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■津田直士プロデュース作品『Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~』に収録の名曲たちをご紹介していきます。

 

File11. Over The Rainbow (作曲:ハロルド・アーレン)

 

※津田氏が実際にピアノを弾きながら解説しています

 

今回は、ハロルド・アーレンが1939年頃に生んだ「Over The Rainbow」をご紹介します。

 

『Over The Rainbow』(日本語タイトルは「虹の彼方に」)について
この曲は1939年にアメリカで公開されたミュージカル映画『オズの魔法使い』で主役のジュディ・ガーランドが歌うシーンが有名な劇中歌です。同年、アカデミー歌曲賞を受賞して大ヒットしました。その後、美しいメロディーが評価され、スタンダードナンバーとして世界中でカバーされています。

ハロルド・アーレンはアメリカの作曲家で、多くのジャズ歌手にカバーされている「Blues in the Night」や「GET HAPPY」、「Happiness Is a Thing Called Joe」などのヒット曲を始めとして、映画や舞台の音楽を中心に、500以上の作品を残しています。

ちなみに、この『Over The Rainbow』は全米レコード工業会(RIAA)と全米芸術基金(NEA)により「二十世紀の1曲」に選ばれ、投票の結果、第一位となっています。まさにスタンダードナンバーを象徴するような楽曲ですね。

 

それでは早速、名曲としての魅力を確認していきましょう。
(※以降、メロディーは移動ドで音階を表します)

 

まず最初は、冒頭、低い「ド」から高い「ド」へ一気にあがるメロディーがこの曲の一番の特徴です。

メロディーというは本当に不思議なもので、たった7つの音、(低い)「ド」(高い)「ド」「シ」「ソ」「ラ」「シ」「ド」だけで、人の心が動くのです。
そこには理屈も理論もありません。でも、そのメロディーを生んだ人に心の震えや感動がなければ、決して聴く人の心を打つことはないんですね。

メロディーを生む人にとって、心の震えや感動は、生きている、いわば生命のようなものです。
一方、7つの音の羅列は、もともとは当然、生命のように生きているものではありません。メロディーを生んだ人が、メロディーというかたちでその命を吹き込むことができた、と確信した瞬間から、そのメロディーは命を宿すのです。

とても不思議なことです。確かに不思議ですが、少なくともそのメロディーが聴く人の心を打ち、揺り動かすことで、まさに曲を生んだ人の命がちゃんと生きて伝わっていることが証明されるのです(そういう意味で、この「ドードー シーソラ シード」というメロディーは、とても強い命を持って生まれたのだ、と言えるでしょう)。

 

さて、「ドードー シーソラ シード」という命が溢れたメロディーの後すぐに、それを受けるようなメロディー「ドーラーソー」が続きます。 「ドードー シーソラ シード」というメロディーに対して、最初の音は同じ「ド」で始まりながら、同じリズムで今度は「ラ」まで上がります。 でもこれは最初のメロディーの高い「ド」より少し低い音程ですから、緊張感は緩和されて柔らかい印象になります。

その後も、「シーソラ シード」というメロディーと比べると、「ソー」とひとつの音だけが伸びていて、ゆったりとした感じがします。
つまり突然、誰もが心を動かされる7つの音のつながりで始まったメロディーが、少し柔らかい感じの3つの音に変化してつながり、受けとめるような感じになっているわけですね。

こういったメロディーの音程の違いとメロディーの持つリズムの違いによって、聴いている人がどのような印象を受けるか、どんな気持になるか、というところが、その曲を名曲にさせているひとつのポイントなのです。

 

続きを見てみましょう。
最初のメロディー「ドードー シーソラ シード」と、ちょうど対になるような「ラーファー ミードレ ミーファ」が登場します。

メロディーのリズムは全く同じ。でも音程は全体的に5度くらい低くなっています。
その結果、最初のメロディーよりもずっと優しく、愛情のある感じが聴いている人に伝わります。

さらに続くメロディーは、「ラーファー ミードレ ミーファ」の後半、「ミードレ ミーファ」と同じリズムで音程が1度ほど低い「レーシド レーミ」となり、その後「ド」で落ち着きます。

以上、たった8小節で、聴く人の心を動かしてしまう……まるで名曲の象徴のようなメロディーだといえるでしょう。

 

さて、実はこの曲が名曲である理由には、さらに和声の素晴らしさもあるのです。
最初のメロディー「ドードー シーソラ シード」の和声を見てみましょう。

参考の音源はキーがAですから、コード進行はこうなります。(私のピアノ演奏は、ジャズ的なアプローチを交えて少し複雑なコードを使っていますが、ここでは原曲をもとにシンプルなコードを記載しています)

A C♯m A7 

まず、明るい主和音が、低い「ド」から高い「ド」へ一気にあがるメロディーの高まりをしっかり支え、
続く「シーソラ シー」までを、主和音が前進した感じのするC♯m が支え、
次の「ド」でコードが A7 になった瞬間、陽が当たるように明るさが差し込みます。

