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第14回:ヴェルディ:歌劇『リゴレット』から「女は気まぐれ」

~聴けば「元気100倍」になるオペラ~

 

 ヴェルディの歌劇『リゴレット』には「女は気まぐれ」という曲がある。一般に〈女心の歌〉と呼ばれる有名な曲だ。たとえ知らない人でも、いちど聴けばメロディを覚えてしまうだろう。

 この曲は第3幕で女好きのマントヴァ公爵が歌う。歌詞は「女の気持ちは、風に舞う羽のように移り気だ」といった内容で、今も昔も変わらない(?)女心を歌ったものである。これぞイタリア・オペラと言わんばかりの、明るく、あっけらかんとしたメロディだ。ここには移り気な女心に悩む男の姿などみじんもない。むしろ楽しんでいるかのようである。好色なマントヴァ公爵が歌ってこそのアリアであろう。

 歌詞のことはひとまず横において、僕はこの「女は気まぐれ」の軽快なメロディが大好きである。けっしてこの曲を軽んじているわけではない。それどころか、細かいことを気にしないで、大らかに生きる勇気をもらえる貴重な曲だと思っている。聴いたり、口ずさんだりするだけで元気が出てくるのである。

 しかし「女は気まぐれ」の聴き所は軽快さだけではない。それを説明するためには、オペラのあらすじを簡単に書く必要があるだろう。

 道化師のリゴレットはマントヴァ公爵に仕えていた。そのマントヴァ公爵は女好きで、リゴレットの娘ジルダにも、貧しい学生といつわって言い寄っていた。そんなとき、マントヴァ公爵の家臣たちは、リゴレットを笑い者にするため、ジルダを彼の愛人と勘違いして誘拐してしまう。

 怒ったリゴレットはマントヴァ公爵の館に向かい、娘を無事取り戻す。そして復讐を誓うのだった。リゴレットは殺し屋にマントヴァ公爵の殺害を依頼する。そうとは知らず、マントヴァ公爵が嵐の夜に居酒屋で歌うのが、この「女は気まぐれ」なのである。

 しかしジルダはマントヴァ公爵を愛していた。ジルダは殺人の計画があるのを知ると、マントヴァ公爵の身代わりとなって、殺し屋に身をゆだねるのである。そうとは知らないリゴレットは、殺し屋から死体が入った袋を受け取る。恨みを晴らして勝利に酔うリゴレット。

 とその時、遠くから聞えてくるのが、またもマントヴァ公爵の歌う「女は気まぐれ」である。死んだはずのマントヴァ公爵が、なぜ生きている? 「女は気まぐれ」が能天気なメロディなだけに、この場面は劇的だ。同じ曲でありながら180度違う効果を生み出すヴェルディの手腕は見事である。

 ちょっとオペラの話で熱くなってしまったが、やはり僕が言いたいのは、「女は気まぐれ」を聴くと嫌なことは忘れて元気が出る、ということである。

 ハイレゾではマリア・カラスが歌う『リゴレット』が配信されている。1955年録音(モノラル)とあってオーケストラこそ固めの音質だけれども、オペラを問題なく楽しめる音質である。特に声楽は最新録音と劣らないクオリティで聴ける。ジルダのマリカ・カラス(ソプラノ)やリゴレットのティト・ゴッビ(バリトン)など、20世紀を代表する歌手が豊かな音質で蘇る。マントヴァ公爵を歌うのは、地中海に降り注ぐ太陽のように明るい声のジュゼッペ・ディ・ステファノ(テノール)だ。ハイレゾなら声の艶も際立って、「女は気まぐれ」を聴くとそれこそ元気100倍である。

 

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Verdi: Rigoletto (1955 - Serafin)/Maria Callas
(FLAC|96.0kHz/24bit)

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【牧野 良幸 プロフィール】
 
1958年 愛知県岡崎市生まれ。
1980関西大学社会学部卒業。
大学卒業後、81年に上京。銅版画、石版画の制作と平行して、イラストレーション、レコード・ジャケット、絵本の仕事をおこなっている。
近年は音楽エッセイを雑誌に連載するようになり、今までの音楽遍歴を綴った『僕の音盤青春記1971-1976』『同1977-1981』『オーディオ小僧の食いのこし』などを出版している。
2015年5月には『僕のビートルズ音盤青春記 Part1 1962-1975』を上梓。
 
