曲以外では25才の時に作曲した「未完成交響曲」が有名ですが、他にも管弦楽曲や室内楽曲、ピアノ曲などを生んでいます。
そういった歌曲以外の作品を含めると、31才で亡くなるまでに1000曲以上の作品を生んだわけですから、圧倒的な作曲の才能を持っていたんですね。

それでは早速、名曲としての魅力を確認していきましょう。
(※以降、移動ドで音階を表します)

通奏低音と分散和音による美しいイントロから始まります。
《コード進行は D D7 G/D Gdim/D D》

ここpc_btn_play.pngでは(0:19)、Gdimという和音が何ともいえない感じを醸し出しています。

この和音は、
明るい感じのする和音:メジャーコード でもなく、
暗い感じのする和音:マイナーコード でもない、
『独特の感じ』を伝えてくれる和音です。
減三和音といって、短3度の音だけで構成された特殊な和音です。
しかも低音が半音でぶつかる感じで流れているので、さらに独特な感じがするのです。
後日ご紹介する、ショパンの「夜想曲」の2つ目のコードも、全くこれと同じ響きです。

さて、次に大切なテーマメロディーがスタートします。
「ドーーーシド」の「ド」が長く続きます。
「シド」を支える和音が心を少し揺らします。
《コード進行は D Bm6》
そう、「シド」を支えて心を少し揺らす和音が、Bm6です。pc_btn_play.png(0:29)

6という数字が表している『G♯』の音が、微妙に心を揺らすのです。
この和音に『G♯』の音が含まれていなかったら、この曲は成り立ちません。

今回、和音のことを説明することが多いのは、このようにこの曲が和音の使い方について卓越したものがあるからです。

我々ポップスの世界でも和音の使い方については色々工夫がなされていますが、クラシック音楽を、当時まだなかったジャズ的なアプローチの『コード進行』で分析すると、とてつもなく優れたコード進行に支えられている曲がたくさんあることに気づかされます。

さて、続けて見てみましょう。

「ミーーー」がまた長く続きます。
《D/A A》と澄みきった和音が支えます。

その後、メロディーが「レド」と下がると暗めの和音に包まれます。
コードはBm、つまりマイナーコードです。
このように『明るい感じ』と『暗い感じ』を巧みに取り混ぜて心を揺らしてくれるのが、クラシック音楽の魅力のひとつですね。

続いて「レーーミレドシラシ」と聖なる感じのメロディーから「ドーーー」と収まる。ここまではとても落ち着いた世界です。
ところが、この辺りpc_btn_play.pngから(0:49)、メロディーと和音がとても「切ない」感じの表情に変化します。

その理由は『一時的な転調感』にあります。
(厳密に言えば、耳が転調していると感じる状態。楽譜上に転調の表記はない)
D(Bm)のキーが5度上のA(F♯m)のキーに変わっているのです。メロディーが切なく美しく高まるのに合わせて、和音も一時的な転調感すら駆使して切なさを伝えてくれます。
《コード進行は D+5 D6 C♯sus4 C♯》

でもここpc_btn_play.png(1:00)でまた元のキーに戻ります。キーへ下がり、先ほどよりも悲しみが増えた感じを、少し低めのメロディーと和音が伝えてくれます。

そして短調のメイン和音「Bm」に落ち着くことで、より暗めの表情になります。
《コード進行は F♯dim F♯ Bm Bm6》
そしてまたキーはAへ転調。pc_btn_play.png (1:10)今回は転調感によって明るい表情へ変わります。

そして転調後のAのキーでもさらに5度上の「転調的なメロディーと和音」によって、光の差すような明るい表情になります。
《コード進行は A/C♯ B7/F♯A/E E7 A 》

ここpc_btn_play.png(1:23)でさりげなくキーがDに戻ります。

「レーレ レード♯ レーミ」とド♯が印象的なメロディーが展開して、「レーミドー …」と完全にキーはDに戻り、落ち着きます。ただし低音はAが続きます。(通奏低音)
《コード進行は A D/A 》

続けて低音がAで持続する感じが変化して、暗めの和音に落ち着きます。pc_btn_play.png(1:37)
《コード進行は A Bm Bm6 》

明るい感じから切ない感じに変わって「ソーファーー」と、高いメロディーを暗めの和音が支えます。pc_btn_play.png(1:47)
《コード進行は A F♯ Em 》

そしてここから、繊細な優しさから、泣きそうな感じに、でも最後は守られるような暖かい感じに包まれる、といった表情が鮮やかに音で表現されます。
《コード進行は G△7 G♯dim A 》

最後に、冒頭に登場した大切なテーマが歌われて、pc_btn_play.png(2:02)
イントロと同じ美しい分散和音と共に曲は終わりを告げます。pc_btn_play.png(2:11)

いかがでしょうか。
この「アヴェ・マリア」は、ある意味とてもシンプルなメロディーの曲かも知れません。

しかしたとえメロディーがシンプルでも、作者の心の震えがメロディーと和音できちんと表現されていると、それだけ聴く人の心を打ち、名曲として残っていくんですね。

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル "Onebitious Records" 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

試聴・購入はこちら

 


 

【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、'85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。

FB(Fan Page) : https://www.facebook.com/tsudanaoshi
Twitter : @tsudanaoshi
ニコニコチャンネル:http://ch.nicovideo.jp/tsudanaoshi

 

バックナンバーはこちら

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今年初めより、「読む音楽」をコンセプトに様々なインタビュー・連載を掲載してきた「mora readings」。その始まりの一年間を締めくくるべく、連載陣からジャンルレスに「2015年マイベスト3」を選んでいただきました。「2015年、これが心を打った!」と思うものを(時には音楽にかぎらず)大いに語っていただいております。ぜひご一読ください。

 

>>スタッフ編はこちら

 


 

松尾潔(音楽プロデューサー)

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「2015 音楽の本ベスト3」

1. 『音楽談義』
[著]保坂和志・湯浅学

2. 『ミシェル・ルグラン自伝』
[著]ミシェル・ルグラン [共著]ステファン・ルルージュ[訳]髙橋明子[監修]濱田髙志

3. 『日本歌謡ポップス史 最後の証言』
[編著]中山久民

 

3冊には順位はつけられません。買った順、読んだ順です。ここでは『音楽談義』についてお話しさせていただきますね。

2014年の暮れ、オープンしたばかりの紀伊國屋書店の西武渋谷店を冷やかしで覗いたのですが、そのとき新刊コーナーで目について購入したのが『音楽談義』。とはいえ年明けに読んだので2015年の本とした次第。

1956年生まれの小説家・保坂和志さんと、1957年生まれの音楽評論家・湯浅学さんの対談集です。1968年生まれのぼくは、洋楽好きで理屈っぽいイトコの兄さんたちの気のおけない会話を横で聞いているような、そんな親しみを感じながら読み進めました。

湯浅学さんとは、ぼくがまだ学生ライターだった90年代初頭に何度か呑んだ記憶があります。『bmr(ブラック・ミュージック・リヴュー)』誌のライター新年会で一緒に鍋をつついたっけ。音楽にかぎらず博覧強記の御仁ですが、なによりも彼の文体にはシビれっぱなしでした。ぼくくらいの世代のサブカルチャーの書き手で、彼の影響を受けている人は結構多いと思いますよ。根本敬さんたちとの「幻の名盤解放同盟」での活動も印象深いですね。近年お書きになった小説も読んでいますが、湯浅節としか呼べないグルーブを感じます。

いっぽう、不勉強ながら保坂和志さんの小説はほとんど読んだことがないのです。ただ彼のエッセイにはいくつか触れていて、ある時期の洋楽ロックに精通されていることは知っていました。

