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 当時本国ではほぼ無名の状態ながら、来日公演として行われた武道館ライブの模様を収めた『At Budokan』の逆輸入によって一躍人気バンドの座に上り詰めたチープ・トリック。近年に至るまでなかなか例のないこのスター誕生の裏側には何があったのか? 当時EPICソニーにて日本側の担当ディレクターとして活躍されていた野中規雄さんに、当時の思い出を振り返っていただきました。

 


 

【プロフィール】

野中規雄(のなか・のりお)

1948年生まれ。群馬県出身。72年にCBS・ソニー入社。ザ・クラッシュをはじめ、数々の洋楽アーティストを手がけた。退職後は(株)日本洋楽研究会を設立。日本が培ってきた洋楽を後世に残そうと働きかけている。FM COCOLO 放送のラジオ番組『PIRATES ROCK』の制作も6年目に入っている。

 


 

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インタビューの様子。(イラスト:牧野良幸)

 

――チープ・トリックを担当するようになった経緯を教えていただけますでしょうか。

野中 クイーン、キッス、エアロスミスって、「ミュージック・ライフ」が言い出した“三大バンド”っていうのをみんなが使うようになって。それがだんだん2年経ち3年経ちってベテランになってくると、次の顔がほしくなる。雑誌では常に新しいバンドを女の子たちに紹介していく必要があるので、その探してる中でチープ・トリックがピックアップされたっていう。でもプロモーションの力というよりは読者の反響が新しいバンドの中では一番大きかったので、東郷かおる子さん(ミュージック・ライフ編集長)が「これでいきましょう!」みたいな感じで。

――時期的には?

野中 (1stアルバム『Cheap Trick』を指して)ここ。このアルバムはすぐに出したことは出したんだけど、あんまりアメリカでも当たってないし、最初は日本でもそんなにいくと思ってなかったの。77年はエアロスミスの来日があって、まだ担当としては(エアロスミスというバンドの存在が)自分の中では大きいわけよ。しかもその時にジューダス・プリーストがCBSに移籍して、『背徳の門』が出る。それとクラッシュがイギリスでデビューしたって情報もあるから、そうするとそれらのバンドの中では(チープ・トリックは)一番下なのよ、自分の中の期待値としては。でも「ミュージック・ライフ」で新人紹介のグラビア載せたらバンと反応があったというのと、一枚目から渋谷陽一さん(ロッキング・オン編集長)がこれはいいっていう風に言ってくれてて。これはもしかしたらいけるんじゃないかって思ってたところに、このアルバム(2ndアルバム『In Color(邦題:蒼ざめたハイウェイ)』)がきたわけですよ。

――なるほど。

野中 77年の9月発売なので、このアルバムを聴いた7月くらいには「これドカーンとくるわ」と。お客さんの受けとアルバムの出来が間違いなく重なるなっていう感触と確信で。だから実のところ言うとチープ・トリックってそれほど大きなことやってないの、担当としては。

――そうなんですか。

野中 身を任せてたから。ユーザーの人に。

――ロビン・ザンダーとトム・ピーターソンっていうあの二人の美形のルックスと楽曲がまずはポイントだったんでしょうか。

野中 新人のアルバム・サンプルの中から好きなの選んでいいよって上司に言われたので、「じゃあこれ、チープ・トリックってのでいきますよ」と。エアロスミスのプロデューサーでもある、ジャック・ダグラスのプロデュースだったし。「こんなのオヤジが二人いて、受けるわけないだろ」とか言われた当初から、そもそもそんなに期待してなかったんですよ。これ(『蒼ざめたハイウェイ』)が出るまではね。ここで初めて「いい男二人とおじさん二人」ってコンセプトがはっきり出たわけだよね(笑)

――キャラ設定みたいなのを意図的にやったりとかはあったんですか、当時。

野中 このチープ・トリックってバンドに関しては全部(メンバーの)リック・ニールセンのプロデュースだから、日本側が何かイメージ作ったとかいうことじゃなくて。変なの二人といい男二人っていうのは、リックが作ったコンセプトなんだよね。ただ特にこのロビンが日本の女の子に受けたんだよ。いい男ってのは世界中にたくさんいるんだけど、ロビンの“いい男度”が刺さった。あの頃の日本の女の子たちの好みにね。

――僕もチープ・トリック大好きだったんですけど、やっぱりそのリックの変態的な感じ、ギターコレクター的な感じとか、そっちがあってこそということも言われてましたよね。

野中 このアルバム(『蒼ざめたハイウェイ』)の音が来たときに、ある意味「ミュージック・ライフ」をとるか「ロッキング・オン」をとるか選択しなきゃいけないわけです。どういうことかっていうと、たとえば日本に取材にきたときに、どこに一番最初に取材してもらうかっていう。海外取材なんかの写真も、どこに最初に持っていくかっていうことがあるので。そういうときにやっぱり「ミュージック・ライフ」にしようって思ったのは……ある意味でその後のバンドにとって正解だったかもしれない。とにかくビジュアルだったんだよ。その頃のロビンのね、俺のつけたキャッチフレーズは……「青いリンゴ」だったの。

――ははははは!(笑) ちなみに僕は関西だったんですけど、やっぱり「今夜は帰さない」っていうのが、とにかくラジオでたくさんかかってたっていう記憶があって。それでけっこう洗脳されたっていうか。

野中 このアルバムの中の2曲だけは絶対にシングル・ヒットさせたいと思ったんだ。アメリカとは全然関係なく日本だけのシングルカットができてた時代だし、アメリカでは人気のないこのバンド、日本は勝手にやってやろうと。まずはこの2曲に邦題を付けたい、しかも若い女の子向けにということで、「甘い罠」「今夜は帰さない」と付けて。

――女子ウケを狙ったタイトルにしようっていう。

野中 そう。エアロスミスの「お説教」と「やりたい気持ち」は2秒くらいでつけたけど(笑)、これはね、たぶん一日二日かかったと思う。特に「今夜は帰さない」は時間かかった。アルバムの中で邦題がついてるのはこの2曲だけだもんね。この2曲だけで決めるっていう意思がばりばり出てるよね。

――では、ちょっと聴いてみましょうか。

 

♪「今夜は帰さない」(試聴

アルバム『In Color(蒼ざめたハイウェイ)』収録
(原題:「Clock Strikes Ten」)

 

――ビートルズっぽくてサウンドが今っぽいっていうので持ってかれましたね。やっぱりビートルズって年上の人のものだったんで。

野中 そうだね。もろビートルズのおいしいところもらってるから。だからビートルズをデビューのころから体験してきた人間にとっては、「なんだこれパクリじゃないか」って言う人もいるけど、そうじゃない人たちにとってはまた新しい感じに聴こえたかもしれない。

――この流れで武道館ということになるんですかね。

野中 9月の時点でもうこの『蒼ざめたハイウェイ』がめちゃくちゃ売れちゃってるわけ。その頃に音楽舎ってところからチープ・トリック呼びますと。へえ、どこでですかって聞いたら、「武道館ですよ」と。こちらとしては「武道館? ありえないでしょう」と。5月にデビューして、ヒットアルバムが9月で、翌年の3月に武道館なんて、いくらなんだって無理でしょっていう話をしたんだけど、「いやもう決めたんだからやります」「ミュージック・ライフも人気凄いって言ってます」みたいに返されて。まあ、うちがリスクを負うわけじゃないからいいかなって思ってたら、(音楽評論家の)福田一郎さんが「アメリカの前座バンドを武道館でやるなんて何事か!」みたいに怒ったんですよ。

――(笑)

野中 つまりね、武道館っていうのはビートルズから始まったように、実力もステータスもあるバンドがやる場所なんだと。

――そんな簡単に出るなよと。

野中 そうそう。アメリカで誰かの前座しかやってないようなバンドがちょっと人気が出たからって武道館でやるなんてありえないって。だいたい30分か45分しかやれてないはずだから、そいつらが武道館のステージができるわけがないと。ハコとサイズでもって負けちゃうだろっていう風に福田先生は言ってたんですよね。

――まあわりと正論ですよね。

野中 そう。で、みんな「そう言われてみたらそうかもな……」と思うわけじゃない。ところが、それをクリアしちゃったのは、チープ・トリックっていうバンドとあのファンだよね。まず第一にチープ・トリックが30分45分のバンドじゃなくて、2時間でもできるバンドだったということ。前座をやっていたけれども本来彼らはずっと地元でやっていたから演奏力もあるし、構成もできる想像以上のライブバンドだったということがひとつと、武道館を埋めたお客さんたちが「ギャー!」って言ってくれたおかげで、ステージもレコーディングも派手になった。

――でもその前にもうレコーディングを決められてるわけなんで、それはわかってなかったわけじゃないですか。見切り発車なわけで。

野中 あのね、“LIVE IN JAPAN”って当時の日本のレコード会社はわりとみんな録ってたのよ。ブラジル音楽でもジャズでも日本にきたら“LIVE IN JAPAN”を録るっていうのがあって、もうひとつは洋楽のディレクターっていうのは自分で音が作れないから、音を作りたいんだな。