 
 

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Vol.22 Theme : 「音楽家は政治を語るべきなのか、語らざるべきなのか
 

 

 2015年はどんな年だった? 世間的には決してハッピー一色ではなかった……ってのが皆の共通認識なのかな……グッドニュースよりは悪い知らせの方が印象に残ったんじゃない? オリンピックを巡るドタバタや、イデオロギーの衝突、海外でもイデオロギーや宗教の軋轢が連鎖してる印象だし、ここ日本でも政治に関するニュースでほっこりしたり喜んだりした記憶はほぼ無かったかもね……。

 そんな政治不信をひっくり返すべく始まったのがPUNKの一つのきっかけでもあるんだけど、今回はアメリカで最初にポリティカル(政治的)なメッセージを発信したPUNKバンド、デッド・ケネディーズを紹介するよ。バンド名からしてポリティカルな匂いがプンプンしてるでしょ?

  1978年にサンフランシスコで産声を上げた彼ら、通称デッケネは、元々ロカビリーをやっていたギタリスト、イースト・ベイ・レイが、当時勃発したPUNKに触発されてスタートしたので、いわゆるストレートなPUNKっぽさ……性急な8ビートにシャウト気味なVo.……っていうスタイルとはちょっと一線を画していたというか……どこかキッチュでキャンプな、まるでB級映画のサントラのようなまがまがしさを放ってるんだよね。勿論ビートは早いんだけど、サーフ/ガレージのようなエコーたっぷりのギター(「Holiday In Cambodia」)や、ウェスタン映画のようなギャロップ・ビート(「When Ya Get Drafted」)を、PUNKという解釈で倍以上のスピードで演奏したかのような前のめり感が超気持ち良い。

 そして常に半裸でのたうち回るVo.ジェロ・ビアフラの独特の声……高いダミ声にビブラートたっぷりなスタイルは、その後のフェイス・ノー・モアとかガンズ&ローゼスに影響大な個性。アンセム的名曲「Kill The Poor」冒頭の歌い上げから畳み掛けるバンドインの気持ち良さ、「Drug Me」やこれまた大名曲「Too Drunk To Fuck」等の早口言葉みたいなカタルシスはデッケネの象徴。空恐ろしいタイトルなのに、どこか飄々としたユーモアを漂わせる効果も絶大。勿論タイトルや歌詞、そもそもバンド名も政治的なブラックユーモアだらけなので、アメリカよりも先にブラックジョーク好きなイギリスでチャートインするという逆転現象が起こったり、LIVEではビアフラが客に殴られながら歌ったりと、まさにPUNXらしいカオスに包まれていたのもデッケネらしさ。

 しかし80年に発表された1stアルバム『フレッシュ・フルーツ・フォー・ロットン・ベジタブルズ』は名曲揃いの大名盤なのは間違いなく、その鮮烈なサウンドはキッズから、ブラックユーモア好きのインテリ層まで同時に虜にするという離れ技を見せ、一気に全米アングラ・シーンにその名を轟かせたんだけど……エイリアンのデザインでお馴染み天才画家H.R.ギーガーの卑猥なポスターを封入したことで猥褻罪を巡る裁判沙汰になり、その辺からバンド内の人間関係にも不協和音を生み出してしまったというか……裁判の疲弊や、ビアフラ以外のメンバーへの印税未払い等、数々のトラブルが巻き起こり、ビアフラvsイースト・ベイ・レイの間に決定的な溝が出来てしまい、バンドは86年にあえなく解散。2001年にはレイを中心に、ビアフラ以外のメンバーで再結成を果たし、現在も全世界をツアー中。当のビアフラはレーベルを運営しながら数々の音楽プロジェクトに参加しつつ、サンフランシスコの市長選からアメリカの大統領選挙までチャレンジし、現在もポリティカルな活動に余念がない……どんな状況にあろうともブレないPUNK魂、この機会に是非チェックせよ。

 

 さて、俺にとっての2015年は、ザ・スターベムズのメンバーチェンジがあり、勿論それはバンドにとっては苦境に立たされたような状況だったけど、メンバーやスタッフ、そして勿論リスナーやLIVEで実際に観てくれたオーディエンスに支えられて、スターベムズとしての新たなサウンドやパフォーマンスを体得できたような……うまく言えないけど「雨降って地固まる」みたいな一年だったかも。ひとまずありがとう、来年はもっと精進して更にスゴい音を届けるように頑張ろ。良いお年を!