この本は音楽談義と銘打ってはいるものの、かつて若者と呼ばれたオトナふたりの青春回想記のような側面もありますね。もちろん文学についての言及もあって読みどころは多いですが、ぼくに刺さったパンチラインとして以下引用しましょう。

保坂:なぜAKBのファンはあんなにでかい顔をしているのよ? ファンというより評論家とか社会学者とか、AKBが好きだとでかい顔でいうじゃない?
湯浅:メインなカルチャーだからじゃない? それは昔から変わらない。

湯浅さんの言葉はいつの時代でも秀逸なアフォリズムたり得ることを痛感。

 

【プロフィール】

1968 年生まれ。福岡県出身。
音楽プロデューサー/作詞家/作曲家

早稲田大学在学中にR&B/HIPHOPを主な対象として執筆を開始。アメリカやイギリスでの豊富な現地取材をベースとした評論活動、多数のラジオ・TV出演を重ね、若くしてその存在を認められる。久保田利伸との交流をきっかけに90年代半ばから音楽制作に携わり、SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。その後プロデュースした平井堅、CHEMISTRYにミリオンセラーをもたらして彼らをスターダムに押し上げた。また東方神起、Kといった韓国人アーティストの日本デビューに関わり、K-POP市場拡大の原動力となる。

その他、プロデューサー、ソングライターとしてEXILE、JUJU、由紀さおり、三代目J Soul Brothersなど数多くのアーティストの楽曲制作に携わる。シングルおよび収録アルバムの累計セールス枚数は3000万枚を超す。 2008年、EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲・プロデュース)で第50回日本レコード大賞「大賞」を、2011年、JUJU「この夜を止めてよ」(作詞・プロデュース)で第53回日本レコード大賞「優秀作品賞」を受賞。 NHK-FM の人気番組『松尾潔のメロウな夜』は放送6年目をかぞえる。

近著に『松尾潔のメロウな日々』『松尾潔のメロウな季節』(スペースシャワーブックス)。

 


 

牧野良幸(イラストレーター)

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「2015年ハイレゾベスト3」

1位 J.S. Bach: Das Wohltemperierte Clavier
アンドラーシュ・シフ

自分の中ではグールドと並ぶバッハの本命、シフのECM録音 『平均率クラヴィーア曲集 第1巻&第2巻』がハイレゾでリリースは嬉しかった。ずっと聴いていられる。ほかに『パルティータ」『ゴールドベルグ変奏曲』も出た。

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2位 The 70's Collection
トッド・ラングレン

マニアックだからハイレゾでは出ないと思っていた、トッド・ラングレンの70年代のアルバムが一挙にハイレゾ化された。『Something/Anything?』は、部屋のステレオ・システムではなく、ハイレゾ・ウォークマンでヘッドフォンで聴くのが好み。

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3位 Tug Of War
ポール・マッカートニー

今年はやっぱりポールかな。前半は来日して武道館公演、後半はこのアルバムのニュー・ミックス版がハイレゾで出た。前からいいアルバムとは思っていたけど、ハイレゾで聴くと、まるで今年発表になった新作のように好きになれた。

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【プロフィール】

1958年 愛知県岡崎市生まれ。1980関西大学社会学部卒業。 大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。

 


 

日高央(ミュージシャン/音楽プロデューサー)

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「ザ・スターベムズ的LIVEベスト3」

① 6/19(金) Day Believe Dreamer Vol.1
渋谷eggman 初の自主企画+Ba.の潤が正式メンバーになって演奏やバンド感が一気にタイトになった嬉しい一夜。いつも呼んで貰ってばかりだったHawaiian6を呼べたのも嬉しかった。

② 11/14(土)〜11/15(日) CLICK OR TREAT 2015
下北沢Shelter2デイズ 無料配信+会場限定シングルのレコ発ということに加え、ファイナルにKEMURIを呼んだり、初のワンマンをしたりと、初物尽くしで全部が印象深いツアー。いくつになっても初挑戦は良い。やんないでガタガタ言うより全然良い。

③ 12/22(火) Day Believe Dreamer Vol.2 新宿redcloth
Gt.西くんのホームに初参戦ってことと、年に自主企画を2本も打つのも初の試みで印象深し。朋友のFrontier BackyardとASPARAGUSも大盛り上がりで、その余波でウチもモッシュ・ダイブの嵐。理想的なLIVEに近付けた夜。このノリを全国に持ってくのが2016年の抱負。よろしく。

 

【プロフィール】

1968年生まれ、千葉県出身。1997年BEAT CRUSADERSとして活動開始。2004年、メジャーレーベルに移籍。シングル「HIT IN THE USA」がアニメ『BECK』のオープニングテーマに起用されたことをきっかけにヒット。2010年に解散。ソロやMONOBRIGHTへの参加を経て、2012年12月にTHE STARBEMSを結成。2014年11月に2ndアルバム『Vanishing City』をリリースした。

 


 

佐藤純之介(音楽制作プロデューサー)

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「2015年 アニメベスト3」

1. おそ松さん

2. 終物語

3. 食戟のソーマ

アニメ音楽の制作プロデューサーという職業柄、自分が携わっていなくとも、 放送中のアニメには大抵目を通しておりますが、その中でも特に印象に残ったのがこの3作品。1位の『おそ松さん』ではED主題歌、3位の『食戟のソーマ』では劇伴のお手伝いさせていただいておりますが、 その事を除いて1視聴者として毎週放送を特に楽しみにしていたのがこの3つのアニメです。

 

1. おそ松さん
第1話冒頭からマシンガンの様に乱射される圧倒的なギャグとパロディの応酬に30分がわずか5分程に感じてしまう程の衝撃を受けた。原作『おそ松くん』では没個性化することで物語を綴っていた六つ子達は21世紀に強烈な個性を得て暴れる様は 爽快感すら感じ、矛盾の数々も「これでいいのだ」の精神でフラグ回収してしまう強引さに脱帽。今の時代に必要なのは「失敗を恐れない強引さ」なのかもしれない。

2. 終物語
化物語から続くシリーズの続編。主人公阿良々木暦(CV.神谷浩史)による明快且つ早口で複雑な用語を含んだ文学的なセリフ回しは一言も聞き漏らさないでいようとするユーザーを無意識のうちにどっぷりと物語の世界観に引き込んでしまう。未来派やロシア構成主義、コラージュを意識したような特殊なアニメ演出、魅力的でエロティシズムに溢れる女性キャラクター達に翻弄される主人公の描写……。これはアニメというよりは、耽美なアート作品ではないだろうか。作品の続きが早く知りたい。来年公開の劇場版作品が非常に楽しみである。

3. 食戟のソーマ
原作漫画に忠実に物語が進行している、つまり”ネタバレ"している状況にも関わらず、人物描写や演出のおかげで毎週ワクワクしながら見ることが出来た。コミックスで読んだ時の印象のまま生き生きと表現されているし、何より主人公たちが作る料理が非常に美味しそうに見える、非常に優秀な「飯テロ」アニメであった。連載している週間少年ジャンプのテーマである「友情」「努力」「勝利」を忠実に演出、手に汗握る展開が多く、大人でも楽しめた。是非2クール目を作って欲しい作品。

 

佐藤さんが制作に携わった『おそ松さん』ED主題歌

SIX SAME FACES ~今夜は最高!!!!!!~

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今年初めより、「読む音楽」をコンセプトに様々なインタビュー・連載を掲載してきた「mora readings」。その始まりの一年間を締めくくるべく、スタッフサイドも「2015年マイベスト3」を選ばせていただきました。有数の目利きである評論家、バイヤー、ライターの方々もゲストにお迎えし、「2015年、これが心を打った!」と思うものを一挙紹介。ぜひご一読ください。

 

>>連載陣編はこちら

 


 