――企画を。

野中 そうそう。自分の制作でレコードを出すのに一番手っ取り早いのが“LIVE IN JAPAN”。だから来日アーティストが来るときはだいたいオファーしてるわけ。で、その頃の契約っていうのは、今みたいに地球上全部同じ契約書でできてるもんじゃなくて、テリトリーごとに違ってたりしたものだから、日本だけで発売するのはわりとね、楽だったの。本国でレコード会社とアーティストが結んでる契約に触れずに日本だけプラスアルファの契約ができたのね。でもその代わり、「日本だけだからね、他の国に持っていくなよ」って条件がついて。それでエアロスミスは断られたの。

――あ、なるほど。

野中 ジャニス・イアンは録れた。でも売れてないから、無名なレコードだけどさ(笑) 同じようにジューダス・プリーストも録った。どんなアーティストにも当たり前のように“LIVE IN JAPAN”録りたいっていうオファーは出してたの。

――なるほど。じゃあそのときはそんなにヨダレが出てたってわけでもなく……。

野中 いやヨダレは出てたよ(笑)。1978年の4月来日でしょ、10月には新会社・EPICソニーができるから、その第一弾にしてががーん!と広告打とうと。結局「Don’t Look Back」(ボストンの2ndアルバム。EPICソニーの洋楽第一弾アルバムになった)の次になったけど、7万枚だか8万枚だか売れたわけ。なのでもう成果は上がったなと、担当ディレクターとしては、『蒼ざめたハイウェイ』が売れて、来日公演があって、『Heaven Tonight(邦題:天国の罠)』も売れて、『At Budokan』 まで7万か8万売れて御の字、もうこれで特賞(ボーナス)の査定はいいわけよ、すでに(笑) だってアメリカでも売れてないバンドで武道館いっぱいにして、そのライブ盤が10万枚近く売れちゃったわけだから、ああOKOK、俺っていい仕事したなと。そしたらアメリカで『At Budokan』が発売になったの。アメリカの発売まで野中がやったかと言われたら、何も動いてないからね。

――最初は(日本からアメリカへの)輸出盤ってことですよね。

野中 そう。だから謙遜ではなくてチープ・トリックの場合は運のよさがね、どんどんどんどん重なっていったっていう。そういえば、つい数年前にアメリカのエピックの当時のシカゴのプロモーター……そいつがこの日本盤をDJのところに持っていって、「これ面白いぜ」って言った張本人だってのがわかって。

――ああ、歴史の生き証人というか……縁結びをしてくれた人が。

野中 そうそう。もちろん全然知らない人なんだけど、もし会えたら面白いよね。日本の担当者である自分と、アメリカで最初にこのアルバム(日本盤)を認めたその人とが。そうして輸出盤が評判になって、6万枚だか7万枚だか日本から出荷された頃、EPICはラジオOA用に何曲かピックアップしたDJコピーみたいなものを放送局に配布したんだけど、もう間に合わなくなって、遂には「アメリカでも発売することにしたから、アルバムカバーのアートワークを送れ」って連絡が入った。それからすぐにイギリス盤も出る、ドイツでもカナダでも出る、どこで出るで、うわーすごいなこれはって言ってたら、あっという間に200万枚みたいな。

――とんでもないですね……日本で発売してから向こうでチャートアクションが出るまでの期間ってどれくらいなんですか?

野中 えっとね、半年ぐらい。年明けには輸入盤が向こうに届いてるからね。シカゴのDJが「ビートルズみたいだ!」って紹介したのが広がっていったんだけど、実はアメリカのDJもリスナーもビートルズ以降ああいう(観客が)「ギャー!」って歓声を上げる文化を知らないんだよね。ところが日本はずっと伝統としてあったから。クイーンもそうだし、ベイ・シティ・ローラーズもそうだったから、チープ・トリックで「ギャー!」って言うのは当たり前なんだよね。でも、アメリカの人たちはクイーンでもベイ・シティ・ローラーズでもあそこまでじゃなかった。いきなりチープ・トリックのライブ音源の「ギャー!」をラジオで聴いて、「何コレ!?」って。目新しさっていうか、珍しさがあったんだよね。

――曲は何がシングルカットされたんですか?

野中 アメリカも日本の真似で「I Want You to Want Me」(邦題:甘い罠)を。それが初めてのチープ・トリックのシングルヒットになったんだよね。

――武道館はレコーディングのセッティングだとかジャケットだとか、どういう風に関わられたのでしょうか。

野中 鈴木智雄さんっていうエンジニア(当時CBSソニー所属)がチープ・トリックを録ってくれることになって。あの人のところにいたスタッフが実はジャニス・イアンを録ったのと同じスタッフなのよ。だからジャニスを録ったときと同じ機材と同じスタッフで二度目なので、じゃあそういうことでお願いしますって、あとはお任せ。

――録ったのは一日だけですか?

野中 武道館と、あと大阪。大阪での演奏も混ぜてあるんだよね。

――ディープ・パープル(アルバム『Live in Japan』)方式で。

野中 そうそう。

――ジャケットには関わられていたんですか?

野中 ジャケットは……たぶん三浦憲治さんだと思うんだけど。あと長谷部宏さんとうちが頼んだカメラマンの人の写真の中から選んで、ジャケットを起こした。

――日本発売で当然イニシアチブもあるし、アートワークもそのまま向こうに行ったっていうことですよね。

野中 そうそうそう。でも本人たちは後になってどこかで読んだけど、気に入ってないんだって。なんかヤギかロバみたいに見える、とか言って(笑)

 

野中 いまでこそパワーポップだとか言われてるけどさ、あの頃はイメージとしてはやっぱりアイドルバンドだよね。捉えられ方としては。だから男の子のファンは少なかった。98%ぐらい女の子だったんじゃない? 隠れチープ・トリックファンって男の子はいたけど……表に出てこれないのよ、恥ずかしくて。

――(笑) 自分はすごい好きでしたけど、確かにライブに行こうとかいう風にはならなかったかもですね。やっぱり『Dream Police』が出て、あまりにソフトになってたんで超がっかりしたっていう……。

野中 そうだよね。あのね、これも何回かいろんなところで言ってるんだけど、このアルバム(『At Budokan』)が出たことによる悪い影響ってのがこういうところに出てくるわけだよ。で、具体的に何かっていうとこれ(『Dream Police』)だってプラチナ・ディスク獲ってるんだよ。

――はい。

野中 売れてるのにみんな『At Budokan』しか言わないわけ。アメリカのマスコミの人もファンの人も……だから「『At Budokan』のチープ・トリック」っていうことをずっと言われちゃって。結果90年くらいからダメになっちゃったね。その段階で終わったと思ったもん、俺も。「あ、消えたな」と。「チープ・トリックってバンドが昔いたよね」みたいな。ところがそれが盛り返してきてるってのが最近なんだよね。

――ついにロックの殿堂入りしましたよね。

野中 今年にね。ロックの殿堂入りってのはさ、すごいんだけど、(チープ・トリックには)似合わないよね。しかも一緒に殿堂入りするのがシカゴとディープ・パープルで。そこにチープ・トリックって……チープ・トリックはノミネート自体初めてされたのよ。5回も6回もノミネートされて取れないのもいる中でね。その人たちに比べると、ノミネートされてすぐ決定!みたいなさ。

――でもミュージシャンへの影響力ってのはすごくありますよね。パワーポップのシーンやら、スマパン(The Smashing Pumpkins)だなんだって。

野中 ミュージシャンに好かれる、いわゆるミュージシャンズ・ミュージシャン。特にリックがそうみたいだよね。自分のところのレーベルからか、インディーズだったと思うんだけど、『ロックフォード』ってバンドの出身地をタイトルにした原点帰りのアルバムを出して、そのアルバムの次に35周年の来日公演をやるの。2008年。その年かその翌年くらい、『ザ・レイテスト』ってアルバムを出すわけ。この『ロックフォード』と『ザ・レイテスト』って2枚のアルバムが、出来がすごくいいのよ。だから結局チープ・トリックってね、曲がいいっていうのはやっぱり一番強くて。しかもそれを表現するロビン・ザンダーっていう歌手はとんでもない歌手だと思う。いまにして思うに。曲によって歌い方が変わる。最初のうちは俺も女の子にウケるアイドルでいいやとか思ってたんだけど、実はこのリックが仕掛けてるバンドのコンセプトとか楽曲っていうのを、特に最近のアルバムを聴くと、すごくクオリティが高いのよ。『ザ・レイテスト』ってのはね、捨て曲なしでほんとにいいですよ。それがもう7年前のアルバムかな。で、今年4月にチープトリックの新譜がユニバーサルから出るんだけど、ビッグ・マシーンっていうテイラー・スウィフトやエアロスミスのスティーヴン・タイラーが契約してるレーベルで。これもいいよ。

 

――『At Budokan』で一曲選ぶとしたら何ですか?

