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コラムのトピックス

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前回は松田聖子さん「青い珊瑚礁」を細かくお話しさせて頂きました。
元々は「アーティストがアイドルに楽曲を提供する」という話の流れからでしたので、
多少脱線してしまった事になるんですが、あの曲のあの歌唱法なしで彼女を語る事は出来ないので、
あえて長々と解説させて頂きました。

話を元に戻しますと、「チェリーブラッサム」の作曲で「チューリップ」財津和夫さんを起用して以降、
当時「ニューミュージック」と呼ばれたアーティスト、もしくはその周辺アーティストの方々を中心に
次々と起用していきます。続いて発売されたシングル「夏の扉」「白いパラソル」財津さん
そして「白いパラソル」では作詞に松本隆さんが初めて起用されます。「風立ちぬ」大瀧詠一さん
「ハートのイアリング」佐野元春さん「赤いスイートピー」松任谷由実さん「天国のキッス」細野晴臣さん
「天使のウィンク」尾崎亜美さんが起用されてます。
そしてアルバム「風立ちぬ」では鈴木茂さんが編曲で多数参加されており、
このアルバムには細野さんは参加されてないのですが、殆ど「はっぴぃえんど」のメンバーで作られており、
当時アイドルに興味のないリスナー層にも強くアピールした作品でした。

また、「ブリッ子」という言葉を最初に言われたのも彼女だと思いますが、
当時、女性から圧倒的支持を受けていた松任谷由実さんを起用することによって、
ただかわいいだけじゃない女性像の作品を発表し、段々と女性の支持を集めて行きました。
アイドルのコンサートと言うと男性ばかりというイメージがありましたが、
この頃から女性のファンがコンサートにも来るようになったと思います。
今ではコンサートの客層の9割が女性という状況だと思いますが、
それはこの頃からのファンが未だについてきてくれている、というのと、
母親がファンで娘も、という親子でコンサートに来られる方も多いようです。

そしてシングル「ボーイの季節」の後に、
海外進出として発売された「DANCING SHOES」という12インチシングルの発売と同時に彼女は結婚されます。
そもそも女性アイドルの活動期間は10代から20代前半まで位の短いものだとされていましたし、
結婚してしまうと、その高い音楽性とは関係なく男性ファンが離れていったりするのも残念ながら事実です。

そして彼女は結婚と出産後の約2年ぶりに「Strawberry Time」というシングルを発売し復活します。
作曲は当時爆発的人気を得ていたレベッカのキーボーディスト、土橋安騎夫さんです。
約一ヶ月後に同名のアルバムを発売し、これを引っさげて全国ツアーを行うのですが、
もうこの時点で9割が女性客でした。このアルバムの発売が1987年5月です。
ちなみに男女雇用機会均等法が施行されたのが1986年4月からです。こういった社会背景も含め、
最初のバッシングをはねのけ、映画で共演した人気俳優と結婚、出産、
その後も仕事をバリバリこなし強く生きる彼女の姿に憧れる女性は多かったと思います。
そして、この頃からのファンの方は今でも「永遠のアイドル」を追い続けてくれているのだと思います。

また「Strawberry Time」には土橋さんの他、小室哲哉さん大江千里さん米米CLUB
バービーボーイズのギタリスト、いまみちともたかさん等が参加されていますが、
今あげた方々は、当時彼女と同じレコード会社、CBS/SONYかEPIC/SONYに所属されていた方々です。
当然それ以外の方々も参加されていますが、こういう事も興味深い事実です。
前述の大瀧さんも同じCBS/SONYでした。別のレコード会社に所属している方だと、
権利関係など色々面倒な事もあり、同じレーベル内なら共演しやすいというのもあるのでしょう。

その後、彼女はデヴィット・フォスターをプロデューサーに迎え「Citron」というアルバムを発表します。
歌詞は同じように松本隆さんによる日本語詞でしたが、当然、洋楽色が強くなり、アイドル色の薄い内容になりました。
当時、日本のアイドルがAOR寄りの海外ミュージシャンと組むことが少しありました。
その事は機会があればまた触れたいと思います。ただそうなると、
どうしても「アイドル像」を求めるファンと「アーティスト」に移行したい本人との間に溝が出来てしまいます。
レコード会社や所属事務所等、それは色々話し合いがもたれたかと思いますが、
私のような1リスナーには想像するもの難しいことです。こういう事は今までも色々なアイドル、
アーティストが通って来た道だとは思うのですが、結果的に彼女は自分で作詞作曲(作曲は共作)した
「あなたに逢いたくて〜Missing You〜」というシングルで自己最高の売上、ミリオンセラーを出します。