天辰保文(音楽評論家)

mora readingsでのお仕事:エルヴィス・コステロのハイレゾ作品レビュー

 

「ステレオタイプというか、誰もが考えるような大人ばかりじゃないから、世の中は楽しいのだと、思わせてくれるBest3」

 

『ビフォア・ディス・ワールド/ジェイムス・テイラー』(ユニバーサル)
子供の心を何処かに持つ大人たちに。この人とのインタビューが、ぼくにとっての2015年の最大の出来事だった。その前日、遠足を控えた小学生のように寝られなかった。

(購入はこちらから)

 

『ブルーノート・カフェ/ニール・ヤング』(ワーナー)
87年から88年にかけてのライヴをアーカイヴ・シリーズで。こんなにも強烈なロックをいまごろ、それも何かのついでのように出してくるんだもの、この人ったら。

(購入はこちらから)

 

『オウ・マイ・グッドネス/ドニー・フリッツ』(ディスク・ユニオン)
こういう友人が、一人でも持てたら、もう満足の人生だなあと、思ったりもする。呟くような素朴な歌声に、ただただ、泣ける。
※配信なし

 

【プロフィール】

1949年、福岡県生まれ。音楽評論家。音楽雑誌の編集を経て1976年独立、それ以降、新聞や雑誌を通じてロックを中心とする評論活動を行っている。レコードやCDのライナーノートも多数手掛ける。著書に「ロックの歴史~スーパースターの時代」、「ゴールドラッシュのあとで」、「音が聞こえる」等がある。

 

 


 

北中正和(音楽評論家)

mora readingsでのお仕事:ボブ・ディランのハイレゾ作品レビュー

 

「激動の世界の静かな出会いのベスト3」

 

谷川俊太郎+谷川賢作『家族の肖像』
2015年は谷川ソングにはまった年でした。もう10年以上前に発表されたアルバムですが、いまだに古びない輝きとせつなさいっぱいの名作です。
※配信なし

Bassekou Kouyate & Ngoni Ba 『Ba Power』
2015年のワールド・ミュージックで最も話題になったマリ共和国の弦楽器ンゴニ奏者バセク・クヤーテのグループの最新アルバム。ロックとも親和性があります。
※配信なし

映画『禁じられた歌声』
マリ共和国北部で数年前に起こった過激派の占拠をテーマにした映画です。暴力的な描写に走らないで、寛容の大切さを淡々と描いているところに共感しました。

 

【プロフィール】

音楽評論家。東京音楽大学非常勤講師。DJ。新聞、雑誌、放送、ネットなどで日本を含む世界各地の音楽を研究、紹介している。最近インタビューして印象に残ったのは、ジェイムス・テイラーと谷川俊太郎。近年はウェブマガジン『ERIS』で日本の古代の音楽に研究にも取り組んでいる。著書『ロック』『にほんのうた』『毎日ワールドミュージック』他、編著書に『世界は音楽でできている』『細野晴臣 エンドレス・トーキング』『事典 世界音楽の本』他多数。

公式サイト『wabisabiland』: http://homepage3.nifty.com/~wabisabiland/

 

 


 

ふくりゅう(音楽コンシェルジュ)

mora readingsでのお仕事:BOØWYのディレクター(当時)・子安次郎さんへのインタビューなど

 

えっと、今年は劇場型スタイルによるご飯屋エンタテインメントにハマった1年でした。食のエンタメ=美味しさは当たり前であって、コンセプト設定、料理を出すバランス&タイミング、トークによる絶妙なおもてなしがライブやコンサートと肩を並べるカタルシスがあるなと気がつかされたのでした。肉マイスター田辺晋太郎氏とご一緒したお店がほとんどですが、予約の取れないお店として有名な吉祥寺 肉料理=肉山、市ヶ谷に店舗を移された最強の焼肉屋=炭火焼肉なかはら、美味しさはもちろん歯に衣着せぬ接客もツボな東十条のやきとん=埼玉屋は殿堂入りとして、今年インパクトを受けた劇場型のご飯屋さんをジャンルを超えてセレクトさせていただきました。

 

1. 81【広尾/レストラン】
通常レストランでは使わない御影石をテーブルに起用し、店内は黒で統一。生と死をテーマに、分子ガストロノミー料理が強烈な印象を与えてくれた劇場型レストラン。厨房はステージであり、12名限定のコの字カウンターはアリーナ最前席。名物な逸品“カルボナーラの再構築”など、良質な素材による驚きの創造と破壊表現はまさにアート。料理に合わせてお酒のペアリングはもちろん、専属DJがセレクトする店内BGMにも感動しました。 http://tabelog.com/tokyo/A1307/A130703/13186404/

2. かぶと【池袋/うなぎ】
おまかせコースで天然物と養殖の食べ比べに舌鼓。天然物は何度か通わなければ頂けないという代物だが格別な逸品。串焼き、白焼き、蒲焼きを蒸すのではなく焼きで、オススメな日本酒を頂きながら味わう至福のひととき。ひとくせもふたくせもある店主から「この味がわからなかったら死んじまいな!」と罵倒されながら会話を楽しむのも一興。まだ動いている鰻の心臓をお酒で流し込んだり、大豆の香りがしっかり伝わる豆腐も美味でした。 http://tabelog.com/tokyo/A1305/A130501/13016660/

3. きになるき【渋谷/和食】
店内では常にライブ映像が流れ、常連に愛されているお店。カウンター10席な小料理屋。高級感はないが、店主が築地から毎朝仕入れる素材の良さに定評があり、日々工夫した料理を楽しませてくれる。レアな焼酎とあわせて、甘いしょうゆで頂くまぐろの刺身が高級店の寿司屋なみに絶品。なのにリーズナブル。おすすめのコース料理&呑み放題が5000円。これも気配りがあってトーク上手な大将がひとりでやられている努力のたまものですね。 http://tabelog.com/tokyo/A1303/A130301/13168864/

 

【プロフィール】

東京都出身。Yahoo!ニュース、J-WAVE、ミュージックマガジンなどで活躍中。著書は『ソーシャルネットワーク革命がみるみるわかる本』(ダイヤモンド社) Twitterアカウント: @fukuryu_76

 

 


 

金田謙太郎(ヴィレッジヴァンガード、インフォガレージその他)

mora readingsでのお仕事:ウェディングソング特集のセレクトとエッセイの寄稿

 

「なんでもベスト3」
悩みに悩んで悩みすぎたので、ジャンル分けや縛りを諦めて、頭に浮かんだ順で、今年グッと来たものベスト3です。

 

(映画) 『マッドマックス 怒りのデスロード』
「映画とは写真が動いたもの。テレビとはラジオに絵がついたもの」とは名著『歩くような速さで』での是枝裕和監督の言葉ですが、「活動写真」であろうとする事、映画の快楽のコアを徹底的に真摯に突き詰めたらこれほどの傑作になるとは!という驚きと喜びを与えてくれた事にただただ感謝して映画館に通うこと25回。原典にあたったり原点に立ち返るには情報が溢れに溢れていてアップアップしている僕のようなライトな映画ファンにとってはこれこそが「原典」と言い切りたくなってしまいます。が、これを期にちゃんと原典にあたります……。『メイキング・オブ・マッドマックス 怒りのデス・ロード』も併せて。

 

(ゲーム) 『UNDERTALE』
「In this RPG, you don’t have to kill anyone.」の謳い文句は伊達じゃない。「敵を倒して自らが成長してゲームを進める」というRPGのルールを更新するべく、特に一部の90年代日本産RPGによる果敢なトライ&エラーがもたらした素晴らしき成果のひとつ(制作者は日本のRPGのファンであることを公言している)。すべての敵を許す事(和解する事)も、あるいは全ての敵を殲滅することも出来、どちらにも相応のリスクとリターンがあるというシビアさがありつつも可愛らしくファンタスティックなルック。厨二に淫さない節度ある世界観も好み。BGMも素晴らしい。ここ数年、海外のインディーズゲームはとてもおもしろい。