 

今回ご紹介した作品!
『Fresh Fruit For Rotting Vegetables』
Dead Kennedys

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【日高央 プロフィール】
 
ひだか・とおる:1968年生まれ、千葉県出身。1997年BEAT CRUSADERSとして活動開始。2004年、メジャーレーベルに移籍。シングル「HIT IN THE USA」がアニメ『BECK』のオープニングテーマに起用されたことをきっかけにヒット。2010年に解散。ソロやMONOBRIGHTへの参加を経て、2012年12月にTHE STARBEMSを結成。2014年11月に2ndアルバム『Vanishing City』をリリースした。

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ハロー、エブリボディ!

音楽ライターの原田和典と申します。敷居が低くてわかりやすくて親しみやすい音楽「ジャズ」の魅力を、ハイレゾ化されているアイテムからブロロロロー、ズババババーン、ギュンギュギューンと水木一郎さんの歌声のように痛快に紹介していこうではないか、とたくらんでおります。

ぼくが選んでいるとどんどん社会性のないセレクションになっていくと思われますので、盤のセレクションは編集部のAさんに一任します。Aさんの投げた球を、とにかく俺は打つ! それがホームランになるかファウルになるかは風の吹くままだ!!

 

……今回のお題はハービー・ハンコックの『ヘッド・ハンターズ』です。

 

Head Hunters/HERBIE HANCOCK

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おお、これはなかなか楽しい1枚ですね。そしてぼくを音楽の世界に引きずり込んだきっかけとなる作品でもあります。

というのは3歳の頃でしょうか、両親からクリスマス・プレゼントにもらった記憶があるのです。なぜか? ぼくが「欲しい」と言ったからです。どこでその情報を知ったのか? それはすっぽりと記憶から抜け落ちています。ただどこかで、ウサギがピアノを弾くジャケットを見て、すごく強く印象に残っていたのは間違いありません。

子供にはおもちゃとか何かをプレゼントするのが普通なんじゃないかと思うのですが、ぼくの家は親がバンドマンだったこともあり、小学校3~4年ぐらいまでは毎年レコードをくれました(地球儀をもらったこともあります。「日本ってこんなに小さいのか」「地球って丸いんだ」ということをこの時に知りました)。12月25日の朝、しばらく真空管アンプを暖めて、ターンテーブルにLPを乗せて、流れてきたのがA面1曲目の「カメレオン」。ボンボンボンボンという低音のイントロを聴いた数秒後、幼いぼくは踊り出していたに違いありません。

思い出すと、その当時の原田家にはよく新しい音楽がかかっていました。クール&ザ・ギャングクイーンタワー・オブ・パワーといった“新人バンド”の“新譜”を、親の膝の上で聴きました。当時、同一の会社から国内盤が出ていたためかライバル視されることもあったディープ・パープルとレッド・ツェッペリンは叔父がファンだったので、彼の部屋で聴きました。猫を何匹も飼っていた親戚のお兄さんの部屋の壁にスリー・ディグリーズのポスターが貼ってあったことも、ありありと思い浮かびます。ほかにもフリーシカゴマウンテンサンタナなどなど、むさぼるように聴きました。

ぼくの父はジーン・クルーパ(元ベニー・グッドマン楽団のスター奏者で、昭和27年と28年に来日)に憧れてドラムを始めたのですが、リスナーとしては新しいものに貪欲でした。上京して四半世紀以上になる自分が、今も飽きずに“何か新しい発見はないか”とライヴ会場をうろちょろし、水曜日のカンパネラや3776やハイエイタス・カイヨーテにわくわくしているのは、このDNAによるものかもしれません。