野中 やっぱり一曲目の「Hello There」じゃないかな。暗転の瞬間にぞぞぞぞぞってしたんだよなあ、あの時。

 

♪「Hello There」(試聴

アルバム『At Budokan』収録

 

野中 音を出す前に「ギャーッ!」ってなって。やったわと。ギャーッと言わせてやったわと。

――(笑)

野中 あれはね、担当者冥利につきるってやつだったと思う。自分の担当してたアーティストが、アメリカで全く売れてないのに日本に来てこのありさま、みたいな(笑)
『At Budokan』が78年じゃない? その後2008年に一回だけ武道館でやりに来てるのよ、30周年ということで。さっき言った『ロックフォード』と『ザ・レイテスト』の間に武道館が入ってるわけ。結局彼らにとっていい意味でも悪い意味でもポイントになってた武道館を、自分たちのふるさとの名前を冠した――ロックフォード――っていうアルバムを作って、もう一回やり直そうみたいな、その流れの中に入れたんだよね。一回だけ。で、実はその年の6月に野中、定年退職なのよ。

――すごいシンクロですね(笑)

野中 しかもね、その日はチープ・トリックが武道館やっていて、もう一個ビルボード東京でジャニス・イアンがやってたのよ。

――ご担当されていた。

野中 そんなことがあって(笑) だから武道館を観た翌日にビルボード東京でジャニス・イアンを見たんだけど。その辺の自分の個人的なことも含めて思い入れがあってさ。

――チープ・トリックのメンバーとは合われたんですか、そのタイミングで。

野中 ええ。チープ・トリックは……たびたび会ってる。

――メンバーの方々はそれぞれどんな方なんですか?

野中 それぞれのってのは上手く言えないけど、ただこのグループのすごいのは、ライブをいまでもやってることだよね。

――現役感がある。

野中 だからさっきの「殿堂入りが似合わない」っていうのは、現役だからなんだよね。あと偉そうにしてないの、4人がライブをやってても。で、いまも100本以上やってるらしいんだよ。毎年。リックなんてもう70歳近いんだよ!?

――バーニー(・カルロス)なんかもっと上ですよね? 確かいまはライブには参加していないとか。

野中 バーニーはああ見えてリックよりは若いんだけどね。仰る通りもうツアーバンドからは外れてて、いまはリックの息子がドラムを叩いてる。しかしそれでも100本はできないよ。もし日本のバンドが結成何十周年とかでツアーやったとしてさ、それでおしまいじゃない。10本15本切って「今年はいい記念の年でした、お疲れ様でした、またいつか会いましょう」じゃない。毎年100本やってんだよ!? だからそれがチープ・トリックの現役感でありすごさであり、ロックの殿堂入りが似合わない最大の理由で、ニューアルバム聴いてもいいじゃんって思わせるってことだと思うよ。だから担当してた当時よりも後になってきてチープ・トリックってすごいんだなって担当者が気がついたっていう(笑) 時間が経つにつれてすごかったんだな、みたいな。世間におけるバンドの評価も、そういう気がするしね。

 

(インタビュー&テキスト:mora readings編集部)

 


 

チープ・トリックの配信一覧はこちら!

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「匠の記憶~Memories of Legend~」バックナンバーはこちら

 

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第17回:マイケル・ジャクソン『オフ・ザ・ウォール』

~一夜にしてハイレゾの怪物アルバムに~

 

 

 マイケル・ジャクソンの『オフ・ザ・ウォール』がついにハイレゾで登場した。FLAC(96kHz/24bit)での配信。アルバムへの思いはいろいろあるが、まずはハイレゾを聴いてみよう。

 1曲目の「今夜はドント・ストップ」から猛烈な音がシャワーのように飛び出してきた。ひとつひとつの楽器音に張りがあり、まるで駿馬の筋肉をもつような音である。そのせいか細かいパーカッションの音があちこちでよく聞える。これは「粒立ちがいい音」というよりも「生命感のある音」と言ったほうがふさわしい。続く「ロック・ウィズ・ユー」も同じくらいパワフルだ。加えてバッキング・コーラスの繊細な響きにも耳を奪われた。

 

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 この2曲を聴いただけで、『オフ・ザ・ウォール』のハイレゾがこれまでのハイレゾとは一線を画す仕上がりだというのが分かる。これ以上言葉で説明すると、とんでもない形容詞を使いかねないので、ここは僕なりにハイレゾの音をイラスト化したので、そちらをご覧いただきたい。実際のハイレゾの音はこのイラストでも十分に描けなかったくらい精緻でパワーあふれる音、生命力のあふれる音である。

 

 一般にマイケル・ジャクソンといえば『スリラー』が最高傑作とされている。しかし音楽的な好みなら『スリラー』よりも『オフ・ザ・ウォール』を好む人も多い。かくいう僕もそうだ。『オフ・ザ・ウォール』には、丁度ビートルズの初期がそうであるように、エヴァー・グリーンなマイケル・ジャクソンを感じるからである。若いマイケルの音楽性に脂の乗りきったクインシー・ジョーンズがマジックを施したアルバム。それが『オフ・ザ・ウォール』であろう。

 ただ音質的にはやはり『スリラー』のほうが上という思いはあった。というか『スリラー』があまりに高音質すぎたのであるが。その『スリラー』が15年以上も前にSACDという高音質ソフトでリリース(現在はハイレゾでも配信中)されたのにたいして、『オフ・ザ・ウォール』はずっと音沙汰なしだったのだ。

 そんなところにようやく届いた『オフ・ザ・ウォール』のハイレゾなのである。嫌でも期待は高まるのであるが、そんな期待を軽々と越えるほどハイレゾの音質は、それこそ想定外だった。エヴァー・グリーンなマイケルやクインシー・ジョーンズのマジックと張り合うほどに、ハイレゾの高音質がバシバシと押し寄せてくるのである。これらが三位一体となって、ハイレゾで聴く『オフ・ザ・ウォール』は『スリラー』なみの怪物アルバムになった気がする。

 

 ここ数年ハイレゾを聴く機会が多くなったのであるが、次から次へと配信されるハイレゾを聴いていると、正直、最初の感動が薄れてきて耳が慣れてしまったところがある。同時に音の良し悪しを判断するハードルが上がってきたことも実感していた。要するに、好むと好まざるにかかわらず、少々の高音質では感動しない体質になってしまったのである。

 しかしこの『オフ・ザ・ウォール』のハイレゾは、そんな僕の麻痺しかけていた耳に一撃を与えた。「今夜はドント・ストップ」が始まるや、まるで生まれて初めてハイレゾを聴いたような衝撃だったのだから。たぶん僕だけでなくほとんどの方が同じ感想をもたれると思う。ここのところ「ハイレゾのおススメは?」と訊かれると、あれもこれもと浮かんで何も選べなかった状態であったが、これからは『オフ・ザ・ウォール』を上げることに躊躇しないであろう。そう考えると『オフ・ザ・ウォール』は一夜にしてハイレゾの代表作になった。その意味でもやはり怪物アルバムだ。さすがマイケル・ジャクソンと言うほかはない。

 


 

☆大好評配信中!☆

Off the Wall/Michael Jackson
(FLAC|96.0kHz/24bit)

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【牧野 良幸 プロフィール】
 
1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。
 
 
 
 
 

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Vol.27 Theme : ワッキーの半分マンより四半世紀も先に半分マンを実践していた偉人

日高央の「今さら聴けないルーツを掘る旅」バックナンバーはこちら

 

 モーターヘッドのレミー、デヴィッド・ボウイ、イーグルスのグレン・フライ、そして今回追悼するのは……アース・ウィンド&ファイア(以下アース)のVo.モーリス・ホワイト。音楽界の進撃の巨人たちが次々と逝去してしまうので、なんか2016年ももう半分ぐらい過ぎたような気がするけどまだ初春。濃い一年になることは間違いなさそう!

 リアルタイムでアースを知ったのは、まさにお茶の間のイメージを決定した「Let’s Groove」の80年代アース(特大ヒット作『Raise!』収録)。ホーンや女性コーラス隊も交えた大所帯のバンド編成で、シンセもフィーチャーした派手なアレンジとラメッラメの衣装、当時の最新合成技術によるMVもド派手で、小林克也大先生MCの『ベストヒットUSA』にチャートインしてきた映像が初対面かしら? キャッチーな楽曲の魅力もさることながら、何より御大モーリス・ホワイトの半分アフロ……溢れんばかりのアフロが、頭の後ろ半分、後頭部にしかないという衝撃の髪型! の絶大なインパクトが今でも鮮明に焼き付いている……むしろ曲よりもルックスのパンチで忘れられなくなったというか(笑)。

 その後モーリス・ホワイトとダブルVo.というスタイルで歌ってたフィリップ・ベイリーが(最初はモーリス御大のインパクトが強すぎて彼の存在に気付いてなかった、すまん!)、ソロを出したり、フィル・コリンズとのデュエット「Easy Lover」をヒットさせる等して存在感を出してくると、なるほどモーリスの太い声と、フィリップの繊細なファルセットの組み合わせがアースの真骨頂なのか! と気付き、過去の代表作も積極的にディグるように。

 すると70年代アースは、自分が思っていたようなド派手なだけのグループではなく、当時の最先端であるプログレやブラスROCKを融合した、全く新しいファンクBANDであることが判明! しかも御大モーリス・ホワイトは、幼少の頃ブッカーTと幼馴染で、元々はJAZZドラマー出身でエタ・ジェームズやラムゼイ・ルイスの作品で叩いてたりと、カッコイイ経歴が続々出てくる、出てくる……ごめん、メチャクチャ腕のあるミュージシャンだったのね……「半分アフロ」とか呼んでてゴメン!(笑)

 しかもソロでもセルフ・タイトルな『Maurice White』を大ヒットさせてるし(これまた当時最先端のA.O.R.風味な、大人のR&Bアルバム。大名曲「Stand By Me」のアフロなカヴァーもカッコイイ好盤)、「Best Of My Love」のヒットを放った女性Vo.グループのエモーションズや、大ヒット映画『フットルース』のサントラで「Let's Hear It For The Boy」を歌ったデニース・ウィリアムズのプロデュースなんかも手がけてて、メチャメチャ多彩! っつうか天才レベルじゃん……マジで「半分アフロ」呼ばわりゴメン!