これは次に登場するDというコードの登場を促す力を持った和音です。そのため、陽が当たるような明るさを感じるのです。

続く「ドーラーソー」を支えるコード進行は、D A/C♯です。「ドーラー」を、世界が展開した感じのする Dという和音が支え、「ソー」でまた主和音に戻ります。

 

さて、次はここまでのメロディーの対になるような「ラーファー ミードレ ミーファ」ですが、メロディーがリズムは同じ、音程が5度ほど低い、という分りやすい「対」の感じであるのに対して、和音は違います。
これまでの和声進行から、ぐっと叙情的な和声進行に変わるのです。

「ラーファー」を支えるのは、D Dm
先ほども登場した、世界が展開した感じのする Dというコードが支えながら、突然そのままマイナーコードであるDmに変化することで、とても切ない感じになります。

続く「ミードレ ミーファ」を支えるのは、 A/E F♯7
まず一度主和音に戻りながら、次の F♯7で、心が泣きたくなるような感じに、強く揺さぶられます。
これは、本来 F♯m というマイナーコードであるべきところが、メジャーコードになっているために、起きる現象です。

(実はこの連載では、これまでもこのコードの魅力を何度も取り上げています。このコードが効果的に使われている曲は、今回私がピアノ演奏したアルバム『Anming Piano Songs』全12曲中、7曲……。実に、半分以上で使われているんですね。それほど強い効果のあるコードが、この絶妙なタイミングでメロディーを支えているのです)

続く「レーシド レーミ」を支えるのは、 B7 E7、そして「ド」で主和音 A に落ち着きます。
このB7も、本来ならBm7というマイナーコードであるべきなのですが、そこをあえてメジャーコードにすることで、夢を見るような感じを強調しているのです。

先ほど書いたように、7つの音のつながりでメロディーが直接心を揺さぶる前半4小節に対して、後半4小節のメロディーは音程が低く、ずっと柔らかくなります。その分、和声進行は後半の方がずっと叙情的で心を揺さぶる感じになっています。

 

このように、メロディーと和声進行がそれぞれ巧みに交錯して、聴いている人の心を打つために、たった8小節のテーマ部分が、聴いている人を夢の世界へ連れて行ってくれるのです。

まさにこれこそ名曲の理由……という感じがします。

 

この曲には、このテーマの他に、違う展開をするセクションが2回登場します。

メロディーは「ミソ」をくり返し、続いて「ファソ」をくり返し、最後に「ラ」が伸びます。
次に再び「ミソ」をくり返した後、「ファ♯ ラ」のくり返しになりますが、ここでファがシャープしているのは、ここで緩やかな一時転調がなされているからです。

この部分のコード進行は、A G♯7 C♯m です。
そう、一時的にC♯mつまり3度上のキーに柔らかく転調しているのです。

このセクションは、名曲性に溢れたテーマの部分のあと、セリフのような淡々とした世界を展開するのが目的ですから、「ミソ」や「ファソ」を繰り返すように、メロディーはあえてシンプルで単調に抑えているのですが、その流れであえてこの瞬間だけ、一時的な転調を施すことで、ここでまた夢のような世界に、聴いている人を誘ってくれるわけです。

このように、曲のいたるところで「夢の世界に連れて行ってくれるような音楽的な魅力」に満ちているのは、やはりこの曲がミュージカル映画『オズの魔法使』の劇中歌だからでしょう。

ただ一方で、ミュージカル映画『オズの魔法使』に縛られることなく、あらゆる国のあらゆる音楽ジャンルでこの曲がカバーされ、世界中の人たちの心を優しく揺らしてくれるのは、今回、メロディーや和声を見ていてわかったように、そこに名曲の理由がちゃんとあるからなのです。

そして毎回お伝えしているように、その名曲の理由の源は、結局のところ理論でも組み立てでもなく、その曲を生んだ作曲家の心の震えや熱い感情の表れに尽きるのです。

 

生んだ人の心の震えが、そのまま聴く人に伝わる……。
これが名曲の素晴らしさです。

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル "Onebitious Records" 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

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<<スペシャルインタビューも掲載中>>

 


 

【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、'85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。

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Vol.24 Theme : デヴィッド・ボウイ追悼『★(Blackstar)』レビュー

日高央の「今さら聴けないルーツを掘る旅」バックナンバーはこちら

 

 TwitterでもInstagramでもFacebookでも、あらゆるSNSのタイムラインがいまだにデヴィッド・ボウイで埋まる1月末……ボウイロスの影響の深さはもちろん、「あんたもボウイ好きだったんかい!?」という驚きもありつつ、特に海外の音楽系サイトはボウイの後日談で持ち切り。