 

(書籍)『ROOKIE YEARBOOK ONE』
ことポップカルチャーにおいては、いつだって若い方が正しい。これは絶対のルール。今年のベストブックである素晴らしい素晴らしい『ヤング・アダルトU.S.A.(長谷川町蔵・山崎まどか著)』にて紹介された、無数の素晴らしくてナイスチョイスなあれこれの中でも飛び抜けてツボを付かれた1冊。この本においては中年は余計な事を書いてはいけない気がする。編集長のタヴィ・ケヴィンソンと10代の少女たちによるこの本のコラージュ、写真、インタビュー、対談、要はこの本を構成する何もかにもに静かに驚嘆静かに通読が正しいと思うのです。

 

【プロフィール】

ヴィレッジヴァンガード下北沢店およびインフォガレージのスタッフとして、音楽カルチャー全般の企画・販促等を行う。バイヤーとしてはSotte Bosseや→Pia-no-jaC←の作品をヒットさせ、コンピレーションアルバム「DISNEY ROCKS!」シリーズのプロデュースや、スクウェア・エニックスによるゲームミュージックのアレンジコンピレーションアルバム「SQ」シリーズの協力も手がける。

 

 


 

一志順夫(mora readings)

 

「BEST ALBUM」
セルソ・フォンセカ『LIKE NICE』

(購入はこちらから)

ブラジルのSSW4年ぶりの新作。名盤『スローモーション・ボサノバ』と比べると地味ではありますが、滋味溢れる歌とサウンドを聴くと恰も鄙びた温泉での湯治気分に浸れました。

 

「BEST MOVIE」
○『海街diary』

『海街diary』サウンドトラック
通常ハイレゾ

「映画は女優で観る」派なので、4人の豪華女優陣競演は贅沢三昧、是枝監督の現代版「細雪」といっても過言でない抑制された演出に平伏。

 

「BEST LIVE」
ディアンジェロ IN ZEPP TOKYO 2015/8/18

(最新アルバム『Black Messiah』 購入はこちらから)

JB~EW&F~プリンスといったブラックエンターテイナーの伝統芸と真髄を余すところなく体現した怒涛のパフォーマンスにただただ圧倒。3月の再来日も楽しみです。

 


 

長谷弘一(mora readings)

 

「今年時間を費やした音楽ではないベスト3」

① 金曜ドラマ『ウロボロス~この愛こそ、正義。』 TBSテレビ
② 『集団的自衛権と安全保障』(豊下楢彦・古関彰一) 岩波書店刊
③ FIFAクラブワールドカップJAPAN 2015 FCバルセロナ

 

①については、今年もドラマ多数観ましたが、個人的には“のだめ”ではない、ダークな上野樹里が好きで、『アリスの棘』も良かったのですが今年度はこのドラマにはまりました。まだ最終回のHDを削除できてません。意外に小栗くんも好きなんですよね(笑)

②については、安部政権とんでもないという昨今、集団的自衛権がいかに憲法を曲げようとしているか、安部総理がいかに嘘をついているかを、極めてわかりやすく解説した新書です。数回読みました。若い方に読んで頂きたいです。

③最近のネタですが、ナマのバルセロナは言葉にできない凄さでした。メッシのプレイは人間業とは思えませんが、このクラブは明らかにスペイン代表より強いと思います。異次元のフットボールを実現しています。個人のスキルと組織力に感服した次第です。

 

ドラマ『ウロボロス~この愛こそ、正義。』オリジナル・サウンドトラック
通常ハイレゾ

 


 

安場晴生(mora readings)

 

「2015これを見るまでは死ねなかったベスト3」

1.熱海殺人事件@紀伊国屋ホール
2.スター・ウォーズ/フォースの覚醒
3.聖飢魔Ⅱ@氣志團万博2015

 

つかこうへい事務所は1982年「蒲田行進曲」をもって解散。大学に入学した1983年当時、大阪芸術大学は、いのうえひでのりさんの劇団☆新感線、京都大学は辰巳琢郎さんのそとばこまち、同志社大学はマキノノゾミさん、岡村俊一さんの第三劇場。こぞってつか芝居をカバーしていました。そして生瀬勝久、渡辺いっけい、筧利夫、キムラ緑子、古田新太といった大学生スターがつか芝居で跳梁跋扈していました。関西学生演劇の「熱海殺人事件」は何ヴァージョンもみていてDNAとして刷り込まれていますが、本物を見るのは初めてです(一応、阿部寛ヴァージョンは亜流としておきます)。

2015年紀伊国屋ホール。66歳風間杜夫さんと62歳平田満さんのいのうえひでのりさん演出「熱海殺人事件」。「間だの芸だのいらない。芝居はF1レース。0.01秒間違えると死ぬという真剣勝負を観に、客は来る。金を払って車庫入れを観に来る客はいない」というつかさんの言葉を裏切らない、圧倒的な熱海殺人事件でした。

 

STARWARS EP7は、あのテ―マとタイトルバックだけで感涙。

 

聖飢魔Ⅱは閣下が棺桶から登場した瞬間に感涙。前が見えないww ほんま生きててよかったです。

 

スター・ウォーズ/フォースの覚醒 オリジナル・サウンドトラック
通常ハイレゾ

 

ベストアルバム『XXX -THE ULTIMATE WORST-』
購入はこちらから

 

 

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 前回に引き続き、新田和長さんにオフコースのお話を伺った。そして今回は、二人から五人へと、グループが発展を遂げた時代のことを。しかしこれは、単に人数が増えた、ということに留まらず、自らのセルフ・プロデュースで音楽を届けていこうという、そんな宣言でもあったのだ。オフコース・カンパニーを設立し、レコーディングもライヴ活動も、より“自前”でまかない、より積極的に展開していくこととなる。五人がスタジオで頭をつきあわせて生み出したサウンドゆえ、それはそのまま、ステージでも響かすことが出来た。つまり彼らは人数が増えたことで、“等身大”にもなれたのだ。そして長い間蓄積してきたものが、「さよなら」の大ヒットで一気にブレイクを果たし、前人未踏の武道館10日間公演を大成功させる。しかし、これまでで最高のバンドの結束を感じさせたアルバム『We are』のあとに待ち受けていたのは、解散をイメージさせる『Over』と題されたアルバムだったのだった……。

(インタビュー&テキスト:小貫信昭)

 


 

【プロフィール】

新田和長(にった・かずなが)

早稲田大学在学中の1967年、「ザ・リガニーズ」を結成し「海は恋してる」などを発表。
1969年 東芝音楽工業株式会社(現EMIミュージック・ジャパン)に入社。プロデューサーとして、赤い鳥、オフコース、トワ・エ・モワ、RCサクセション、はしだのりひことクライマックス、加藤和彦、北山修、サディスティック・ミカ・バンド、チューリップ、甲斐バンド、長渕剛、かまやつひろし、加山雄三、寺尾聰、稲垣潤一など数々のアーティストを担当。
1984年 株式会社ファンハウスを設立し、代表取締役社長に就任。オフコース、稲垣潤一、舘ひろし、小林明子、岡村孝子、小田和正、永井真理子、辛島美登里、シングライクトーキング、S.E.N.S.、大事MANブラザーズバンド、ACCESS、斉藤和義、THE YELLOW MONKEYなどを輩出。
1998年 株式会社BMGジャパン取締役、RCAアリオラジャパン社長兼務。
1999年 株式会社BMGファンハウス代表取締役副社長。
2001年 株式会社ドリーミュージックを設立、代表取締役社長兼CEO就任。
2013年 株式会社新田事務所代表取締役社長、現在に至る。
これまでに日本レコード協会理事、同副会長、音楽産業・文化振興財団理事などを歴任。