話が飛んでしまいました。やがてぼくは幼稚園に入ります。コレクションにはマイルス・デイヴィス『パンゲアの刻印』やボブ・ジェームスの『2』も加わりました。しかし『ヘッド・ハンターズ』は相変わらず聴き続けていました。「ウォーターメロン・マン」に合わせて空き瓶を吹いたり、「スライ」にあわせて割りばしで雑誌を叩いたり。漢字もすこしずつ読めるようになってきたので、ライナーノーツ(解説文)にも目を通しました。執筆者は小倉エージ氏。ぼくが最初に認識した音楽評論家です。

編集部のAさんは、ぼくとは20歳ほど違います。彼は『ヘッド・ハンターズ』を聴いて、こんな感想を寄せました。

 

“まず、単純にシンセをフィーチャーしたエレクトリック・サウンドであることに驚きました。サックスやトランペット、ピアノなどアナログ楽器でメロディを奏でるのが「ジャズ」だと思っていました。また、リズムのグリッド感が非常に強いことも驚きでした。これも先入観なのですが、ジャズというのはインプロビゼーション、リズムに関しても「ゆらぎ」を重視するものだというイメージがあったので。そもそもスタジオ・ワークで作られたジャズ・アルバムというのがあるとは思っていなかったところがあります”

 

この意見に大いに触発されました。「ジャズはアナログ楽器によるもの」というイメージを、自分は一度も持ったことがないからです。それはぼくがエレクトリック・サウンドを導入した音楽の黄金期(といっていいでしょう)に、さまざまな音楽の洗礼を受けたからではないか、とも感じます。

『ヘッド・ハンターズ』は40数年前の録音です。なのでいくらハイレゾであろうと「2015年の響き」はしません。あなたが当時を体験していないリスナーであれば、オールド・ファッションなサウンドの中から新鮮味をピックアップして聴く、という姿勢が求められるかもしれません。しかし参加メンバーは全員が今も生存しています。ハンコックはロバート・グラスパーに大きな影響を与え、ドラムで参加しているハーヴィー・メイソンのバンドには一時期カマシ・ワシントンが加わっていたりなど、現在の熱いジャズ・ムーヴメント(と断言しましょう)ともしっかりつながっています。そこを踏まえながらぜひ、『ヘッド・ハンターズ』を今の空気に解き放っていただきたいと思います。

 


 

■執筆者プロフィール

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原田和典(はらだ・かずのり)

ジャズ誌編集長を経て、現在は音楽、映画、演芸など様々なエンタテインメントに関する話題やインタビューを新聞、雑誌、CDライナーノーツ、ウェブ他に執筆。ライナーノーツへの寄稿は1000点を超える。著書は『世界最高のジャズ』『清志郎を聴こうぜ!』『猫ジャケ』他多数、共著に『アイドル楽曲ディスクガイド』『昭和歌謡ポップスアルバムガイド 1959-1979』等。ミュージック・ペンクラブ(旧・音楽執筆者協議会)実行委員。ブログ(http://kazzharada.exblog.jp/)に近況を掲載。Twitterアカウントは @KazzHarada

 

 

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津田直士プロデュース作品『Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~』に収録の名曲たちをご紹介しています。

 

File06. 「白鳥」(作曲:サン=サーンス)

 

 

 

 

※動画内に表示される《X段目》という表記に文中の《X段目》が対応します。

 

 今回は サン=サーンスが生んだ名曲 「白鳥」をご紹介します。

 

 「白鳥」は1886年に作曲された組曲「動物の謝肉祭」14曲の中の1曲です。14曲の中ではチェロの独奏曲として特に有名で親しまれている名曲です。

 シャルル・カミーユ・サン=サーンスは、その名前でわかるようにフランス人の作曲家です。 この「白鳥」を生んだのが1886年ですから、クラシックといっても比較的最近の作曲家ですね。 「白鳥」を聴いているとその曲調からもう少し昔の世代の作曲家の様に感じますが、どうやらサン=サーンスは保守的な作風を大事にしていたようで、その理論的な音楽に反発した、彼より若い世代のドビュッシーやラヴェルが「印象派」と呼ばれる新しい音楽を確立していくことにつながったようです。 とはいっても、やはりこの曲が生まれた時代は1800年代の終盤、「動物の謝肉祭」の他の曲を聴くと、調性や音のとらえ方がベートーベンから始まったロマン派の中でも、新しく聴こえる部分がたくさんあります。 第7曲「水族館」や第8曲「耳の長い登場人物」などでは、映画音楽などでよく耳にする、機能和声の制約から解き放たれた自由で神秘的な音の世界を感じとることができます。 第11曲「ピアニスト」に至っては、聴いているとその遊び心に笑ってしまう程の自由さが展開されます。