 出会った時期にもよるけど、ニューウェーブ全盛期に『スケアリー・モンスターズ』から入って、直後に映画『戦場のメリークリスマス』とメガヒット『レッツ・ダンス』に遭遇した自分にとっては、これほどまでに過去のアーカイブを掘るのが楽しいアーティストもなかなかいなかっただけに(作品毎の表現の振り幅がとにかく広いので)、やはりボウイロスを埋めるのには時間がかかりそう……。

  今回のニュースで出会った人にとっては、最新作『★(Blackstar)』は大人っぽい落ち着いた印象を与えるアルバムかもだけど、これがまたなかなかどうして、ボウイの歴史を俯瞰すると、これはこれでチャレンジングな一枚なので、その辺の解説を踏まえてご紹介。自分の大好きなアーティストが、ただの爺さんじゃなくて、スーパーエキセントリックな男として生涯を全うした事を、少しでも知って欲しいし。

 初めての人に超ざっくり言うけど、ボウイって大きく分けて2つの音楽性があって……<ロックンロール>か<ファンキー>だと思ってて。もちろんアルバム毎に細かく色んな要素が混ざってるから言い出すとキリがないんだけど、クラシック級の名作『ジギー・スターダスト』辺りのグラムロック全盛期のボウイに対するイメージが<ロックンロール>。グラム期を経てアメリカに接近した『ヤング・アメリカン』や『ステーション・トゥ・ステーション』なんかは<ファンキー>。みたいに、おそらく彼自身の中での大まかなモチーフというか、モードとして<ロックンロール>か<ファンキー>かに振り切った作品が点在してるイメージ。もちろんどれも<POP>な仕上がりに抜かりはないけど。俺個人のイメージだけど。

 んで前作『The Next Day』は割とロックンロール寄りだったと思うから、今回はファンキーに振り切ろうと思ったと想像してて。でもそこで今までみたいなファンキーさに行かない捻くれっぷりもボウイの魅力の一つ。現代のファンキーを体現するHIP HOPもこよなく愛する彼ならではのセンスで、ケンドリック・ラマーの傑作最新作『To Pimp A Butterfly』を参考に、現代のジャズ系ミュージシャンを起用することで、新たなダンサブルさを獲得。70歳を目前に、しかも自分の死期が迫ってるって時に、そんなエッジィなチョイス出来る!?

 エッジィなボウイが選んだジャズ・ミュージシャン達は、世界で初めてデータ音源だけで(アナログやCDを発売せずに)グラミーを獲得した新進気鋭のマリア・シュナイダー・オーケストラの面々。キャリアを総括したベスト盤『Nothing Has Changed (The Best Of David Bowie)』にて先行収録された「Sue (Or In A Season Of Crime)」を聴くと、Jazzのロウ(生)な感じでドラムンベースばりのグイグイなリズムと、ボウイのゴシックな歌とメロディーが気持ち良い。しかもこの時点ではケンドリック・ラマーより先にJazzミュージシャンとセッションしてるんだから、ボウイの千里眼おそるべし!

 そして「Sue (Or In A Season Of Crime)」のアルバムver.は、よりリズムを強調したロック寄りな解釈に。聴き比べると面白い。こうして常に今の自分をアップデートする感覚もボウイならではで最高だし、ハイレゾで聴くと演者の息遣いも聴こえてきそうな臨場感が鳥肌モノで、まるで自分もセッション中のスタジオに放り込まれたような緊張感が味わえるから、チャンスがあればお試しあれ。

 個人的なおすすめトラックは「'Tis a Pity She Was a Whore」と「Girl Loves Me」。前者は80年代ボウイが得意とした、煌びやかなアレンジにEMOい泣きメロが気持ち良い佳曲。後者はボウイの十八番、しゃくり上げる歌唱法“ヒーカップ”を駆使してアヴァンギャルドな緊張感を演出。チラリとクラフトワーク的なテクノっぽいミニマル感もあってカッコイイ。どちらも仕上がりは極上にPOPだし、映画や小説の一場面を想起させるような、聴き手のイマジネーションをバチバチに刺激してくれる。

 そしてここ数年のボウイはなぜか、シングルにしっとりした曲を持ってきて、アルバムだとアグレッシヴな曲もある、みたいな打ち出し方を好んでて……前作『The Next Day』しかり、今回の『Blackstar』しかり。それぞれの先行シングル『Where Are We Now?』も『Blackstar』もそういう作りなので、全体の印象が大人っぽくみられがちですが……アルバムにもしっかりバラード? まで行かないにしても、落ち着いたナンバーを配してバランス感も最高。今作では後半の「Doller Days」の美メロにうっとりしつつ、最終曲「I Can't Give Everything Away」でタイトル含め、ボウイの遺言として聴くと涙を禁じ得ないEMOい展開へ。