 


 

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インタビューの様子。(イラスト:牧野良幸)

 

――小田さんと鈴木さんのオフコースに、やがてギターの松尾一彦さん、ベースの清水仁さん、ドラムの大間仁世さんが加わり、5人体制となるわけですが……。

新田 1973年に吉田拓郎から「ビートルズを正確にコピーして演奏するバッドボーイズというバンドがいる。アルバムを制作しデビューさせないか?」という話しをもらいました。そのバッドボーイズのベーシストが清水仁君です。一方、武藤君が担当していた「ジャネット」には松尾君と大間君がいた。武藤君はこの3人をオフコースのメンバーに加えようと考え、流れをつくっていった。バックバンドではなくメンバーとして固めて行ったことが大きなポイントです。確かにオフコースの音は、すでにバンド的にはなっていました。(前編で聴いてみた)「眠れぬ夜」にしても、あれはまだ二人だけの時代だけど、その方向を打ち出してます。

――新田さんは「バッドボーイズ」にも関わりがあったわけですね。で、オーディションしたとか、そういうことではなく、この5人の“バンド”になった、と……。

新田 でもオフコースの音は、すでにバンドっぽくなってはいたんですよね。(前編で聴いてみた)「眠れぬ夜」にしても、あれはまだ二人だけの時代だけど、その方向を打ち出し始めてますしね。

――アルバムでいうと『JUNKTION』『FAIRWAY』のあたりで5人が揃いますね。その頃の代表的な作品を聴いてみましょう。「秋の気配」。

♪「秋の気配」(1977年)pc_btn_play.png

――この曲はファン投票でつねに上位にくる、ということでも知られる人気曲ですけど、想い出などございましたら、ぜひ。

新田 元々、彼等はアコギ2本,或は、アコギと生ピアノという編成であったために見た目からもフォークとカテゴライズされていました。しかし、他の日本の叙情派フォークとまったく違うのは、バート・バカラック、ジム・ウエッブのメロディーやコード感、或は、ポール・ウイリアムスの詞などにも強い影響を受けた正統派ポップスグループでした。74年に発売された2枚目のアルバム『この道をゆけば』ではかなりの曲がスタジオミュージシャンによる演奏に戻ってしまい悲観するようなこともあったと思いますが、そういう時間を経て、「秋の気配」は小田君とヤスさんの目指す音楽が形になった頃のすごい作品だと思います。アレンジも演奏も録音もすごい。ビートの取り方が16ビートで当時ではごくごく稀でした.16ビートで記憶にあるのはユーミンの「あの日に帰りたい」とか「中央フリーウェイ」くらい少なかった。小田君もヤスさんも大事にしていたビート感を高める為に大間ジロー君、松尾和彦君、そして、清水仁君を迎える。「秋の気配」は5人が揃った歴史的な作品なのだと思います。ドラムやパーカッションの演奏や音も驚きでした。清水仁君のあんな知的なベースにも驚いたものです。バッドボーイズの時はビートルズというお手本があった。今度は何も無いところから作り上げるのですから勝手が違ったと思います。仁君は慣れるまでの間、録音に時間がかかることもありましたが、大間君と松尾君の優しさ、忍耐力が助けたし、小田君にとっても仁君の不良性、正直さ、笑顔は救いだったのだと思います。で、その直後ではないけど、『Three and Two』というアルバムが出来上がるんです。本来なら長いこと苦労してきたんだし、“Two and Three”でいいところだけど、新しい三人を敢えてジャケットの“表1”にした。

――あれは画期的、いや、衝撃的でもありました。オフコースは小田さんと鈴木さんだと思ってた人達は、失礼ながら、「こ、この人達、誰?」、みたいな(笑)。

新田 しかも小田君の偉いところは、「五等分でやっていこう」って、みんなに言ったことです。こういう話しを私が披露していいものかどうかいくらか躊躇しますが……一例が給料の額です。いつから3人が正式にメンバーとなったかは分かりませんが、『Three and Two』の頃だとすれば1979年、『FAIRWAY』の頃と考えれば1978年です。オフコースが正式に何時から始まったかについてもいろいろな考え方がありますが、1969年には間違いなくレコードデビューをしています。芸能界の時代に音楽界を目指して、当時の人達とは似て非なる音楽を目指した訳ですから大変な苦労をしています。僕の力不足もあったし……。どう考えても小田君とヤスさんは新しく加わった3人よりかれこれ10年くらい先にデビューし困難な道を切り開いて来ました。ようやく自分たちがやりたい音楽を自由にやれるところまで来たし、ぼちぼちスターの仲間入りも果たしつつあります。普通は先輩であり功労者の2人の給料を多くし新たに加わった3人については少なくするものだと思います。でもリーダーの小田君はメンバーになった以上、新しいメンバーに対して公平、平等にしたということを知って、私は今でも忘れない程の感銘を受けました。小田君はそんなことを話しません。当時、武藤君から聞きました。本来、今回のインタビューは武藤敏史君が受けるのが一番良いのですが、実現しなかったので私は武藤君のことを語ることを条件に出てきたというわけです(笑)。今回は彼のことで言っておきたいことがあります。話にまとまりがなくて悪いけれど……彼が、もう口癖のように“ホップ・ステップ・ジャンプ!”って言っていた時期があるんです。

――と、いいますと?

新田 1978年の春には2人の時代のオフコースの記録、ベストセレクションが発売され、秋には新しい局面を迎えた最初のアルバム『FAIRWAY』が発売されました。その頃、武藤君は翌1979年度中には必ずミリオンヒットを出す!と編成会議や企画会議の席上機会あるごとに宣言をしていた。曲も勿論タイトルも存在しないうちから3部作をホップ、ステップ、ジャンプといった具合に時間をおかずに発売し、3作目は百万枚を売るという計画を打ち上げたのです。そんなにうまくいくものかしらという気持ちがないわけでもありませんでしたが、「武藤理論」と気迫に会社中がまとまりました。気持ちが揃った時の会社は底力が出るものです。メンバーも期待に応えてくれた。この頃は会社は営業的にもオフコースに期待をしてくれ、精神的にも理解者になってくれていた。といっても、長い道のりの中で通過して行った人達から受けた理不尽な経験の記憶はそう簡単には消えるものでもありませんでした。組織変更や人事,経費配分、アーティストの評価など、もう少し考えてくれればどれだけ嫌な思いもせず遠回りをしなかったか? と納得のいかないことは多々ありました。今に見返してやろう!という気持ちは作品づくりの素直な気持ちの中に常に混ざっていたように思う。振り返ってみれば良く会社を辞めなかった。高宮昇社長がいる間は頑張ろうといったウェットと言われるかも知れないがメンタルにはギリギリでやっていました。

――ではここで、“三部作”の最初、“ホップ”の役割を担った「愛を止めないで」を聴いてみたいと思います。 

♪「愛を止めないで」(1979年)pc_btn_play.png

――歌だけじゃなく、鈴木さんと松尾さんのツイン・リードの間奏が、まさにバンドの醍醐味も伝わる演奏ですよね。

新田 そうですね。ヤスさんと松尾君のツインリード、カッコ良いですね。イーグルスのホテルカリフォルニアで聞けるジョー・ウォルシュとドン・フェルダーの掛け合いからハモりに入っていくツインギターに匹敵します。イーグルスもオフコースもワイルドであっても知的なロックであることも共通していますね。3人が加わって本当に良かった……。小田君の声が若いですね。遂にやってくれたとうるうるします……。この曲はホップの役割を充分に果たしましたが、もし、ステップの役目で2作目、或いは、ジャンプの役割で3作目に発売されていたらどうだったのだろう等と考えたりします。さっき“時間をおかずに”と言いましたけど(ここで新田さんは持参した“オフコース・メモ”を見る)、79年の1月に「愛を止めないで」を出し、6月に「風に吹かれて」を出し、「さよなら」が12月と、とても短い期間だったわけですよ。そしてご存知の通り「さよなら」で、オフコースは押しも押されもしないバンドになっていったわけですけどね。この頃が会社と一番うまくいっていた時期だと思います。「さよなら」のヒットは、メンバーにとっては音楽をやめてしまいたい程の幾多の困難を乗り越えた結果だとつくづく思う。でもこれは序奏に過ぎないという高い志はみな一様に持っていたんではないかな。