 とはいえ、その一方でこの「白鳥」のように美しさに溢れた普遍的な名曲も生むのですから、やはり世界に残る天才といえるでしょう。 それでは早速「白鳥」の名曲性を見てみましょう。《1段目》

 

 伸びやかで美しく自由に上下するメロディーがこの「白鳥」の最大の魅力です。まさに水面を優雅に泳ぐ白鳥のように……。まず最初から(以降、移動ドで音階を表します) 「ドーシーミーラーソードーレーーーーミファーーーー」 と、シンプルでありながら誰もが心に快感を感じるメロディーが展開していきます。

 作曲をする私たちのような人間にとって、このメロディーは美しいメロディーの見本のような輝きをもっていると感じます。 高い音から低い音へ下がっていく最初の「ドーシーミー」を「ラーソードー」というメロディーが追いかけるように登場し、「レーミファー」と少し上がって終わる、この一連のメロディーを聴くと、私は美しいメロディーがどんな時代のどんな国の人にも伝わり、心を動かすという事実を改めて確信してしまいます。《2段目》

 続くメロディーも、下から上へ 「ラーシドレミファソラシ……」 と綺麗に昇っていくのですが、 最後が「ド」ではなくもう少し離れた上の「ミ」て着地するのです。 この瞬間、聴いている人の心はその音の高さの快感に打たれるわけです。《3段目~4段目》

 続いて再び 「ドーシーミーラーソードー」と 《1段目》と同じメロディーが展開しますが、その次の音は「レ」ではなく 「ミ♭」から始まるのです。 何故なら、この瞬間、キーが本来の「G」から5度上の「D」(=「Bm」)に転調しているからです。

 

 そして、それまで比較的穏やかな雰囲気を醸し出していた和音が、この辺りで少し悲しみを帯びた和音に変わります。 この和音の表情の変化も、この曲の素晴らしい魅力のひとつです。《5段目~6段目》

 その「D」のキーが2小節目でいとも簡単に「G」のキーへ変化します。 それはG/Bの次に来るB♭dimというコードのおかげです。 そして6段目では5段目と同じメロディー、同じコード進行がちょうど一度(全音)分、下のキーで展開します。 つまり移動ドで表すと、 「ドーラーファーラーシードーソーーーーラシーーーーー」 というメロディーが、一度分、下に降りてそのまま繰り返されているわけです。《7段目~8段目》

 このセクションは、それまで「F」だったキーがまた「C」に変わり、 「ミーラーシードーーーレミファ♯ーーーーーミーーーーー」といった暗さと明るさが中間で漂うようなメロディーと和音で展開し、8段目の2小節目で和音がAmの代わりにAというメジャーコードに変わることでドラマティックな雰囲気に変わり、その後のDmが続いてまたメジャーコードのDに変化することでさらにドラマティックになりつつ、ごく自然に「G」のキーに戻っていきます。《9段目~10段目》

 ちょうど繰り返しのように、《1段目~2段目》と同じメロディー、コード進行が展開するのですが、 最後の和音で一気にドラマティックな世界がに変化します。 それは、ちょうどこのキーの5度の和音であるというコードが本来「Em」であるべきなのに、マイナーコードではなくメジャーコードの「E」になるからです。 この和音は本当に不思議な力を持っていて、誰もが切なく感動的でドラマティックな気持になるのですが、それがここでとてもうまく使われています。そしてその後、優しいメロディーと落ち着いた和音に支えられて曲は終わりを迎えます。

 