 己の死を覚悟しながら新作を準備し、最終曲で“俺は全て諦めるわけにはいかない”と歌い、リリースの2日後ひっそりと天国に召されるなんて……もちろん、ここまでの道のりも決して平坦ではない……相当な覚悟と、表現への欲求。我々には想像もつかない葛藤があったかと思うと、このアルバムの聴き方もより深く味わえるのではないかと……年齢に関係なく、ネガティブな状況に負けるな! と背中を押してくれるステキな作品。この機会に是非お試しあれ。

 

『★(Blackstar)』
David Bowie

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【日高央 プロフィール】

ひだか・とおる:1968年生まれ、千葉県出身。1997年BEAT CRUSADERSとして活動開始。2004年、メジャーレーベルに移籍。シングル「HIT IN THE USA」がアニメ『BECK』のオープニングテーマに起用されたことをきっかけにヒット。2010年に解散。ソロやMONOBRIGHTへの参加を経て、2012年12月にTHE STARBEMSを結成。2014年11月に2ndアルバム『Vanishing City』をリリースした。

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第15回:サイモンとガーファンクル(前編)『水曜日の朝、午前3時』~『ブックエンド』

~ハイレゾ配信は洋楽オヤジへの“ギフト”~

 

 サイモン&ガーファンクルのハイレゾが、とうとう昨年末(2015年12月25日)にmoraで配信された。ようやくハイレゾ界に重要なピースが埋まったという感じだ。なので今回は2回に分けてサイモン&ガーファンクルについて書いてみる。

 僕にとってサイモン&ガーファンクルは洋楽への入り口になった存在だ。これは僕だけではなく、70年代始めを中学、高校生で過ごした人なら皆同じだと思う。あの頃は解散したビートルズも人気があったけれど、洋楽初心者は、まずサイモン&ガーファンクルのほうを聴いていた気がする。

 僕もその口で、中学2年生の時、五里霧中で洋楽のヒット曲を追いかけているうちにサイモン&ガーファンクルを知った。初めてまとめて聴くべきアーティストに出会った気がしたものだ。なので1971年の暮れに、当時CBS・ソニーが出した《ギフト・パック・シリーズ》の2枚組ベスト盤を買った。まだビートルズさえ聴いていない。これが僕にとって、生まれて初めて買った洋楽のLPだった。

 赤い箱が印象的だった《ギフトパック・シリーズ》は『サウンド・オブ・サイレンス』から『明日に架ける橋』までの4枚のアルバムから選曲されていた。2枚組4面のS&Gの世界はスキ無しの構成で、レコードを買ってからクリスマスはおろか年末年始、さらにその後の数ヶ月もの間、それこそしゃぶりつくすまで聴き続けたものであった。粗末なサファイア針のステレオ・セットであったが、1秒たりとも耳を離せなかった。

 その後の長いレコード人生を振り返ってみても、この《ギフトパック・シリーズ》を聴いていた時が、一番エキサイティングだったと思う。このレコードで音楽を聴く喜びを知ったからこそ、今も音楽を聴き続けている気がするのである。サイモン&ガーファンクルの《ギフトパック・シリーズ》は、その名のとおり洋楽少年への“ギフト”であった。

 それから44年後、洋楽オヤジのもとにサイモン&ガーファンクルのハイレゾがやってきた。彼らの残した5アルバムに加えて、72年発売の『Greatest Hits』と81年の再結成ライヴ『The Concert in Central Park』を含んだ7アルバムが、FLACの192kHz/24bitという申し分のないスペックで登場したのである。

 申し訳ないけれど、サイモン&ガーファンクルのCDには何の思い入れも持たなかった。しかしハイレゾでは、なぜか44年前の《ギフトパック・シリーズ》を買った時と同じくらいのワクワク感を覚えた。各アルバムについてあとで書くように、ハイレゾでサイモン&ガーファンクルを聴く楽しみは数回聴いただけでは終わりそうもない。それこそ44年前のレコードのように、しゃぶりつくすまで聴いてしまうことは間違いない。今回のハイレゾは、まさに44年ぶりの洋楽オヤジへの“ギフト”だと思う。

 


 

Wednesday Morning, 3 A.M.

http://mora.jp/package/43000100/G010000912960X/

 『水曜の朝、午前3時』という邦題を持つデビュー・アルバム。このアルバムは出世作「サウンド・オブ・サイレンス」のヒット前なので、“S&G前夜”という印象がどうしてもつきまとう。そのせいか《ギフト・パック・シリーズ》のレコードでも、このアルバムからの選曲はなかった。
 しかしこのアルバムは『ブックエンド』や『明日に架ける橋』に劣らず名作だと思う。というか二人のデュエットを堪能しようと思うなら、このアルバムがピカイチといっていい。曲も彼らならではの哀愁のある曲ばかり。全編がフォーク調なのは隠れ蓑で、実は究極の“癒しアルバム”かもしれない。僕の場合、歳を取るとともに聴く回数が圧倒的に増えているのが、この『水曜の朝、午前3時』なのである。
 ハイレゾではヴォーカルがナマナマしくなった。二人の歌う旋律が、時に平行に、時に交差する。その様がアナログ・レコードでも快感だったのであるが、ハイレゾだとさらに際立つ。楽器が少なく余白が多い空間だから、オーディオ的な耳で聴いても面白い。ハイレゾでぜひ揃えておきたいアルバムだと思う。