商業音楽の世界で長くスターの座にいられるのはほんのわずかな人たちですが、様々な紆余曲折を経て、
彼女は未だに「永遠のアイドル」として、それまでの日本のアイドルの歴史を変えた人物として、
今も若いアイドルから目標とされ、活躍されています。前回の説明させて頂いた歌唱法もそうですが、
そういう古い音源も今はハイレゾで細かな部分まで聴く事が出来ます。
若い人にこそハイレゾ音源で昔の偉大な先輩の歌声を聞いて勉強して頂きたいと思いつつ、今回は筆を置きたいと思います。

文:青山静馬

過去のコラムはコチラ


 

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前回はアイドルとアーティストのコラボという点から山口百恵さんについて書かせて頂きました。

さて、日本のアイドル史を語る上で絶対に外せない方がおられます。そうです、松田聖子さんです。

松田聖子さんもアーティストとのコラボを積極的に行って、アイドルファンだけでなく、

音楽好きな人、同性代のファンをつけ、武道館公演数も100回を超える、日本の現役TOPアイドルです。

この人がいなかったら80年代アイドルブームや、

現在のアイドルブームも大きく違ったものになっていた事でしょう。

 

彼女が最初にアーティストとコラボをしたのは4枚目のシングル「チェリーブラッサム」からです。

この曲の作曲は「チューリップ」財津和夫さんです。

当時、「不良がやってるロック」でも「四畳半フォーク」でもない、

「様々な音楽ジャンルを日本的に消化した、ラブソングを中心とする歌もの音楽の総称」として

「ニューミュージック」と呼ばれたアーティストの方々がおられましたが、

その中の1バンドがチューリップでした。

 

2枚目のシングル「青い珊瑚礁」の大ヒットであっという間にトップアイドルになっていた

松田聖子さんのこの曲に対する第一印象は「暗い」で、

しばらくこの曲にいい印象を持ってなかったようで、当時も時々その趣旨の発言をしていました。

 

確かに松田聖子さんというと「青い珊瑚礁」の印象が強烈です。印象的な歌詞や曲はもちろん、

大村雅朗さんのアレンジによるイントロと、後のアイドルに多大な影響を及ぼした、

あの独特の歌唱方法からくるものだと思います。ちょっと細かく見ていきましょう。

 

まずイントロですが、ここで聞かれる印象的なピアノの音色は多分、

YAMAHAのCP80という機種だと思います。

フォークギターからエレキギターが出来たように、当時は楽器の電気化が盛んでした。

シンセサイザーも当時はありましたが、生楽器やピアノの音を出すようなものではありませんでした。

そこで、普通にグランドピアノのように弦が張ってあるものにピックアップをつけて、

且つ、ライブツアー等に持ち運びできるような耐久性と分解できる構造を持った楽器がCP80でした。

それ以前にもストラトに代表されるエレキギターで有名なFenderが作っていたFender Rhodesや

電子オルガンメーカーのWurlitzerが出していた所謂エレピ(エレクトリックピアノ)はありましたが、

音叉等を利用したもので、

「普通の弦の張ってあるピアノにピックアップつけちゃおう」という発想のものではありませんでした。

ですのでこのCP80は「エレクトリックグランド」という名前で呼ばれていました。

「青い珊瑚礁」はこの独特の音色でのブロックコード

(大雑把な説明ですが、メロディーにコードもくっつけて弾いちゃおう的な感じ)のフレーズに、

南国的なパーカッション、そしてストリングスの低音部からの駆け上がりと、

シンセサイザーのホワイトノイズという「サー」っというノイズを加工して作られた

「海の波」の音がPANを振られて(スピーカーの左から右に音が移動する事)

最高潮に盛り上がったところで彼女の歌が入ってきます。

物凄く短いフレーズなのですがこのように非常によく出来ています。

 