いかがでしょうか。 「動物の謝肉祭」という、曲によってはユーモラスだったり皮肉さに満ちていたり、全体的に生まれた時代を反映して「機能和音」から解き放たれ「全音音階」を取り入れる印象派的なアプローチも使われている組曲の中、純粋な名曲性が光る「白鳥」を聴いて、夢の中にいるような幸せを味わってみて下さい。

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル "Onebitious Records" 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

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【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、'85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。

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津田直士プロデュース作品『Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~』に収録の名曲たちをご紹介しています。

 

File05. 「G線上のアリア」(作曲:J・S・バッハ)

 

 

※動画内に表示される《X段目》という表記に文中の《X段目》が対応します。

 

今回は J・S・バッハが生んだ名曲 「G線上のアリア」をご紹介します。広く知られているこの「G線上のアリア」は『管弦楽組曲第3番ニ長調』の第2楽章「アリア」が原曲です。1720年頃に作曲されたという説と、もっと後年だという説があるようです。

さて、「G線上のアリア」はバッハの没後100年以上経ってから再評価されました。 もともと『管弦楽組曲第3番ニ長調』の第2楽章「アリア」だった原曲を、アウグスト・ヴィルヘルミというヴァイオリニストが編曲してから世に広まったのです。
この編曲の際、キー(調)がDからCに変更されています。 この変更によりメインメロディーがヴァイオリンのG線(一番低い弦)だけで演奏することができるようになったことから「G線上のアリア」という呼び方が定着していきました。 (今回の私のアルバムではバッハへの想いから「D」のキーで演奏しています)

それでは早速、名曲としての魅力を確認していきましょう。 曲を4小節または8小節ごとに分けて解説していきます。

最初の2小節間、メインメロディーはF♯(長3度)の音が動かずにずっと伸びていきます。 一方、メロディーを支える和声は、豊かな響きと共に低音がゆっくり下がって行きます。
この、低音(ベース音)が下降していく和声進行つまりコード進行は、響きの豊かさと心地良さからポップスの世界でも数多くの名曲を生み出してきました。このように低音の動きとそれに対応する和音の関係は「G線上のアリア」という名曲の素晴らしさを際立たせている、とても大切なポイントです。

3小節目からは、それまで動かなかったメロディーが一気に上へ跳ね上がって細かい音符を奏でながら降りてきます。 そして和声は、メロディーとは反対に、低音が半音で上がっていきます。 4小節目に入るとまた下がっていきます。

1小節目は、再びメインメロディーが音が動かずに伸びていきます(今度はA)。 そして和声もまた低音が下がっていくのですが、《1段目》が明るい表情だったのに対して、こちらはだんだん切ない表情を帯びてきます。 2小節目に入るとメロディーも和声もさらに切なさが増して悲しみの表情にまで変化していきます。

このように、聴いていると切なかったり悲しかったり感じるのにはちゃんと理由があります。 それは本来Bmであるべき和音がBというメジャーの和音になっているからなのです。 メジャーな響きの和音なのに切なさを感じるのは、マイナーである次の和音、Emへ向かわせる力が強く働く和音だからです。 しかもこの和音は本来、キー(調)であるDにはない響きなので、少し特別な響きであり、それが心により強く切なさを生み出すのです。

3小節目から4小節目にかけては、メロディーが1~2小節目とよく似た動きをします。 しかし和声は逆にどんどん明るくなっていきます。このように明るい、切ない、悲しい、といった和音が生み出す表情の移り変わりがこの曲の大きな特徴で、その移り変わりの美しさが、メロディーの美しさをさらに引き立たせているのです。

また、この《2段目》ではメインメロディーが伸びている間にカウンターメロディー(サブ的なメロディー)が2回とも登場しますが、このメロディーがメロディーを追いかけるような手法の美しさは、バッハの作品のいたるところに見られる、大きな特徴であり魅力です。

1小節目でキーのホーム的な和音(トニックコード=D)に落ち着くのですが、何と途中からAのキーに転調してしまいます。

このような一時的な転調をバッハは好んで使いますが、それによって曲がつまらない感じにならず、常に輝いて聞こえるのです。この部分は終わり方を除くとほぼ《1段目~3段目》と同じです。