 

Sounds Of Silence

http://mora.jp/package/43000100/G010000911928G/

 『サウンド・オブ・サイレンス』は、ギター・デュオとしてデビューしたサイモン&ガーファンクルがエレクトリック楽器を随所に加えていったアルバム。大ヒットしたロック調の「サウンド・オブ・サイレンス」もここに収録されている。
 でも完成度が高いのはやっぱりフォーク路線の曲で、「木の葉は緑」「キャシーの歌」「4月になれば彼女は」などだろう。ハイレゾではギターの音はひき締まり、弦の硬質感を伝える。聴く前は、どこかぬるま湯的な倍音を期待していたのであるが、ハイレゾの、厳しさをたたえたギター音はサイモン&ガーファンクルの余情性を際立たせる気がした。そうかと思えば、逆にロック路線の曲で温かみを感じた。「リチャード・コリー」のふくよかなエレックトリック・ギターの響きに「おっ」と思う。
 『サウンド・オブ・サイレンス』に限らず、他のアルバムでも感じたことであるが、ハイレゾでは全体的に音の輪郭が鮮明になり、肉厚になっている。そのせいでバスドラやベースによるリズムの食い込みがとても感じられるのが特徴だ。それから今まで気付かなかった音に惹かれる瞬間も多い。「木の葉は緑」や「とても変わった人」のタンバリン(?)の「ちゃりん」という音もキラキラと輝く。

 

Parsley, Sage, Rosemary And Thyme

http://mora.jp/package/43000100/G010001408100V/

 『パセリ・セージ・ローズ・マリー・アンド・タイム』は、前作『サウンド・オブ・サイレンス』を経て、完成した“サイモンとガーファンクルのサウンド”に仕上ったアルバムと思う。本作と『ブックエンド』『明日に架ける橋』の3作はそれぞれに個性的で甲乙つけがたい。そのなかで、このアルバムの特徴を一言でいうなら「幻想的」であろうか。
 ハイレゾの音は、これも他のアルバムと同じく引き締まった輪郭、それていてふくよかな音である。アナログ盤では淡彩画のように夢幻的だった「夢の中の世界」もハイレゾではクリアになった。特に筋肉質なギターの連打が印象的。それでも夢幻的な雰囲気が健在なのは、この曲が単にムードで仕上ったものではなく、クリアな歌唱と引き締まった演奏の上に仕上ったものだということを認識させられた。
 新たに気付いたことと言えば、レコードではオマケ扱いで聴いていた(失礼)「7時のニュース/きよしこの夜」も、ハイレゾではヴォーカルと、ニュースを読み上げるアナウンサーの声の絡みが緊張感を持つ。アナログ盤では今ひとつ感じなかったこの曲の「実験性」を、ハイレゾでようやく実感した次第である。

 

Bookends

http://mora.jp/package/43000100/G010000991684W/

 『ブックエンド』の特徴を一言でいったら、A面の「トータル性」と、B面の「最新録音技術による楽曲集」。この“二色丼”がLP『ブックエンド』だった。
 それをハイレゾで聴いてみると「アメリカ」ではバスドラがズンズン、とくる。「パンキーのジレンマ」でもベースがくっきり。繊細なメロディの下に、かようなリズムがうごめいていたとはビックリ。何度も書くように、ハイレゾでは輪郭がクリアなのでリズムが埋もれない。サイモン&ガーファンクルの抒情的な楽曲を肉厚なリズムで聴くのは、レコード時代にはなかったオツな楽しみ方だと思う。
 ハイレゾでの解像度の高さは、老人の声をコラージュした「老人の会話」でも威力を発揮する。声の向こうにヤカンが沸騰しているようなボコボコという音が鮮明に聴こえて、これまたLPを聴くのとは違う印象を受けた。
このようにハイレゾだと面白くて、どの曲も聴き飽きない。44年前のレコードのように、しゃぶりつくすまで聴いてしまう、と書いた気持ちも分かってもらえるかと思う。

 

残りのアルバムについては後編で書くので、どうぞお楽しみに。

 

 

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【牧野 良幸 プロフィール】
 
1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。
 
 
 
 

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■津田直士プロデュース作品『Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~』に収録の名曲たちをご紹介していきます。

 

File10. 2つの子守唄「ブラームスの子守唄」(作曲:ブラームス) /「La La Lu」(作曲:ペギー・リー&ソニー・バーク)