――さて、ここで「さよなら」を聴きたいところなのですが、この作品はオリジナル・アルバムには未収録ということで、ベスト盤のハイレゾ配信化が望まれるところでございます!(※取材日の後日、ファン投票によるセレクション・ベスト『ever』が配信された。試聴・購入はこちらから) ところで会社を「見返してやろう!」というのは、この「さよなら」のヒットで果たすことが出来たのでしょうか?

新田 会社を見返してやろうという気持ちは果たせたのだろうと思います。でも、新しい問題が生じる。それは「さよなら」のヒットで手のひら返しをした人達はこれで一種のゴールのような気分でいるわけだけれど、もっと先の高い山をを登って行こうとする人達との間に存在する問題でしょう。「さよなら」のヒットした1980年はいい年のはずです。6月には武道館公演を2日間やります。11月にはアルバム『We are』が発売され1位を穫ります。私事ですが35歳で制作課長から制作部長に昇格します。武藤君はそのような状況の中で寺尾聰さんとも契約し制作を担当します。翌1981年には「ルビーの指環」とアルバム『Refrection』がとんでもないヒットをします。この場では正確な数字を述べませんが、オフコースの新譜や旧譜のカタログを分母にして、武藤君は一人で会社全体の売り上げの(洋楽も邦楽もビデオも特販もすべての中で)3分の1を売り上げます。さらに、翌1982年には伝説のオフコース武道館10日間公演が行われます。会社の社員一人一人に対する従来の公平感は、もはや能力主義、成果主義の時代において、とりわけ、この業種において不公平感になって来ました。単純に報酬の話をしているのではありません。レコード会社やプロダクションに才能がありやる気のある人財が入って来なくなる。即ち、いずれ会社も無くなる、業界もさびれる。実際、僕が創業したファンハウスも無くなったけれど我々が育った東芝EMIも無くなった。英国のEMIですら無くなった。ビートルズの原盤を持っていた会社ですら……。ジョージ・マーティンさんとは何度もこの辺りの話をしました。あれほどのプロデューサーがEMIを辞めたことを割と軽く捉えていた。金の問題もあったけど金の問題ではなかった。ここではこの問題はここまでにします。オフコースと関係がないからではありません。当然、制作環境は音楽と密接に関係していくのですが……その後のオフコースとハイレゾの話を進めましょう(笑)。

――小田さん自身、「さよなら」の時期は、どうやったらより多くの人達に「受け入れられるか」を意識してたそうですが、もちろんそれは、単に“売れれば”、とも違うような…。

新田 そうですか。「より多くの人達に受け入れられるか」を意識していたんですか? どのような意味か正確には分かりませんが、量的には実現してきているので質的なことも多分に含まれるのではないでしょうか? 小田君の優れた能力のひとつに観察力や分析力を挙げることが出来ます。簡単にブレイクしなかったからこそ多勢のアーティスト達がたどった道、今現在進行形の売れっ子たちを冷静に捉えることが出来たのだと思います。ただ売れるのではなく、どう売れるのか? 業界に利用されないバンドになる為の慎重さ、注意力は時に優柔不断に見える程優れていたと思います。自分達が生涯、「ライフワークとして音楽を続けていくにはどうしたらいいか?」ということを、小田君はずっと考えていた。次男的ポジションかも。長くと言っても、ダークダックス的ではない生き方を。

――80年のアルバム『We are』から、TOTOやボズ・スキャッグスなどを手がけた高名なエンジニア、ビル・シュネーがミックス・ダウンを行うようになります。このあたりは今回のハイレゾ配信においても、とても注目したいところですが……。

新田 僕が東芝音楽工業に入社した1969年、会社にはアンペックスの3チャネルのテープレコーダーしかありませんでした。翌1970年に「赤い鳥」と仕事をするようになってコーラスを多重録音するのに苦労しました.マルチテープレコーダーがないからです。3つのチャンネルをピンポン(移動)させたり2チャンネルから2チャンネルにダビングしたり、ベテランというか先輩のエンジニアからは嫌がられました。面倒くさいとか多重するとS/N比が悪くなるとか。何人も先輩のエンジニア達は逃げて行きました。そんな時に既成概念に縛られない年齢も同じくらいの遠慮なく仕事出来るエンジニアを探しました。徹夜してでもいい音楽をつくろうという熱のある人を。やったことのないことをやろうとする人を……。しかし、徒弟制度のようなものがあって、若いエンジニア達は小川のせせらぎとか鳥の鳴き声とか、蒸気機関車の走る音とか音楽の録音までさせてもらえない状況でした。その中の一人が蜂屋量夫君でした。僕は蜂屋君、通称、8ちゃんを誘いました。案の定、オフコース、ユーミン、サディスティック・ミカ・バンドから寺尾聰まで、いい仕事をしました。オフコースがレコードとライブの音の一致を目指したとき、蜂屋君はPAエンジニアであった木村史郎君にいさぎよくその座を譲り陰に陽に応援をしました。ビル・シュニーがミックスをやるようになった時も蜂屋君は率先してテープを持ってロスに行きました。楽器が出来ないといけないと言っては奥さんが演奏するチェロを自分も買い、習って、生の音を研究しました。そんな人です。コンプの使い方、リミッターの使い方、EQの設定、+のみならず−するのも上手い。時々ひとりごとを言う。組んでる人が駄目だと短気な面もあります。ビルのすごさはこれは世界レベルなので日本一と世界一の違いがあるのだと思います。でも、血の違い、歴史や文化の違いで如何んともし難いところと、実は、本当に紙一重のところとあるように思います。惜しいです。たとえ紙一重であっても大きな差ですから見逃せません。これはエンジニアの世界だけの話しではなくて音楽そのものの話しです。日本の音楽はいつどのように世界に出て行けるのか? ……この話はここではこのくらいに。

――では『We are』から、エンジニアのビル・シュネーのドラムの音処理の特色がイントロから分かりやすいと思われる「時に愛は」を聴いてみましょう。

♪「時に愛は」(1980年)pc_btn_play.png

新田 出だしから悔しいくらいクリスタルな透明感のある音がしていますね……。弦のこすれる音、0コンマ何秒の意図的なタイミングのズレ、すべての楽器の定位、幅、奥行き、隙間が見える氣がします。こじんまりせずおそらく実際のスタジオより広く伸び伸びと聞こえてきます。スティックがタムの皮に触れる瞬間の音、すかさず皮が元に戻る瞬間の音が連続して移動していく空気の流れを感じます。音圧も感じます。視覚的には移動するスティックの2本が何本にも増えてスローモーションで空気を切って流れていく。ベースの音も弾いている目の前50cmで見ている時に聞こえる指と太い弦がこすれボディーに共鳴している生の音が聞こえる。ラインがよく見えるからライン録りをしているのではなんて単純なことではないいい音ですね。アンプから出る音もマイクで拾っているのでは?なんていう単純な話でもない。場所によってコンプのかけ具合も触っているのかそんなことはせず自然のままなのか? わかりませんが素晴らしいです。小田君の歌についても、「始まりはいつも愛~」の出だしの「は」は、かすかな顔の動きを感じる。「それは~」の「そ」で唾が見える。「ただ青く~」の「く」で喉の形を感じる。「そ」は歯の隙間を感じる。舌の形かも知れない……。変態みたいですが(笑)、ディーテールの集合が音楽ですから。日本のエンジニアが録りの段階で丁寧に録っていたからビル・シュニーさんもこのように作れたという意味では日米合作です。アルバム全体についての思いということになると、そうですね、ツアーにおける楽屋がメンバーによって別のフロアーになっていくように難しい人間関係の中でよく作り上げたという感慨を持ちます。スタジオはビートルズの「LET IT BE」のレコーディングの重苦しさと重なるような印象を持っています。「Yes-No」が出来て本当に良かった……。