 晩年はパーキンソン病や神経症を患って、アースのLIVEにも不参加だったりで表舞台からは姿を消していたものの、裏方としてプロデュース業務には携わっていたようで、やはり根っからのミュージシャン。真のミュージック・ラヴァーな姿勢を貫きながらも今年永眠……激動の70~80年代を生き抜いてきた音楽魂は、きっと天国でもファンキーな音楽を奏でていることでしょう……そんなモーリス・ホワイト大先生に、とっておきの情報を一つ……YOUR SONG IS GOODのGt.、ヨシザワ "モーリス" マサトモは、学生時代パーマかけた時にあなたそっくりのルックスになってしまったので、あだ名が<モーリス>になったそうです……多分、半分アフロみたいになっちゃったんだと思います!(笑)

 

名曲の数々を収録のベスト盤!

The Best Of Earth, Wind & Fire Vol. 1

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↓Earth, Wind & Fire 配信一覧はこちらから↓

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【日高央 プロフィール】

ひだか・とおる:1968年生まれ、千葉県出身。1997年BEAT CRUSADERSとして活動開始。2004年、メジャーレーベルに移籍。シングル「HIT IN THE USA」がアニメ『BECK』のオープニングテーマに起用されたことをきっかけにヒット。2010年に解散。ソロやMONOBRIGHTへの参加を経て、2012年12月にTHE STARBEMSを結成。2014年11月に2ndアルバム『Vanishing City』をリリースした。

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スクウェア・エニックスの贈る大人気シリーズ「FINAL FANTASY」の最新ナンバリングタイトルであり、オンラインゲームとして好評稼働中の『FINAL FANTASY XIV』。シリアスなストーリー展開に合わせたドラマティックなサウンドの数々を手掛けるのは、BGMのライブ演奏やイベントMCなどでも積極的に活動する人気コンポーザー、祖堅正慶氏だ。今回moraではそのサウンドトラック「Heavensward」がハイレゾ配信されることを記念し、スペシャルインタビューを実施。自他ともに認めるゲーム好きの三人によるインタビューで、その「ゲーム音楽家」というスペシャルな技能にかける矜持が浮き彫りになった。『FFXIV』ファンの方もそうでない方も、ぜひお楽しみいただきたい大ボリュームのテキストである。

 


 

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インタビューの様子。聴き手になったのは自他ともに認める生粋の「FF・マニア」三人。

 

■ルーツについて

――まずは祖堅さんの音楽のルーツをお伺いしたいと思います。音楽を始めるきっかけとか、どういう風に勉強していったかというのを……。

祖堅正慶(以下、祖堅) はい。家がわりと音楽環境に恵まれており、親父がラッパ吹きで、母親がエレクトーンの先生をやっていました。家が(音楽)教室だったので、一階で教えている音が丸聴こえの状態で。生徒さんが帰ったあと、家にピアノとエレクトーンがオモチャとしてあるので遊んでいたという感じですかね。

――もう自然と当たり前のように楽器に触れていたと。

祖堅 そうですね。気がついたら触っていたという感じです。

――そこからわりとすぐいろんな音楽のCDを聴いてらしたんですか?

祖堅 いやでも、幼少のころは普通にベストテンを紹介する歌番組などを見ていました。実は母が銀座ヤマハで働いていて、彼女も音楽大好きなんで、家にたくさんレコードがありました。まあ、それをつまんなそうに聴いてたりとか(笑)。それ以外はテレビからの情報だったりして、カセットテープレコーダーに録音とかしたりしていました。そんなに人と違う音楽を聴いてたことはないかなあと。

――なるほど、じゃあ普通に歌謡曲とかポップスを聴いたり。

祖堅 そうですね、クラシックを聴く機会は人よりはだいぶ多かったと思うんですけど。で、高校くらいになって悪い友達にロックを教えてもらって(笑)。そこからわりとずっとロックが好きかもしれないですね。

――きっかけになったアーティストとかはいますか?

祖堅 一番に最初に聴いたのがたぶん、『メタル・マスター』(METALLICAの3枚目のアルバム)だと思うんですよ。

――おお(笑)

祖堅 ずっとポップスだ、クラシックだ、ジャズだってところを聴いてたんで、「なんじゃこりゃ!」って感じだったんですよね。でも何か気になったんでしょうね、聴いていくうちにだんだんかっこいいなと思うようになって。

――小・中学校のころからクラシックやジャズを聴いていたということで、「他のヤツらはちょっと浅い」みたいな、それこそ“中二病”みたいなのってなかったんですか?

祖堅 たぶんそういう、「この音楽がかっこいい」とかいう概念がなかったんだと思いますね。純粋に「好きなものは好き」、という感じでした。分け隔てなく……ジャンルの違いとか、たぶんわかってなかったんだと思うんですよね。

――子供のころの一番印象に残ってる記憶……曲とかアーティストとか、何かありますか?

祖堅 それを言うと、一番古い記憶は幼稚園で……又聞きなんですけど、みんなでわーっと遊んでるときに、僕は延々部屋の中でレコードかけてるようなやつだったらしいんですね。全員に対してBGMを流してるみたいな。

――おお~。

祖堅 その時に流してたのが……「およげ!たいやきくん」とかじゃなかったかなと(笑)。

――そこは普通に(笑)。お母様のレコードを持ってきてとかではなく。

祖堅 ソノシートしかかけられない、小さいプレイヤーしか幼稚園にはなくて。幼稚園にあるライブラリしか使えないので「およげ!たいやきくん」を幼稚園でかけてる傍ら……その時自宅にあったレコードで一番好きだったのは、ハービー・ハンコックの『ヘッド・ハンターズ』だったんですよ。

――ほお!

祖堅  「たいやきくん」とハービー・ハンコックがたぶん自分の中では同じ(価値)で。

――それもすごいですね(笑)

祖堅 そのときも多分、ハービー・ハンコックがすごい、とかはわかってないんですよ。好きなだけで。あとで「ふ~ん」みたいな(笑)

――普通と順番が違うんですね。情報の前に(音楽が)入ってきてると。

祖堅 そうですね。

――その後、実際作曲とかを学んでいったのはどんな感じだったんですか?

祖堅 作曲とか、別に勉強してないんですよ。大学も……将来のことをいろいろ考える年になって、一回は化学の道に進もうと思って。高3から慌てて猛勉強して大学に入ったんですけど、大学4年間勉強して一番わかったことが「自分は化学に向いてないな」ということでした(笑)。そこでゲームも好きだし音楽も好きだし、というところで、それまで全然知らなかったんですけど、ゲーム業界にサウンド制作で働く場所があるらしいと知って、とあるゲーム会社を受けました。入社して、そこからゲームサウンドの仕事を始めた感じですね。でもそのときも、効果音主体の仕事だったんで、別に曲を書いたりとかはしていませんでした。

――「バンドでメジャー目指そうぜ!」的な道はなかったんですか。

祖堅 あ、高校のときはバンドやってましたね。なんかそんな空気もあったんですけど、まあせいぜい、2,3ヶ月ですかね(笑)

――短い(笑)

祖堅 でも大学の時のバンド活動は、わりと精力的にやってましたね。

――コピーバンドですか?

祖堅 そうですね。大学入ってからはオリジナルやろう、なんて言って作ったりもして。そのころの音源は恥ずかしくて出せないですけど(笑)

――残ってはいる?