そして出だしからハイトーンの伸びのある声で「あー」です。

これだけでもかなり印象的ですが「あー」の最後にちょっとしゃくりあげる独特の歌唱をします。

「あーぁ↑」な感じです。更にメロディーライン上昇し、「私の」の「の」に到達します。

この「の」でもさらに大げさに音をしゃくりあげ「私のぉ↑」の「ぉ」を指定音程以上に

急激に且つ短時間上昇させます。

その後も「走るわ~ぁ↑」「あーぁ↑」「青いかぁ↑ぜ~」「きっ↑て走れ」と、

たたみかけるようにこの方法で歌います。これは当時とてつもなく印象的で、

アイドルの新しい「かわいい」歌唱方法の誕生だったと思います。

少なくとも前回ご説明させて頂いた山口百恵さんにはこういった歌唱方法は見られませんし、

どちらかと言えば声のトーンが暗いので、

その後に出てきた松田聖子さんのこの「明るい」歌唱方法は強烈な印象でした。

この曲がそういう歌唱をするサビから始まる構成なのも秀逸ですが、

それにマッチした歌いやすく覚えやすい歌詞、

その声質を生かした伸びのあるサビのメロディーと、めりはりのある他の部分のメロディー、

それを盛り上げるアレンジ、そして「聖子ちゃんカット」と呼ばれる髪型に清涼感ある白い衣装、

全てが一体となり、結果シングル2枚目にして一気にTOPアイドルに上り詰めた訳です。

 

続く3枚目の「風は秋色」「青い珊瑚礁」を踏襲した秋バージョンというような作りで、

ストリングスやフルート、マリンバといった楽器がその雰囲気を醸し出しています。

作曲は前作と同じ小田裕一郎さん、アレンジの信田かずおさんは

当時さだまさしさんのツアーでピアノを担当されてましたが、

元々はジャズ系の方なので、非常にジャズ、フュージョン系っぽい要素が見られ、

それがまた一層秋っぽい感じに仕上がっています。

そもそもサビ頭歌いだしの音がメジャーセブンスの音ですので、

メロディーからもうジャズ&フュージョン系の色彩が少しあり、

それらを生かしたアレンジになっているという事だと思います。

前述の歌唱方法は若干見られますが、やはり秋なので多少抑えられています。

 

それに比べると「チェリーブラッサム」は暗い、という事だと思うのですが、

松田聖子さんになると書くことが沢山ありますので(笑)また次回にしたいと思います。

彼女のファンを公言しているミュージシャン、タレントさんも多いですが、

中川翔子さんがファンで彼女の曲名をちりばめた曲を出していたり、

BABYMETALで有名になったさくら学院に在籍していた武藤彩未さんも強い影響を受けており、

80年代のカバーや80年代の衣装やメイクなどをオマージュし、最近活動を本格化しています。

近年はグループが多く、こういった独特の歌唱が表現しにくい状況ですが、BABYMETALもそうですが、

ソロで歌う事で個性が発揮されヒットに結び付くようなアイドルがもっと出て来てほしいなぁ、

と思う次第です。こういうソロの歌こそ、細かなブレスまで聴きとれるハイレゾ音源で聴くと、

もうCD持ってるよという方でも、新しい発見があるかと思いますので是非お勧め致します。

文:青山静馬

過去のコラムはコチラ

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現在のアイドルには表立ったプロデューサー的な立場の人が存在するケースが多く、
その人が歌詞や曲を作ったり、もしくはコンペで集めた楽曲からリリースする曲を選んでおり、
アイドルとあまり関係のないアーティスト系ミュージシャンに歌詞や曲を依頼する事は多くない、
というところまでお話させて頂きました。

それでも少しはそういう動きもあり、例えばももクロの楽曲には元BOφWY布袋寅泰さん
広瀬香美さん高見沢俊彦さん中島みゆきさんmiwaさん怒髪天
そして7月に発売なった最新曲「MOON PRIDE」では
「進撃の巨人」のテーマ曲「紅蓮の弓矢」で紅白にも出場したRevoさん、
カップリングでは小坂明子さんが参加されています。

AKB48では秋元康さんが作詞を、
ハロー!プロジェクトではつんく♂さんが作詞、作曲を担当しますが、
プロデューサーが作詞家、作曲家でない場合はこういうコラボが見られる場合があります。
まあ、当然と言えば当然な気もします。80年代アイドルにこういう動きが多々見られたのは、
楽曲の最終決定権を持った人が作詞家でも作曲家でもなかった、
という事もあったんじゃないでしょうか。