――でもオフコースって、せっかく『We are』というまとまりを見せたかと思ったら、次は『over』なんですよね。“over”を、バンドの終焉と受け止めた人もいて。

新田 そうですね。僕にもよくわからなかった。小田君はその後も自分の心の中をアルバムタイトルにしてメッセージを発し続けましたね。メンバーに対してもスタッフにも媒体にもファンにも織田信長の天下布武の旗印のように……。例えば、『The best year of my life』は、まさに今年1984年はお互いにそういう年にしようというメッセージが、『As close as possible』ではメンバーやスタッフが出来る限り近くになってというメッセージが……。そうだ、面白い話を思い出しました。ある日、小田君が自分の会社の要のスタッフがアズ・クロースなのに「クローズ」と発音したといって笑っていました。『STILL a long way to go』はグループを解散しこれから一人になるけれど音楽に終わり無し、これからも歩き続ける決意が出ていますね。セルフカバーアルバムに付けた『LOOKING BACK』もそのままですね。考えてみればデビューの前からOFF COURSEのOFFは群れない、並みでない、アウトロー的なロックスピリットが入っているし、それなのに「Fairway」、花道というタイトルは面白いですよね。2nd アルバムの「この道をゆけば」、GOIN'MY WAYも、初期に宣言した通りの人生になっって行ったし。ある時、嬉しそうに「“等身大”って英語で何て言うかわかる?」と聞くのです。「えー、何だろう?」と言うと「Life size っていうんだよ。いい英語だと思わない?」という話をしたことを思い出しました。

――この時期の曲では、どれを聴いてみましょうか。

新田 やはり聴かせてもらうとしたら、「言葉にできない」かな。

♪「言葉にできない」(1982年)pc_btn_play.png

新田 終始流れている4分音符の正確なキックは心臓の鼓動、これまでひたすら歩いて来た彼の人生、ソロアルバムも出さないでオフコース一筋で歩いて来た今日までをじっと振り返っているように僕には聞こえました。GのKeyでイントロが始まって「ラ~ラ~ラ~」の歌が入った瞬間にEbのKeyに転調する。何だこれと驚く。イントロのメロディー最後の音がG、転調したKey:Ebの出だしのLaが同じG。綺麗な転調ですね。「ラ~ラ~ラ~」が左右に分かれて二重で聞こえてくる。小田君ならいくらでも2つの歌を同じに揃えることが出来るのにわざと思うがままに無心で歌っている。「終わるはずのない愛が~」という歌の出だしでセンターから歌が登場する。ステージで言えば1本の明るいピンスポが中央の顔に当たった感じ。こんな優しく強い歌声は聞けない。また、「ラ~ラ~ラ~」で声は左右に広がる。「もう消えた~」の歌詞はダブルの声で強調している。美しい建築のような作りです。間奏のメロディーをハーモニカで吹いているのは、2人いるリードギターを誰にももう頼めなくなったのか? と妄想させる。妄想ですよ? あれだけうまくいっていたのに親の心子知らずか? 「リズムセクションの音量を上げて歌を下げるべきでないか? 小田さんは古いのではないか?」なんて3人から突き上げられることもあった。孤独だ。だから、この歌を聞いていて「哀しくて」、「くやしくて」のところまではこらえていた涙が「嬉しくて」でもう我慢出来なってくるんです。努力家だと思っていた人は、実は手の届かない天才だった。すごい歌ですね。世の中にはやたら長いだけの無駄な歌が多い中で、6分23秒のどこにも省けるところがない。エンディングではメロが8分音符で奏でられる。武道館10日間公演のひまわりが見えてくる。Codaはただの繰り返しではない。最後のリピート2回目に奏でられるラミファ・ソレミの対旋律にまたはっとする。昔、ビートルズの「All you need is love」を聞いていて終わりのほうでイギリスの第2の国歌とも言われるグリーンスリーブスがかすかにかに聞こえてくるのを発見した時のような感動が走る。小田和正のこだわりと才能にほれぼれとしたものです。聴き直してまたそう思います。是非、改めてハイレゾで聴いて欲しい。

――私が小田さんに取材した時のご本人の話では、まず“ラ~ラ~ラ~”の冒頭が出てきて、まさにこれは“言葉には出来ない感情なんだ”ということで、こうした作品になったんだと仰ってましたけど……。

新田 武道館10日間が終わって、これから先のグループのことを考えるに当たって僕は小田君にある提案をしました。「メンバー全員で中国に行かないか?」という誘いでした。「何故?」小田君はけげんな顔をしました。当然です。あまりにも唐突だし、しかもその頃は簡単には中国に行けない時代でしたから。冒険でした。僕は、「中国の長い歴史、文化、広さ等に触れれば我々が当面している問題が如何に小さいか、その先が見えてくるのでは?」といったようなことを答えました。ちょうど東芝EMI会長の高宮昇さんが中国の招きで、日中友好協会が主催する長旅に行かれる計画が進んでいました。「お供で連れて行ってもらわないか?」と言いました。小田君は、「行こう」と答えてくれました。準国賓待遇の正式訪中団の随伴ということで、我々は3週間を費やして北京、西安、洛陽、上海の旅に出ました。車は僕らが乗っている車くらいしか見当たりません。広い道路の対向車線からは何百何千という数の自転車が赤とんぼのように途切れること無く走ってくる時代でした。北京の最後の晩、お世話になった中国の人たちに対して日本側が中国料理店で答礼宴を開きました。丸いテーブルが4つか5つくらいの人数でした。最後にオフコースからも一言ということになり小田君は挨拶の代わりに日本から持って来たオベイションのギターでメンバーと「いつもいつも」を歌いました。「あなたのことは忘れないよ ふるさとの海や山のように、ふるさとの父や母のように、いついつまでも、いつもいつもいつも……」通訳が歌に合わせて訳していきます。歌う側も聞く側も涙無しにはいられませんでした。音楽の力は偉大だと思ったことは何度もありますがこの時のことはいつまでも決して忘れません。おそらくメンバーは並みでは味わえない経験をして、それなりの収穫を持って帰国したのだと思います。それから約6年、解散をする1989年までオフコースは活動を続けます。

 