祖堅 探せばあるんじゃないですかねえ。わかんないですけど。4トラックのMTRでメタルテープに録ってたから。もう聴けるものはないかもしれないですね。

――いわゆるクラシック、堅い音楽というのとロックというのが両軸にあって、ご自分の中でのその整合性というのはどのように取っていたのかなと思って。

祖堅 うーん、あんまり取ってなかったと思いますよ。気にしてないというか。確かにクラシックは同じことを繰り返している、古臭いなあと思うところもあるんですけど、でもロックも結局4人でやったり3人でやったりして、ギター・ベース・ドラムで……って同じことを繰り返してるから。オーケストラはオーケストラでかっこいいなと思うのは、弦楽器って管楽器に比べて音が小さいから、一緒に演奏すると聴こえない。じゃあ人数集めて鳴らそうぜ! というのは、発想的にはすごくロックだなと。

 

■作曲について

――いまオーケストラの話が出ましたけれども、祖堅さんの色々なインタビューを拝見していると、やっぱりルーツ、いままでやってきた音楽というのはロックが多くて、「蛮神戦」のようにロックな曲も多い中……「天より降りし力」とか、「希望の都」が私はすごく好きなんですけども、ああいういかにもオーケストラの魅力が前面に出た曲も作られているなというのを感じてまして。祖堅さんの中にオーケストラサウンドが取り入れられたきっかけであるとか、あるいは自分の中でのオーケストラのイメージはこの作曲家、とかこの曲、というのはありますか。

祖堅  オーケストラでいうとモーツァルトが好きなんで、その辺なのかなとも思うんですけど、ゲームでモーツァルトっぽいと少し落ち着きすぎるので(笑)

――もうちょっと華やかですよね。

祖堅 そうなんですよね。スクウェア・エニックスはRPGっていうジャンルのゲームがすごく多いんですけど、RPGにおいて激しく戦う箇所って、積み上げて積み上げて、積み上げた結果として一瞬輝く、というものが多いと思うんですよ。で、その積み上げていく部分のほうが、時間的には圧倒的に長いんですね。その「積み上げていく」部分にオーケストラ調がマッチするっていうことで、まあオーケストラがわりと多い感じですね。で、バトルの箇所にロックをバキっと入れると、メリハリがつくんでそうしてるんですけど、ユーザーさんのゲーム体験の中でも、一瞬のバトルの印象がやたら強いんで、やっぱり記憶に残るんですよね。たとえば今回のサウンドトラックは、約60曲近く入ってるんですけど、オーケストラ構成の曲のほうが多いんですよ。いままでのコンテンツもオーケストラのほうが圧倒的に多いんですけど、話に上がるとなると「『FFXIV』ってロックの曲が多いよね」となります。あまり多くないんですけどね(笑) 印象に残るっていうのは、やっぱりゲーム体験に紐付いてるからなのかなと思います。

――演奏家の立場からすると、特に金管なんかは、本当においしいところを使ってこられるので。何かやっぱりオーケストラにもバックボーンがおありになるのかなと思っていたんです。

祖堅 あ、でも金管は特に気にしますね。親父がトランペッターだったわけですけど、僕はホルンとトロンボーンを大事にするかもしれないです。重厚、っていうと軽々しいんですけど、そういうどっしりとした中にも華やかさがあるっていうのが、ホルンとトロンボーンでできるので。わりとその2つを主軸にしていますね。で、ラッパは合いの手を入れてくるって感じで使うことが多いかもしれないです。

――お話を聞いていると、それが本当に生のシンフォニーを書くときの定石とか注意すべきことっていうのにすごく近いので、それを意識されずに作ってるっていうのは、やっぱり昔から幅広いジャンルを耳から体に入れてこられたってことなのかなと思いました。

祖堅 あとは昔エレクトーンをやってたので、オーケストラの曲をエレクトーンでそれっぽく演奏しようってなると、弾いてる最中はなんか妄信的になって、「わー、もうあの曲できちゃった!」とかって感じになるんですけど、それをツーミックスで聴くとすごく「ザ・エレクトーン」みたいな感じになるんですよね(笑)。オーケストラを作るときは、鍵盤でフレーズを入れていくことが多いんで、弦の和音などはわりと「エレクトーン弾き」をしちゃって、コードをバシバシバシって入れていくと、オーケストラの響きと全然違うんですよ。オーケストラは下から上まで豊かに和音を響かせてるんだけど、エレクトーンの場合はすごいクローズドで「べーッ」って三つ流したりとか、っていうのが多くて。別にそれを法則で学んだわけじゃないんで、響きで「なんか違うなあ」って直してる感じですね。だから譜面に起こして奏者さんに渡したら「ふざけんなよ!」ってなるところは絶対多いと思います(笑)。この間もティンパニの人に怒られて……「こんなの叩けませんよ!」って。

――そういう時はどうしてるんですか?

祖堅 ……直します(笑)

 

■ゲーム(音楽)との出会いについて

――次に、祖堅さんの考えるゲーム音楽とかゲームに対する考えというのをお聞きしたいと思います。ゲーム自体もさっきプレイされてたって仰っていましたけど、始めはどんなゲームから入ったというのはありますか?

祖堅 小3で『ドラゴンクエストII』を始めて、『ドラゴンクエスト』に戻って、そこからスタートですね。

――そうなんですね。

祖堅 あっでも、それ友達の家でやってたんですよ。自分の家にきたのは『ドンキーコング3』、ファミコンの。あれが一番最初ですね。

――「ファミコン神拳」(「週刊少年ジャンプ」に連載されていたテレビゲームの紹介コーナー)は読んでなかったんですか?

祖堅 ああ、読んでましたよ。

――そのころ『ドラゴンクエスト』をすごい推してたじゃないですか。でもそちらにはいかなかった。

祖堅 そうですね。たぶんその頃ゲームって、デパートのおもちゃ売り場で買う感じだったと思うんですけど、そのときたまたまお店に刺さってたカセットが『ドンキーコング3』だったんでしょうね(笑)

――なるほど(笑) そしてインパクトがあったのは『ドラゴンクエストII』。

祖堅 そうですね、一番最初に友達の家でやって面白いなーって思ったのは。

――そのころは音楽に対して「ゲームなのにすごいなー」というのはあったりしたんですか。

祖堅 なんかしゃべりながらやっていたから、あんまり音は聴いてなかったかもしれない(笑) いつぐらいかなあ、印象に残るようになったのって……まあいつぞやから「ゲームってすごいな」って思うようになったというのはありますね。劇的にびっくりしたのは、やっぱりメディアがカセットROMからCD-ROMに変わったときで。友達の家に『イースI・II』っていうPCエンジンのゲームがあって。それがCD-ROMで出てたんですよね。僕は持ってなかったんですけど。『I』と『II』がひとつのパッケージに同梱されてて、『I』から『II』に移るときに、ムービーシーンみたいなのが入るんですよ。そこでいままで聴いてた「ピコーン」っていうファミコンとかスーファミ(スーパーファミリーコンピュータ)の音じゃなくて、まさに音楽メディアから流れてるような音がそのままゲームから流れてきてるから、「えっ、どうなってるの!?」みたいな感じになって、それもあってハードウェアにめちゃめちゃ興味が出て。そのときはすごくショックがありましたね。

――その後はなんとなくゲームのサウンドを作りたいという風に、自然になっていったんですか?

祖堅 いやあ、思わなかったですね、ゲームのサウンドを作るっていう仕事が存在すること自体知りませんでした。就職活動中にゲームしして、「あっ、ここで音作ってるんだ」ってわかって、気が付いたくらいですから。わりと大学近くまでわかってなかったんじゃないですかね……制作にあまり興味がなくて、ただゲームが好きで遊んでるだけみたいな。

――じゃあゲームはもうずっといろいろやっていて。

祖堅 そうですね。だいぶやってますね(笑)

――「心のゲーム」といえばなんですか? 全部ひっくるめて。

祖堅 それは重たい質問ですねえ……(笑) まあ、そういう意味では『FINAL FANTASY XIV』かもしれないですね。作って遊んで、と、両方やってるし。そしていろいろあったし……一回失敗して立ち直らせたっていうのもあるし、思い入れはやっぱり強いですね。

――いまでもゲームをプレイする時間ってあるんですか?

祖堅 夜中に、睡眠時間を削って……(笑) いまは『スター・ウォーズ』が一通り山を越えたんで、後輩に誘われて『コール・オブ・デューティ』をやっています。

――おお。ゲームをプレイする時間ってあるんですか。

祖堅 夜中に(笑) 睡眠時間を削って。

――すごい(笑) そして、『FFXIV』もがっつりやってると。

祖堅 そうですね。やっぱりゲームを制作するにあたって、サウンドもそうですけど、グラフィックもそうですし、プランナーもそうですし、プログラマーもそうなんですけど、ゲームを遊ばないとだめだと思いますね。お客さんがどういうものに対して刺激を感じるかとか、楽しいかとか、ゲーム体験がより盛り上がるにはどうするべきかというのはやっぱりプレイしないと絶対わからないので。開発が忙しくなって「ちょっと離れてえなあ」ってときも、欠かさずやってます(笑)

 

■ライブ演奏について

――それでは次の質問なんですけど、ゲーム音楽の演奏について。イベントでご自身が演奏されたりとか、コンサートで取り上げられたりとか、ファンがいろいろ演奏したりとかありますけど、演奏に関してこうしたいとか、考えというのはありますか。