1小節目で転調したAのキーからスムースにDのキーへ戻りつつ、2小節目からは《2段目》の2小節目と同じ和音の働きにより、メロディーと共にどんどん切なくなっていきます。 3小節目からは悲しい表情に染まり、メロディーはその切なく悲しい表情を強くしていきます。

そして《8段目》に入ると、悲しみ満ちたメロディーがどんどん上がっていくことで、悲しい感情がピークに達し、やがてBmというマイナーのキーで曲が一度落ち着きます。つまり、本来はメジャーキー(長調)の曲なのですが、ここでは一時的にマイナーキー(短調)の曲に変化しているわけです。

ところが一転してここからは再びメジャーキーに戻ります。 その大きな変化が唐突に聞こえないのは、さりげなくAのキーに転調しているからなのです。
1小節目に登場するEという和音は、本来のキー、DにおいてはEmというマイナーの和音であるべきなのですが、あえてEというメジャーの和音にすることで明るい響きを得ることができ、さらにEという和音は本来Aのキーの重要な和音なので、ごく自然にAのキーに転調しているわけです。

ここでは、和音が2拍ごとに変わり、メロディーがその動きに乗るようにして奏でていきます。 1小節目ではごく普通の和声ですが、2小節目で感情が高まる感じになり、3小節目ではさらに感情が高まり切なさも加わり、4小節目で悲しみに至ります。 この間、低音の動きは上へどんどん上がっていきますし、メロディーも同じように上がっていきますから、感情の高ぶりが見事に聴いている人に伝わります。 いわばここは曲のクライマックスだと言えるでしょう。 カウンターメロディーも美しく奏でながら和声と共に変化していきます。 ちなみに4小節間で変化していくこの表情は素晴らしく、その和声の移り変わり、つまりコード進行は低音(ベース音)が下降していく進行と同じように、後世の音楽でたくさん引用されています。 このコード進行が上手に活かされている曲で代表的なのは、「We Wish You a Merry Christmas」でしょう。

最後に《10段目》で展開した切なく、悲しく、高まっていった世界を、優しく収めるようにメロディーが大きく動きながら、和声も切なくなったり悲しくなったりすることなく、優しくおおらかな響きによって、曲は終わりを迎えます。 いかがでしょうか。 「G線上のアリア」の『アリア』というのは、叙情的で美しい旋律の、ゆっくりとした曲のことです。 まさにアリアの代表曲ともいえるこの曲を聴いて、心を優しく癒して下さい。

 


 

■津田直士プロデュース作品のご紹介■

DSD配信専門レーベル "Onebitious Records" 第3弾アルバム
Anming Piano Songs ~聴いてるうちに夢の中~

1. G線上のアリア / 2. 白鳥~組曲『動物の謝肉祭』より / 3. ムーン・リバー / 4. アヴェ・マリア / 5. 見上げてごらん夜の星を / 6. 心の灯 / 7. ブラームスの子守歌 / 8. Over The Rainbow / 9. 夜想曲(第2番変ホ長調) / 10. 優しい恋~Anming バージョン / 11. ベンのテーマ /12. LaLaLu

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【プロフィール】

津田直士 (作曲家 / 音楽プロデューサー)
小4の時、バッハの「小フーガ・ト短調」を聴き音楽に目覚め、中2でピアノを触っているうちに “音の謎” が解け て突然ピアノが弾けるようになり、作曲を始める。 大学在学中よりプロ・ミュージシャン活動を始め、'85年よ りSonyMusicのディレクターとしてX(現 X JAPAN)、大貫亜美(Puffy)を始め、数々のアーティストをプロデュ ース。 ‘03年よりフリーの作曲家・プロデューサーとして活動。牧野由依(Epic/Sony)や臼澤みさき(TEICHIKU RECORDS)、アニメ『BLEACH』のキャラソン、 ION化粧品のCM音楽など、多くの作品を手がける。 Xのメンバーと共にインディーズから東京ドームまでを駆け抜けた軌跡を描いた著書『すべての始まり』や、ドワンゴ公式ニコニコチャンネルのブロマガ連載などの執筆、Sony Musicによる音楽人育成講座フェス「ソニアカ」の講義など、文化的な活動も行う。

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