――前編・後編と、2回に渡りお話を伺ってきましたが、最後にハイレゾで音楽を楽しめる時代がやってきたことに関して、最後にご感想を伺えますでしょうか。

新田 映像はどんどん画像が進化していってるし、家庭内でも屋外でも大型化している中で、オーディオだけはどんどん小さくなっている。音というのはある音量を出さないと本来の音になはなりません。ですからスピーカーにしろヘッドホンにしろ、音の質だけが大事なのでなくて音量そのものが必要だと考えます。個人的にはスタジオモニターのようなスピーカーでそれなりの音量で聴くのが好みですが、ハイレゾ対応のヘッドホンには驚かされました。日進月歩で想像をはるかに超えていました。私も考えを改めないといけないと思っています。そもそもCDが登場した1982年から5%台に普及した1984年あたりはアナログは古いもので音が悪く、デジタルこそが万能みたいに思っていました。その後も暫くそういう風潮が続いたし、実際CDの普及でどれだけ便利になったか、個人的にもどれだけお世話になったかわからない。業界は特需景気を経験しました。約30年が経過しデジタルの究極の目標は、限りなくアナログの音質に近づけることだと誰もが感じるようになった。我々音楽の制作者たちはいつかCDの限界を解決してくれるシステム、ハードウェア、インフラが出現することを夢見て、せめてスタジオにおけるレコーディング時にはいつかそういう時代が来たら対応出来るようにと192khzのサンプリング周波数、24bitで原盤、いわゆるオリジナルコンテンツを固定してきたんです。CDを開発したのもSONYですが、それ以上の音を開発するために今も同じSONYが先頭に立って挑戦されていることに素直に敬意を表します。そして、この先を楽しみにしています。夢が無くなったら音楽産業は成り立ちません。ミュージシャンが演奏しているそのままの音、或はそれ以上の音、プロの人達が普段スタジオで聞いている音が世の中に届けられたら、ただマーケットが拡大するだけでなく誕生する音楽そのものに影響を与える。ライブにしか興味を感じていない人達に家庭でいい音で何度でも誰とでも聞ける楽しみ方が出来るようになって欲しい。ヒットした曲をライブで聴くだけでなく、ヒットを生み出していく聴き方を皆がしてくれると嬉しいです。

――2回に渡り、貴重なお話をありがとうございました。

 

 


 

オフコースのハイレゾ音源はアルバム10作品が配信中!(2015年12月現在)
『JUNKTION』『FAIRWAY』『We are』『over』など……

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ファン投票によるセレクション・ベスト
『OFF COURSE BEST "ever" EMI Years』

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「匠の記憶~Memories of Legend~」バックナンバーはこちら

 

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File07. 「ムーンリバー」(作曲:ヘンリー・マンシーニ)

 

 

※先に動画を再生してからお読みください。津田氏が実際にピアノを弾きながら解説しています。

 

今回はヘンリー・マンシーニが生んだ名曲「ムーンリバー」をご紹介します。

「ムーンリバー」はオードリー・ヘプバーンの代表作のひとつ『ティファニーで朝食を』の主題歌です。劇中でオードリー・ヘプバーンが歌う姿を見ることもできます。アカデミー歌曲賞に加え、グラミー賞最優秀レコード賞、最優秀楽曲賞、最優秀編曲賞の3部門を受賞するなど、当時とても高い評価を得たこの作品はやがてスタンダードナンバーとなり、数えきれないほどのカバー作品が発表されていきます。

作曲したのはアメリカ映画音楽の巨匠、ヘンリー・マンシーニ。 同じくオードリー・ヘプバーン主演の「シャレード」や「酒とバラの日々」など、有名な作品がたくさんありますが、私は『刑事コロンボ』のテーマが大好きでした。

それでは早速、名曲としての魅力を確認していきましょう。
(※ 以降、移動ドで音階を表します)

まず最初は「ソーーーレドーー」と とても素直で美しいメロディーで始まります。 明るい和音で始まり、「レドーー」のところで和音が暗くなるところもポイントです。

続いて再び明るい和音にのせて、 「シーーラソファソーー」と、降りてくる 美しいメロディーが登場します。なぜなら、最初の「シ」は支える和音にとって『タブー』の音なのです。だからこそこのメロディーが光るのです。 

その『輝くメロディー』の直後、「ドーーレーー …」のメロディーに導かれるように、悲しみに満ちた和音が響きます。このように、輝くメロディーから憂いを帯びた世界に変わる、といった変化の美しさが名曲には共通して備わっているんですね。 そしてその変化が、聴いている人の心を優しく揺り動かしてくれるのです。

美しい変化は続きます。「ミドーーー」で少し寂しい感じになった直後に、まるで突然 「ソミーーー」で陽が差すかのように明るくなり、 「レドーーー」はそのまま穏やかだけど 「ソミーーー」では迷うような、どこか浮遊した感じに変化します。

そして結局、和音は再び暗めの雰囲気に落ち着くのですが、 その瞬間、直前で穏やかに動いていたメロディーが、下から上へ「ドーミーソー」と一気に昇ります。

和音だけではなく、このメロディーの動きの変化にも注目してもらえれば、と思います。「ドーミーソー」に続いて 「ドーシーーラ」と切なく下がるメロディーに合わせて和音はとても切なく響きます。

そして音程が1度(全音)下がって 「シーラーーソ」と同じようにメロディーが動くのですが、たたみかけるように反復するメロディーも、音程が1度下がったからなのか、切なさから愛のある感じに変化しています。 その雰囲気に合わせるように、和音も愛のある感じに変化しています。

そして「ラーーソ」ともはや優しさが溢れるような落ち着きを取り戻したメロディーを、ちゃんと優しい和音が包んでいます。この一連のメロディーと和音のコンビネーションの素晴らしさも、この曲が名曲であることを物語っています。

その後しばらく、「ソーーーレドーー」の素直なメロディーから「シーーラソファソーー」輝くメロディー、「ドーーレーー …」と悲しみに満ちた和音までが繰り返されますが、続く「ミドーーー」で少し寂しい感じになった次のメロディーは「ミーーソーードーー…」と、高く高くメロディーが昇って、切ない感情の高まりを 豊かに表現します。 この感情を支えている和音は、ちょうど先ほど (「ドーミーソー」に続いて「ドーシーーラ」と切なく下がるメロディーに合わせて和音はとても切なく響きます。) と書いたところの「ドー」を支えている和音なのです。

つまりこの和音は切なさの表情を醸し出す和音のひとつなのですが、優れた作曲家はこのような和音の表情をメロディーに合わせて巧みに使い分けているわけです。

そして、「ミーーソーードーー…」の「ド」よりさらに高い「レ」から始まることによって、 「レドソーーー」と降りてくるメロディーがさらに強い感情を表現しますが、もはやその感情は切なさから、そして悲しみから、まるで決別するかのような強さに満ちています。 悲しみから希望に変化していく予兆を感じさせているわけです。

その、強さと共に降りてきたメロディーはこのキー(調)の中で最も明るいエネルギーを持つ、ホームの和音(トニックコード)に守られながら、次のメロディーにつながっていきます。そのメロディーは、「シラソファソーー」と、降りてくるメロディーです。

実はこのメロディー、最初の一音の長さこそ短めですが、曲の最初の方に登場する、あの『輝くメロディー』と同じなのです。 この曲の最大のポイントである『輝くメロディー』が、僅かに形を変えて、別の役割を担ってここに再び登場しているのです。

悲しみと決別した今、『輝くメロディー』は平和な和音に支えられながら、大切だからでしょうか、2回繰り返されます。

そして最後にメロディー「ド」で落ち着いたあと、 「ファレーーー……ミードーーー……」 と優しさに溢れたメロディーが、このキーで一番優しさに満ちた和音に包み込まれながら、曲は終わります。

いかがでしょうか。 こうして世界的なスタンダードナンバーの美しさ、素晴らしさを見ていくと、名曲である理由がちゃんと存在していることがわかりますね。 そして、このような「名曲の理由」というのは、決して理論や頭で作れるものではなく、作曲した人の心の震えや豊かな感情が、そのまま音となって生まれた瞬間にだけ訪れる奇跡の結果なのです。 

名曲を聴くと心が浄化され豊かになるのは、生んだ人の美しい心と聴く人の心がそのままつながるから……なのかも知れません。

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル "Onebitious Records" 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

試聴・購入はこちら

 


 

【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、'85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。

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