祖堅 盛り上がればなんでもありかな、と思うんですけど、僕はゲーム音楽の制作に特化してる……その音楽が鳴るゲームに対して作っていて、それ以外のために作ってるわけじゃないんですね。だからたとえば『FFXIV』の楽曲の一部を切り出してどこかで使われました、とか言われても、あまりなんとも思わないんです。どんどん使ってください! という感じですね。実際にゲームをプレイされている方の感情が動いたりすれば満足ですので。(ゲームに対して作った曲は)もう産み出したものなので、その後「俺の曲になんてことしやがる!」ってのは全然思わないんですよ(笑)。だからアレンジをされたりする(プレイヤーの)方とかも結構いらっしゃるんですが、ルールの範囲内であればもっと「やってくれ!」と感じますね。たまにルールを守らない方がいらっしゃるんで、そこはルールを守った上で広めていただければなと。先日もニュース番組に制作した楽曲が使われたみたいで……ユーザーさんが(放送局に)いるのかもしれないですね。
ゲームの音楽って特別なんですよ。普通のパッケージとして売られてる音楽と圧倒的に違うのが、ゲームの体験とともに入ってくるものだというところで。もちろん一般的に売られている音楽を聴いたときにも、聴いた方のその時の様々な感情とリンクすれば、大切なものとして昇華されると思うんですけど、ゲーム音楽って、我々が作ったゲーム体験を、ユーザーさんがプレイすることで共有して体験していくものなんで。しかも『FFXIV』はネットワークゲームなんで、見ず知らずの人とマッチングして、「さあ行くぞ」って冒険しに行くんですね。イベントで、全然友達じゃないお客さんがたくさん集まって、年齢も出身地もバラバラで共通点なんて何もないんですけど、ゲーム体験はみんな同じ経験をしてるんですよ。だから曲をパンって流すと、「あのとき大変だったよなぁ~」みたいなのをすぐに共有してもらえるんですよね。そこに音楽が乗っかってるっていうのが、作ってるサイドの人間としてはすごくエキサイティングですね。一般の音楽と比べても、全然違う印象がユーザーさんの中にできてるんじゃないかと。

――(『FFXIV』の)ファンフェスティバルのライブとかも、盛り上がりがすごかったですよね。

祖堅 そうですね。ゲームのお客さんってライブでは割と消極的なんですよ(笑) おとなしいというか。ライブ前に僕はバンドメンバーに対して「お客さんはみんなじっとしてて、でも目には見えないけど、心はすごい盛り上がってるから」と……普段は音に身を任せたりとかそんなに慣れてないから、あまり動かないと思うよ、なんて言ってたんですけどね(笑) やっぱり同じプレイ体験を共有されてるお客さんしかいなくて、それが5000人とかいたもんだから、みなさん共有できたんでしょうね。なんか……すごかったですね。

――映像で観ただけでも一体感が伝わってきました。

祖堅 多分みなさんつらい思いをされて(笑)、クリアしたときの「やったー!」っていう気持ちを思い出されたんだろうなと。ゲーム音楽のライブって最近増えてきていますが、けっこうお客さんっておとなしいんですよね。そういう中ではすごく珍しいパターンでしたね。

――あくまで(ゲームという)コンテンツに対して作られたものだということですけど、やっぱりああいう風にライブで演奏するとテンションも上がるんじゃないですか?

祖堅 いやあ、テンションは上がりますよ。でも必死です(笑) プレイヤー(演奏者)じゃないんで、僕は。

――「Before the Fall: FINAL FANTASY XIV Original Soundtrack」の特典で演奏されている動画を拝見しましたけど、すごいなと思いましたよ。

祖堅 いやぁ~、ギリギリでしたよ。ギターなんか、もちろん普段制作時には弾いてますけど、制作は何回でもやり直せますからね。けどライブは一回きりなんで……精進しなければなと。

――(笑) そういうライブも含め、学生時代からいまお仕事されてる中でも、けっこう楽器っていうのは常に触っていらっしゃって。

祖堅 そうですね。基本、やっぱり鍵盤からはずっと離れない感じですね。作曲するときもだいたい鍵盤からなんです。ギターはあくまでも曲を作って、さあここにギターが入るぞっていうときになって登場する感じです。ギターから作曲するっていうことは滅多にないですね。

――コンポーザーさんってピアノ派とギター派に分かれますけど、祖堅さんは圧倒的にピアノ派だと。

祖堅 もちろんギターから作ることもあるんですけど、割合は少ないです。

――想像ですけど、「リヴァイアサン戦」のBGMなんかはギターから来てるのかなと。

祖堅 そういうことだと、頭に全部楽器が鳴ってる状態がばーっと降りることがあるんですよ。で、それをトレースしていくみたいな。「リヴァイアサン戦」のときはそうでしたね。

――一個一個実際の音に打ち込んで写譜するようなイメージですね。深夜に来て……みたいな話をどこかのインタビューで拝見したんですが。

祖堅 煙草吸ってるときにドカっと降りてきて。煮詰まるとそういう感じになりますね(笑) あんまり全部が全部そうじゃないんですけど、わりと明瞭に、インパクトの強い曲は頭の中でいきなり全パートが鳴ってるってパターンが多いかもしれないですね。

――なんで出来るか、っていうと最後のところは「わからない」っていうのは、みなさんそうおっしゃいますよね。

祖堅 こねくり回しても、あまりいいものはできないですからね(笑) 難しいです。

――ファンフェスティバルやインストアライブとかやってこられてますけど、単独のコンサートをするという話は、以前からありつつ実現が難しいとか。

祖堅 いつかできるといいなあと思って準備はしてるんですけどね。そんなすぐにはできないんですけど、いつかは必ずやろうと思って動いてはいるんで。

――そのときはオーケストラとバンドと……。

祖堅 まずはオーケストラをしっかりやりたいなと思ってまして。ユーザーさんの満足度も高いんで。バンドはファンフェスティバルで頼まれることは多いですね。バンドもできればキャラバンを組んで、あちこち行きたいなとは思ってるんですけど。

 

■ゲーム音楽というジャンルについて

――すごく個人的なことなんですけど……『(FINAL FANTASY XIV)蒼天のイシュガルド』をずっとやっていて、「フライングマウント」の曲を聴いていたんですけど、ストーリーを進めていくと、Bメロみたいなところが「ミドガルズオルム」のテーマになっているじゃないですか。ストーリー上で、「ミドガルズオルム」が出てくるところで「あっ、これアレンジだったんだ」って気づいた瞬間にめちゃくちゃ感動して。

祖堅 あれはもう「ミドガルズオルム」の原曲を作ったときから決まっていたので、そういう風にしようと思って原曲も作ったりはするんですよ。ただそれがバッハのインヴェンションみたいなピアノソロを原曲で入れてるんですけど、あのソロを入れてるときがまさにファンフェスティバルでみなさんの前で演奏しなきゃいけない3,4日前で、開発の締切末期だったんですね。徹夜作業続きでなんか朦朧としてて、グループ魂の「パンチラ・オブ・ジョイトイ」、なぜかあれをずっと聴きながら弾いてましたね(笑)

――あと、今回一番最初にかかる「Heavensward」のトレーラーの曲がありますよね。あの曲からテーマを取り出してきて、ストーリー、世界観が一貫していて……意図して作られたと思うんですけど。

祖堅 そうですね、はい。

――で、「Dragonsong」という植松(伸夫)さん作曲の曲があると思うんですけど、最初の「Heavensward」と最後の「Dragonsong」が一緒になって、すごくひとつの世界観としてマッチしていて。他にもいろいろな曲で……たとえば「クリスタルタワー」に原曲だと短いのでBメロをつけたよってお話もあったりして、そういう世界観をすり合わせるというか、そういうのがすごく祖堅さんのマジックだなと思うんですけど、何か意識してらっしゃることなどございますか?

祖堅 やっぱりすべては「ゲーム体験」に向けてなんで、たとえばその「尺が足りないからBメロを足そう」っていうのも、道中で繰り返しかかる場合に、ユーザーさんのプレイする滞在時間がどれぐらいなのか、っていうのが念頭にあるんですね。それがぱぱっとプレイして一分で終わるっていうんだったらそんなに尺も必要じゃないと思うんですけど、何回も何回もトライする、しかも一回のプレイ時間がだいたい30分くらいありますという曲に対して、原曲は30秒しかありません、30秒の曲をアレンジしてくださいってなったら、絶対に尺は足りないと思うんですよ。なのでそれに対して整合性を取るにはどうすればいいのかってことを考えると、やっぱり足したりとか、違うアレンジを後ろに持っていったりとか、バトルするときとバトルしないときでアレンジを変えて、それをシームレスに切り替えたりとか。ゲームならではのインタラクティブな演出っていうのを考えたりしますね、やっぱり。毎回全部考えてます。

――仕掛けの部分もすごいんですけど、最初の原曲自体にユーザーさんはめちゃくちゃ思い入れがあるわけじゃないですか。それにマッチするBメロが生まれてくるっていうのは、これはやっぱりすごいことだなと。こういった世界観の統一とか、発展させる上での、何か秘訣というのはありますか。

祖堅 うーん、あまり気にしたことないですねえ(笑) でも、アレンジするときに何か足すっていうときは、原曲のイメージを壊さないように最大限配慮はしてますね。あとどうせ足すのであれば、やっぱりその時のちょっとしたユニークさじゃないですけど、たとえば『FFIII』の楽曲をアレンジしてるのであれば『FFIII』の、みんなの耳に残っているバトル曲のフレーズを対律に持ってきたりとか、やってますね。今回も2月23日に新しいパッチがくるんですけど、そこでわりとFINAL FANTASYシリーズのユーザーさんには思い入れの強い『FFVI』の「死闘」っていう曲をアレンジした曲がバトルコンテンツで流れるんですが、そこにも新しいところをプラスしていて、その中でかなり遊んでます。「遊んでる」っていうと語弊があるんですけど、原曲のイメージを壊さず、当時の記憶を甦らせる最高級の料理を用意しました、みたいな感じですね。