 

※津田氏が実際にピアノを弾きながら解説しています

 

今回は 子守唄の名曲、ブラームスが生んだ「子守唄」とペギー・リー、ソニー・バークが生んだ「La La Lu」をご紹介します。

『ブラームスの子守唄』について: この曲は1868年、ブラームスが35才でウィーンで作曲家として高い評価を得始めた頃、友人に子どもが生まれたことから、それを記念して作曲されました。 ブラームスはバッハやベートーベンの音楽を深く敬愛していましたし、彼自身の音楽への高い評価から、ドイツ音楽の「三大B」と呼ばれるなどバッハやベートーベンと並び称されますが、バッハはブラームスより約150年も前、ベートーベンも約60年前に生まれているわけですから、音楽的な背景は2人とは違います。
活動した頃は1800年代の後半ですから、いわゆるロマン派の真っただ中ですね。にもかかわらず、ブラームスの代表作である「交響曲第1番」が「ベートーベンの交響曲第10番」だと言われるように、そして「交響曲第4番」の最後の方で突然バッハのカンタータ第150番の主題をモチーフにした部分が現れるように、古典主義的な要素が強いところが、ブラームスの音楽の特徴といえます。ブラームスはそのため「新古典派」と称されることもあります。
ブラームスの音楽的な特徴としては、彼が崇拝するベートーベンや同じ世代のチャイコフスキーなどと比べると、天才的なメロディーを生むことより複数のメロディーをオーケストレーションする才能が際立っています。交響曲以外にも、ハンガリー舞曲など民族音楽の編曲や変奏曲などで多くの作品を残しているのがその証だとも言えます。
そんな中、私は「弦楽六重奏曲第1番」の第2楽章が大好きです。確かにこの曲もメロディーは比較的オーソドックスなラインで、むしろメロディーを支える和声の美しさが際立っているという傾向はありますが、いずれにしても間違いなく素晴らしい名曲であることは間違いありません。

『La La Lu』について:  この曲はディズニー映画「わんわん物語」の主人公、犬の「レディ」を飼っている女性「ダーリング」が自分の赤ちゃんに歌ってあげる子守唄です。実際に歌を歌っている歌手で作曲も手がけるペギー・リーが、ソニー・バークと共作して生みました。「わんわん物語」の中で、愛情豊かに飼われる「レディ」と飼い主の「ダーリング」、そして生まれたばかりの赤ちゃんへの愛情が美しく描かれるシーンを象徴する子守唄です。

それでは早速、2つの名曲子守唄の魅力を確認していきましょう。
(※以降、メロディーは移動ドで音階を表します)

2つの子守唄に共通しているのは、『シンプルで優しいメロディーのくり返し』 です。

『ブラームスの子守唄』では(0:07)、「ミミソー」というシンプルで優しいメロディーでスタートしますが、この「ミミソー」が2回くり返されるところがポイントです。
一方『La La Lu』を見てみますと、これも同じように(00:57)「ミファソー」というシンプルで優しいメロディーが2回くり返されます。
また、どちらもそのくり返しの後に、そのメロディーが少し変化して次のメロディーへ移ります。

『ブラームスの子守唄』では、「ミソ」が再びくり返されたあと、高い「ド」へ一気に上がり、「シーーーララソーー」と降りていきます。
『La La Lu』では「ミファソー」が再びくり返されたあと「ソーラ ソーミー」が受けて、そのまま「ソーソーソーレードーシー」という母性の感じられるメロディーが夢を見るような和音に支えられて展開します。

さて、次の展開も、2つの名曲子守唄が共通する部分です。これもやはり大きな『くり返し』です。

『ブラームスの子守唄』では「ミミソー」が2回くり返されましたが、ちょうどそれと対になるように、「レミファー」が2回くり返されます。(00:17
『La La Lu』では「ミファソー」が2回くり返されましたが、ちょうどそれと対になるように、「ファソラー」が2回くり返されます。(01:18

こういった共通点は『子守唄』という性質から生まれたものでしょう。 子守唄はお母さんが赤ちゃんに語りかけるように歌うものです。

ゆったりとした優しいメロディーで赤ちゃんに語りかける。 くり返すことで、眠りにいざなう。 それをさらに少し変化させながら、再びくり返すことで、さらに安心して眠れる空気を作っていく……。

おそらくそういった『子守唄』という性質が、2つの名曲を支えているのでしょう。

さて、他にも2つの名曲子守唄に共通する特徴があります。

まずどちらも3/4拍子、いわゆる3拍子です。

これは私の解釈ですが、この子守唄での3拍子というのは、2拍子に1拍子が余白として足された結果なのではないかと思います。抱っこをして赤ちゃんをあやす動作を考えてみると、優しく「よし、よし……」と揺さぶったあと、一拍余白が入るのです。どうも、この動作から自然と3拍子の子守唄が生まれているのではないか、と私は考えています。 