――楽しみにしています。

祖堅 (こういうことをするのは)たぶん僕もプレイヤーだったからだと思うんです。

 

■Blu-rayについて

――2月24日に発売される「Heavensward: FINAL FANTASY XIV Original Soundtrack」の聴きどころがあれば。

祖堅 今回はお話にも重たいものがあって、それに沿うように作ったんで、順番に聴いていただけると「いろいろあったなぁ~」みたいな感じで聴けるんじゃないかな。今回4時間44分なんですけど、通しで聴けちゃうんですよ。いままで6時間近くあって、「うわ!長え!」みたいな感じだったんですけど、今回は「もうひと回ししようかな?」くらいの。Blu-rayじゃないとなかなかそこまではできないんで。

――今お話があった、Blu-rayというメディアでのサントラ発売ということに関して思うことがあれば。

祖堅 やっぱりありますね。「CDが売れない」って言うなら、Blu-rayにすりゃあいいじゃんって(笑)、すごい思うんですけどね。マスタリングをされてるバーニーグランドマンマスタリングの前田康二さんというエンジニアさんがいて、彼も常々言ってるんですけど、CDっていう規格自体が30年以上前のものだから、もう次に行ってもいいんじゃないのって。低迷してるって言ってるのはやっぱり(次の規格へ)動かないからじゃないかっていう。だから次のステップに行けたらいいと思うんですけど……なかなか行けない理由ってのもあると思うんで。誰かがやればいいというのなら、じゃあ僕らがちょっとした突破口になれればいいなと。あとBlu-rayだとエンターテイメント機能もいろいろ入れられるんですよね。リモコンの色のボタンを押すとツイッターがリアルタイムで表示されたり、一曲一曲に対して制作者のコメントを入れられたりもして……一個の新しいコンテンツじゃないかなと思うんですよね。ゲームとはまた違った、音楽主体の新しいコンテンツになってると思うんです。ちなみに、今回moraさんで配信されるのは全何曲になるんですか?

――58曲ですね。クラシックとか、ポップスのベスト盤とかだとたまにありますけど、これだけのボリュームというのは、なかなかないです。

祖堅 『FFXIV』も、三年で350曲くらいありますんで、コンプリートしてみるのもいいんじゃないかと……多いなあ!?(笑)

 

■ハイレゾ配信について

――ハイレゾ音源のおすすめどころについてもお聞かせください。

祖堅 (ゲームの制作時とは)根本的に作ってる環境が違うんです。ゲームの制作時にはスピードがものすごく重視されるんで、48kHz / 24bitベースで作ってたりするんですね。あるいは44.1kHz / 24bitベース。そこから最終的に落とされて44.1kHz / 16bitだったりするんですよ。これは制作するにあたって、マシンスペックの問題っていうのもありますけど、ハイサンプリングでハイビットだと、どうしても音源を立ち上げるのにも時間がかかるし、ミックスするのにも時間がかかるし……とにかく時間がかかるというのが大きい。一個一個の処理にすごく負荷がかかるんです。一方今回moraさんとかBlu-rayに収まってる96kHz / 24bit は、完成している楽曲データをただ96kHz24bitにリサンプルしたわけじゃなくて、根本から全部やり直してるんです。つまり元々48kHz / 24bit で進めてた元セッションを、96kHz / 24bit に直して……改めて音自体を作り直しているんですね。で、なんで作り直してるかっていうと、44.1kHz とかで作ってるときの音源って、もちろん新しい音源だと対応してるんですけど、古い音源ってわりと48kHzまでしか対応してなかったりするんですよ。そうするとせっかく96kHz で作り直しても意味がないんで、別の音源を当てたりして直してるんです。

――ゲームの中ですでに聴いている人もそれを聴くと、さらに違った体験ができると。

祖堅 そうですね。さらに言うとゲームの場合、44.1kHz / 16bit の非圧縮データからさらに各コーデックへ高圧縮されてるんですよ。たとえばPS3ですとフォーマットはMDの音データみたいなものなんですけど、一番圧縮されてるとだいたい130kbpsまで圧縮されてるんですね。良くてだいたい150kbps程度。PCの場合ですとOGGっていうコーデックがあるんですが、それはVBR(圧縮時にビットレートを可変するという方式の一つ)にしてるんで、一番悪いとたぶん100kbpsを切ってると思うんですね。そうなると、もうそもそも潰れちゃって聴こえない音がたくさん出てくる。だからこのハイサンプリングで聴いていただくと、ゲーム中で聴こえなかった様々な音色だったり、オカズだったりが鮮明に聴こえてくるんで、ぜひ楽しんでいただければな、と。前回もハイレゾ音源を出させていただいたんですけど、ユーザーさんから上がってくるのは「こんな音も入ってたんだ」っていう声が多くて。

――レイヤー感がハンパないわけですね。

祖堅 音の奥行き感はどうしても多種多様な効果音やボイスが鳴るゲームプレイ環境上では再現できないんで、やっぱりこういうサウンドトラックでしか再現できないですね。奥行きに関して言うとCDでもなかなか表現が難しくて、ウェットな奥行き感はハイサンプリングじゃないと全然できないですね。一番最初に作ったとき、奥行き感がめちゃめちゃ違ってびっくりしたんで、すごくそこから意識するようになりました。今回で4作目になるんですけど、たぶん1作目に比べると奥行き感の調整っていうのが……ちょっと上手くなってると思います(笑)

――(笑)

祖堅 そこら辺はだいぶ気にしてるんで。けっこう細かいところまで手を入れて作ってますね。単純に96kHz / 24bitに機械上でべろん、とコンバートしてやったわけじゃないんです。

――それはマスタリングに近い作業になるんですかね。

祖堅 マスタリングというか、作り直しですね。もうゼロから。ミックスまでいじり直して。サンプリングレートを変えると音のバランスが変わっちゃうんで、全部やり直しですね。リヴァーブしかり、コンプレッサーしかり……全部やり直してます。ゲームを制作する上では、それをやってしまうと、とてもじゃないけど制作期間が間に合わないんですよ。すごくタイトな現場なんで……だからどうしてもサントラ専用音源を用意するには時間がかかってしまうっていうのは、そこが理由なんですよね。やるからにはちゃんとやりたいんで。せっかくね、ハイレゾ対応のウォークマンとか買って聴いていただくのに、単純に「96kHz / 24bitにコンバートしました」じゃ駄目だと思うんですよ。

――ああ、でもそれはすごく進んでますね。J-POPとかでもハイレゾ音源は出されてるんですけど、なかなか全ての音源がそこまで追いついてないというのもあって。

祖堅 いやぁ~、だってコストかかりますもん(苦笑) あとはどうしても再現できないものもあったりするんですね。どうしてもこの音じゃないと駄目だっていうのが48kHzまでしか対応してませんでしたって場合は、48kHzで出して、それを(エンジニアの)前田さんのところに持っていって、「アナログで出して」と。アナログ上でしっかりと整音をかけて、その結果をデジタルに落とし込むということをやっています。もちろん96kHz / 24bitのデジタルになったデータですら、全部アナログに一回通して整音してからデジタルデータに入れています。

――本当にすごいですね……。

祖堅 心が折れそうになることは多々ありますよ。曲数も多いし。前回は120何曲とかで……さすがの前田さんもぐったりしてて(苦笑) 「やるぞー! 新しい時代のためにー!」とか言ってても、さすがに。

――(笑)

祖堅 デジタルからアナログに通して、整音かけて、またデジタルに落として録音するじゃないですか。で、通常ですと、その出来たデータをBlu-rayディスクに収めるためにレンダリングをしてひとつなぎにして、それをディスクに収めるんですけど、前田さんが「ここまでこだわってるんだからもうレンダリングはしない!」と言い出して。録りきったデータ上にフェードをかけ始めてですね、曲間も書いて……そうしてレンダリングしていないそのままの状態が(Blu-rayディスクと配信音源には)入ってるんです。で、出来上がって、最終的に通しチェックをしたときに、曲間がどうしても気に食わないところがあったんですよ。「前田さん、どうしてもここ曲間5秒ほしい!」って言って。そうしたら「わかったやり直すよ!」って言ってくれて、また録り直しです(苦笑) 大変申し訳なかったですけど……すごいですよ! あの人のこだわりは。彼に奮い立たされた感がとても大きいです、ハイレゾの世界というのは。

――Blu-rayでも出したいということは、ずいぶん前から仰っていましたよね。

祖堅 (Blu-rayに関しては)前田さんに音のことをすべてお任せして、僕はこういうパッケージに対するエンターテインメント性をどうすればいいのかってことを考えて。そこを合わせた感じです。「こんなこともできない? あんなこともできない?」って言ってたら、前田さんのチームが「……やってみましょう!」って言ってくれる(笑) わがままを言ったら、いろいろ実現してくださった感じです。全部初めてのことだったんで、上手くいくかはわからないってところから始めたんですけど、ユーザーさんにもこのメディアが非常に好評で。たとえばこの1曲ごとのコメントがないBlu-rayを弊社の別のタイトルで出したりすると「なんで(コメントが)ないんだよ」って文句が出るくらいで(苦笑) 作るの大変なんですけどね。そこらへんの音楽モノのBlu-rayよりは全然楽しめる感じになってると思うんで……PS4とか、Blu-rayの再生機器を持っている方はBlu-ray版を、持っていない方はmoraさんでハイレゾを買っていただければいいんじゃないかなと。

――――あとは携帯端末でハイレゾを持ち歩こうと思ったら、配信しかないですしね。

祖堅 そうなりますね。最近ハイレゾ対応のオシャレなヘッドフォンなんかも増えてきて、女子も身に着けられるものが出てきてますよね。ぜひあれでも聴いてみたいです。

 

絶賛配信中!

Heavensward: FINAL FANTASY XIV Original Soundtrack
FLAC|96.0kHz/24bit

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【プロフィール】

祖堅正慶(そけん まさよし)

株式会社スクウェア・エニックス所属のサウンドディレクター/サウンドデザイナー/コンポーザー。
自称・ニー祖堅。アーケードゲームのサウンドクリエイターを経て、1999年に株式会社スクウェア(現スクウェア・エニックス)に入社。『ファイナルファンタジーXIV』ではサウンドディレクターを担当する。2014年にはロックバンド・THE PRIMALSを結成し、ステージイベントでの演奏活動なども行なう。
父親は元NHK交響楽団首席トランペット奏者で琉球交響楽団代表の祖堅方正氏で、交響組曲『ドラゴンクエストⅠ・Ⅱ』にも参加している(2013年に他界)。

代表作品:「ファイナルファンタジーXIV」、「Load of Vermilion」シリーズ、「ナナシノゲエム」シリーズ、「聖剣伝説4」、「MARIO SPORTS MIX」、「マリオバスケ3on3」、「ドラッグオンドラグーン2」、「ドラッグオンドラグーン3」など

公式Twitter: @SOKENsquareenix

 

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■津田直士プロデュース作品『Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~』に収録の名曲たちをご紹介していきます。

 

File13. 「ベンのテーマ」(作曲:ウォルター・シャーフ)

 

※津田氏が実際にピアノを弾きながら解説しています

 

 

今回は ウォルター・シャーフが生んだ名曲 「ベンのテーマ」をご紹介します。

「ベンのテーマ」は、映画音楽やTVドラマ音楽、クラシック音楽などの作曲家、ウォルター・シャーフが1972年頃、映画「ベン」の主題歌として作曲しました。当初はドニー・オズモンドが歌う予定でしたが、彼がツアー中でレコーディングが難しかったことから、まだ若かった頃のマイケル・ジャクソンが歌うことになりました。

結果的に、この曲はマイケルジャクソンの2ndソロアルバムに収録され、アルバムは全米チャートで5位を記録、さらにシングルでは1位を記録、当時14才だったマイケルは、全米で3番目の若さでNo.1ヒットシングルを獲得したソロアーティストとなりました。(ちなみに1番目は13才でNo.1を記録したスティービー・ワンダー、2番目は奇遇ですが14才の誕生日にNo.1を記録したドニー・オズモンドです) また、「ベンのテーマ」は、1972年のゴールデングローブ賞 主題歌賞を受賞、そして翌年のアカデミー賞候補にもノミネートされ、マイケル・ジャクソンはステージでライブパフォーマンスを披露しました。

映画「ベン」では、ラストシーンでこの曲が流れます。動物が大好きで優しい心の持ち主であるマイケル・ジャクソンが、彼らしい気持ちを込めて歌う「ベンのテーマ」は、素晴らしい名曲として、世界的に有名なバラードとなりました。

 

それでは早速、名曲としての魅力を確認していきましょう。
※ メロディーは移動ドで音階を表します
※ 原曲のキーはF# ですが、コードについては参考音源のキーに合わせ、Eで説明します

 

動物(ネズミ)に愛情を注ぐ主人公の心情が反映された、優しい音世界がこの曲の特徴です。 その優しさは、どのようにして聴く人に伝わってくるのでしょうか。

 

【パート1】 (0:07)

まず、出だしのメロディーのリズムを見てみますと、「ターーン・タ/タ・タ・タ・タ/タ・タ・ターン」となっています。 前の「ターーン・タ」 と 後の「タ・タ・ターン」がほぼ対称形で、真ん中の「タ・タ・タ・タ」を挟んでいます。

また、そのメロディーは、「ソーーラ ソファ#ソラ ソレレー」です。リズムが対称形に近いため、安定したシンプルさが優しさを醸し出し、またメロディーの「ソファ#ソラ」の「ファ#」も同じく優しさを誘導しています。

この時、和音はどうなっているのか見てみると、E B/D#のくり返しであることがわかります。主要三和音のうちの2つで構成されているシンプルさに、B/D#、つまり低音が最初のEというコードの半音下の音を出すことで、繊細な優しさが聴く人に伝わってきます。

 

【パート2】 (0:16)

続きを見てみますと、メロディー最後の音程が「レ」ではなく「ファ」になっている以外、まったく同じです。

優しいメロディーと和音を繰り返すことで、子どもと動物というこの映画のもつ優しい世界が、聴く人に伝わってきます。

 

【パート3】 (0:24)

さて、次はこの曲の魅力とオリジナリティが強く伝わってくる、とても大事なセクションです。

こちらもまずメロディーのリズムを見てみますと、「ターーン・タ/タ・タ・タ・タ」つまり、この前のメロディーの最初の部分(1小節目)と同じリズムですね。これが続けて4回繰り返されます。ここでもまた「シンプルさが呼ぶ優しさ」が聴く人に伝わってくるわけです。

さて、ここから、この曲を名曲にしている、とても大事なポイントの説明を始めたいと思います。

先ほどから説明しているように、この曲はシンプルさに溢れていますが、シンプルなだけでは、単調になってしまう恐れがあります。しかしこの曲は、『半音の力』が、シンプルでも単調になることなく、むしろ聴く人に深い切なさと感動を与えてくれているのです。

すでに先ほどのメロディーでは、半音の力として「ファ#」が優しさを表現していましたが、このセクションでも、同じ場所、つまりメロディーの4番目の音がすべて半音になっています。
移動ドのメロディーで表記すると、「ミーーファ ミレ#ミファ」「ミーーファ ミレ#ミファ」「ミーーファ ミレ♯ミファ」「レーーミ レド#レミ……」となっています。4番目の音がシャープしていますね。半音シャープしている、ということは、「ドレミファソラシド」というシンプルなメロディー(音階)に『無い音』が鳴っているわけですから、聴いている人の心に何らかの「引っかかり」を生むのです。その「引っかかり」が、メロディーのリズムやメロディーのくり返しによるシンプルさに対して、特別な表情を与えているわけです。

さらに和音を見てみると、そこでも『半音の力』が強く働いていることがわかります。まず、コード進行はこうなっています。

E G♯sus4/D♯ G♯/D♯ D9(11) C♯7 C9(11) B

これだけを見ても、ジャズ理論に詳しい人でなければ、なかなかわかり辛いですよね。そこで、この和音の進行で『半音の力』が働いている音だけを取り出して移動ドで表してみます。

2小節目 / G♯sus4/D♯ G♯/D♯ ⇒ 『ソ♯』
3小節目 / D9(11) ⇒ 『ソ♯』
3小節目 / C♯7 ⇒ 『ド♯』
4小節目 / C9(11) ⇒ 『ファ♯』

となります。 さらに、ベース(低音)も E D# D C# C Bと、すべて 『半音ずつ下がっていく動き』 をしているのです。「メロディーの半音」 「和音の半音」 「ベース音の半音」と、3つの要素で『半音』の力が働いているわけですね。

 

【パート4】 (0:49)

さて、次のセクションではまた、さらにダイナミックなことが起きます。 それは、突然『長調から短調へ変化』することです。

最初の4小節間だけ、突然暗くて悲しい世界に変化します。メロディーも和音も、すべてが『短調』にチェンジしてしまうのです。長調だった元の世界が陽だまりのような優しい明るさに満ちていた分、暗くなった表情は聴いている人に強く伝わってきます(またこれは、この曲が流れる映画のシーンにもうまく合っています)。

そしてその後(1:05)に、もう一度 【3】 (0:24)と同じセクションが6小節間あり、続いて新たなセクションが展開します。

 

【パート5】 (1:29)

こちらは『半音』的なアプローチはなく、メロディーや和音の雰囲気もこれまでと違い、あっさり、ゆったりとした感じになっています。

メロディーは「ド」「レソソーー」「シミミーー」「ラレレーー」「ソドドーー」と、同じリズムを繰り返しながらだんだん下へ下がっていく、シンプルなもの。コード進行も、F♯m7 B/D♯ E△7 のくり返しです。

このセクションがあっさり、ゆったりしていることで、『半音』の力が強く、印象的なこれまでのセクションを引き立たせる効果が生まれています。

 

いかがでしょうか。

映画のラストシーンに向けて創られた「ベンのテーマ」……。

この美しい名曲バラードは、シンプルでありながら半音の力を巧みに使うことで、少年と動物の心温まる触れ合いを表現し、聴いている人の心を優しく震わせてくれるのです。

 

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル "Onebitious Records" 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

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【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、'85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。

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