いずれにしましても、ゆったりとした3拍子のもつ柔らかいリズムが、2つの子守唄に共通しています。

次に和声に注目してみましょう。

実はどちらも「和声が緩やかに移り変わっても、低音がしばらく同じままで続く……」というところが共通しているのです。

先に『La La Lu』を見てみましょう。
テーマである「ミファソー」がくり返される間、(移動ドでの)「ド」「シ」「ラ」「シ」の音が移り変わる和音(このような和声進行をクリシェと呼びます)が展開されますが、低音はずっと同じです。
次のくり返し「ファソラー」でも同じように、(移動ドでの)「レ」「ド♯」「ド」「シ」の音が移り変わる和音が展開されますが、低音はずっと同じです。

次に『ブラームスの子守唄』を見てみましょう。
実はこの曲に至っては、3つの和音が移り変わっていくのに対して、何と、曲中ずっと同じ低音が続いていくのです。

このように、同じ低音が続く理由は、赤ちゃんを安心させて包み込む、母性の持つ力強い安心感というイメージから生まれているのでは、と私は感じます。

また、メロディーの音域はどちらも約1オクターブです。お母さんが優しく語りかける歌ですから、音域がさほど広くないのは当然かも知れません。

そしてどちらの曲も、曲の長さが比較的短く、かつシンプルで優しいメロディーのくり返しが特徴であるため、短くてもちゃんと心を揺さぶる美しいメロディーが、展開部分にちゃんと存在しているのです。

『ブラームスの子守唄』では、低い「ドド」から、高い「ド」へと一気に昇って「ラファソーー」というメロディーが受けとめるところが、心を動かしてくれます。(00:27

『La La Lu』では、後半「ソーファーミーレーミード」と落ち着かせるメロディーが登場した直後、上の「ラ」へ一気に上がって心を動かし、さらにテーマの「ミファソー」と対になるような、けれどずっと高い音域の「ラシドーー」が3回繰り返されて心の高まりを表し、さらに「ソーミーシーラー」と夢のようなメロディーが心を包みこむところです。(01:49

いかがでしょうか。赤ちゃんへの愛情が見事に曲として表現された、子守唄の名曲。
一見、ただシンプルで優しいうた、と思われがちな子守唄にも、名曲ならではの高い音楽性がちゃんと隠されているのですね。

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル "Onebitious Records" 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

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<<スペシャルインタビューも掲載中>>

 


 

【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、'85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。

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新年、どうぞよろしくお願いいたします。そちらも2016年になりましたか?

ジャズの楽しさ、面白さ、わかりやすさを、ひとりでも多くの方に知っていただきたい。こんなに素敵でヤバイ音楽を聴かずに死ぬのはもったいないではないか……そう思いながら雑煮を味わい、初もうでの賽銭箱に百円玉を投げたら釣銭も出ず膝もすりむかずという正月でございました。

 

が、スタート第2回目にして、テーマは緊急変更です。編集部のAさんからのお題はなんと、デヴィッド・ボウイの『★』

たぶんCDショップではロックのコーナーに置かれていることでしょう。が、現代ジャズの中堅ミュージシャンがほぼ全編にわたってすさまじいプレイを披露しています。ジェイソン・リンドナー(キーボード)、ドニー・マッキャズリン(テナー・サックス)、ベン・モンダ―(ギター)、ティム・ルフェーヴル(ベース)、マーク・ジュリアナ(ドラムス)、マリア・シュナイダー(編曲)などなど、「よくこのメンバーに目をつけたものだ」と、ぼくはその慧眼に唸るばかりです。

 

★ (Blackstar) /David Bowie

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では誰が慧眼を持っていたのか? ボウイ自身がニューヨークのジャズ・スポットをこまめに巡ってジャズメンたちに声をかけたのか? 違うと思います。ここ数年の彼は、もうすでに体調を崩していたのでしょうか、人前には皆無といっていいほど出ていません。カギを握っているのは、ボウイとは1960年代からのつきあいであるプロデューサーのトニー・ヴィスコンティでしょう。2013年、約10年ぶりにリリースされたニュー・アルバム『ザ・ネクスト・デイ』でも彼は辣腕をふるっていました。大変に充実したアルバムでしたが、トニーは“新しさ”という点にいささかの不満も持っていたようで、「新しいものを作るという意識で作ったのに、なにかしら過去の要素が入っていた」と述べています。そして「『★』は斬新で、まるで別の宇宙からやってきたようだ」と発言を続けています。

ぼくは2014年にシングル発売されたボウイとマリア・シュナイダー・オーケストラの共演「スー(オア・イン・ア・シーズン・オブ・クライム)」(本作の4曲目に収録)を聴き、「ジャズメンがロック歌手の伴奏をしている」のではなく、ボウイとインプロヴァイザーたちが混然一体となって“サムシング・ニュー”を作り出しているところに唸りました。そしてこの世界観をアルバム1枚に広げたら、空前絶後の傑作になるのではないかと夢想しました。そして今、手元に『★』があります。期せずしてボウイ最後のメッセージになってしまったこともあり、世界中で空前の売れ行きを示しているそうです。ということは、何千何万のひとの耳に、あのサックス・ブロウや、あの叩きまくりが届いているわけです。そのうちの1割が、ドニ―の『Fast Future』、マークの『Family First』など各メンバーのソロ・アルバムを買ってくれたら、それだけでもジャズ界全体のセールスは大いに上向きになるのです。

ぼくはロックも大好きですし、学生の頃は無謀にも「ロック・バンドで武道館に立って女にモテまくる人生」を夢見ていました。「スペース・オディティ」をカヴァーしたり、その関連で(というわけもないですが)BOØWYの曲もやりました。ボウイのアルバムでは『ロジャー』に鳥肌が立つのですが、「じゃあ君はロック側にいるのか、ジャズ側にいるのか」と問われた場合、過去の自分の仕事量における割合を顧みるに、「ジャズのひと」なのです。だからこのアルバムをきっかけに、ジャズそのものに対する注目がさらに高まってくれ、と心から願います。

参加者にだって、「この反響をジャズにフィードバックさせたい」という気持ちはあるはずです。別にこのアルバムをきっかけに、100%ロックに転身するミュージシャンがいるとも思えません。たとえばジェイソン・リンドナーは駆け出しの頃、ジャズ・ピアノの生きる伝説であるバリー・ハリス(今年87歳)に奏法を師事しました。小さな、30人も入れば息の詰まるようなジャズ・クラブで、4ビートのモダン・ジャズを熱く演奏しているところを、ぼくはかぶりつきで味わいました。が、そのままなら、グリニッチ・ヴィレッジの穴倉のようなライヴ会場を訪れたマニアックなリスナーの間で“すごい”といわれて終了です。エレクトリック楽器によるダンス・ミュージックにも精力的に取り組み、様々な分野のミュージシャンと交流し、いくつものプロジェクトで才能を発揮したことが、ジェイソンとボウイ側の距離を近づけたのでしょう。今や彼は、“David Bowie Keyboardist Jason Lindner”として世界的なカルチャー誌「ローリング・ストーン」のウェブサイトにロング・インタビューが掲載されるほどの存在になりました。数十人の前でしんねりむっつり、かたくなに旧式のジャズをやっているだけのミュージシャンに果たして、そんな機会が訪れるでしょうか?

ロック・ミュージシャンとジャズ・ミュージシャンのコラボレーションは過去、いくらでもありました。ロッド・スチュアートの一連の『ザ・グレイト・アメリカン・ソングブック』のように、“ロックの人”が“ジャズ関連の古典”を歌う企画もずいぶん増えたような気がします。80年代半ばには、ポリスの無期限活動停止に入ったスティングが、ブランフォード・マルサリス、ケニー・カークランド(ともにウィントン・マルサリス・クインテット)、ダリル・ジョーンズ(マイルス・デイヴィス・バンド。90年代前半からはローリング・ストーンズ)、オマー・ハキム(ウェザー・リポート)とバンドを組み、目の覚めるようなサウンドを届けてくれたのも忘れがたいところです。ボウイもデヴィッド・サンボーンのサックスを採用したり(梅津和時はRCサクセションに関するインタビューで、「忌野清志郎と自分のコラボレーションは、ボウイとサンボーンのそれを参考にした」というようなことを語っています)、『アラジン・セイン』から『リアリティ』まで断続的ではありますがマイク・ガーソン(名門ジャズ・レーベル“コンテンポラリー”にアルバムあり)のピアノをフィーチャーしていました。が、それらは「ボウイのサウンドの中で、ジャズ系ミュージシャンが、それに当てはまるよう音を出している」という感じでした。でも、繰り返しますが、『★』はガチです。レコーディングがどういう手順で進んだのか(ジャズメンたちとボウイが一度でも顔を合わせたのかすら)不明ですが、個人的にはジャム・セッションの空気、やるかやられるかの殺気を強く感じました。

情報を入手して「これはすげえアルバムになりそうだ」と直感したぼくは無理を言ってこの作品を解禁前に聴かせてもらい、発売されてからも1日1回のペースで楽しんでいますが、とにもかくにも、デヴィッド・ボウイ氏は最後の最後に、ジャズに対してすごく嬉しい貢献をしてくれました。この恩をどう返していくか。「生きているジャズ」を追う者すべての課題だと思います。そして、今を呼吸するジャズメンの新作が、次々とハイレゾ化され、より多くのリスナーに届くことを願ってやみません。

 


 

■執筆者プロフィール

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada

 

 

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