ではそもそもアイドルの楽曲って誰が作るのが「普通」だったのか?と考えますと、
正直私もよくわかりません(笑)。
日本の最初のアイドル歌手は誰だったのか?みたいな話にもなってくると思うのですが、
美空ひばりはアイドルだった」という人もいるかもしれません。
しかし、所謂、「特に歌唱力があるわけではない」のに「ただかわいいだけ」で
「非現実的なヒラヒラの衣装を着て」「歌手」としてデビューし成功したのは誰だったのか?
男性だったのか、女性だったのか、グループだったのか、多少思い当たる方々もいますが、
どの時代の誰が最初か、という話になりますと、
これは日本アイドル史みたいな本もあるかと思いますので、そちらにお任せします(笑)

ただ、「アイドルと無縁な人が曲を提供する」という事において最初だったのは、
想像でしかありませんが山口百恵さんじゃないか?という気がします。
初期の曲を作っていた都倉俊一さんピンクレディーのヒットで一躍有名になり、
今も「ピンク・ベイビーズ」というアイドルのプロデュースで活躍されてますし、
編曲を担当していた馬飼野康二さんは今もジャニーズ関連の曲を多数手掛けています。
「横須賀ストーリー」という曲で作詞が阿木燿子さん、作曲が宇崎竜童さんが担当されましたが、
当時、宇崎さんと言うと「ダウン・タウン・ブギウギ・バンド」という、
所謂「リーゼントにサングラス、不良がロックやってる」怖い人というイメージで、
「アイドルに曲を提供する」という事を多分誰も想像できなかったんじゃないかと思います。
そもそも矢沢永吉さんのいた「キャロル」というバンドと比較される事も多かったバンドですので、
矢沢さんがアイドルに曲を書くのを想像できないのと同じ位だったんじゃないかと思います。

なので世間に与えたインパクトや話題性は相当なものだったと思いますし、
結果的に百恵さんの個性を生かした楽曲の良さ等あり、
阿木&宇崎コンビで山口百恵さんは全盛期を迎えます。
ちなみにそのコンビの楽曲の編曲を担当していた萩田光雄さんも多数のアイドルの楽曲を担当されてます。
特にストリングスに特徴のある南野陽子さんの作品に人気があります。
阿木さんと宇崎さんはご夫婦ですが、
どの時点でご結婚されたのか正確な事は申し訳ないですが私にはわかりません。

また、山口百恵さんの代表曲に「秋桜」「いい日旅立ち」があります。
前者の作詞作曲はさだまさしさん、後者は谷村新司さんです。
さださんグレープというユニットを経てソロで活動されてましたし、
谷村さんアリスというグループで活動されていました。
所謂、日本のフォークや、当時のシンガーソングライターやバンドが
「ニューミュージック」と呼ばれていた時代です。
「秋桜」は結婚をひかえた娘の曲、「いい日旅立ち」はJRが国鉄時代のCMソングですが、
文字通り旅立ちの曲です。阿木&宇崎コンビを中心に、時々そういう方を起用して、
百恵さんのリアルタイムな年代や彼女の状況を表した曲を制作し、歌い手の魅力を最大限に引き出し、
楽曲に変化をつけファンを飽きさせない、そんなところに人気の秘密もあったんじゃないかと思います。

同時期に活躍されていたキャンディーズも
「やさしい悪魔」「アン・ドゥ・トロワ」で吉田拓郎さんを起用しています。
これも従来の吉田さんの曲からは想像できなかったものです。
ちなみに吉田さんはアイドルとして爆発的人気だった浅田美代子さんと結婚もされています。
キャンディーズの解散前ラストシングル「微笑がえし」の作詞は阿木燿子さんで、
この曲で初めてオリコン1位を獲得、グループ最大のヒット曲となりました。
歌詞にはそれまでの曲のタイトルがちりばめられており、まさに集大成的な作品と言えます。

そして、ももクロのアルバム「5TH DIMENSION」の初回限定盤AのDISC2には、
佐々木彩夏さんがソロで山口百恵さんの「秋桜」をカバーしています。
更に、ももいろクローバーZ私立恵比寿中学チームしゃちほこ、たこやきレインボー等、
スターダスト芸能3部に所属する3Bjuniorで今年の1月1日に発売した「七色のスターダスト」
作詞が伊勢正三さん、南こうせつさん、作曲は南こうせつさん
編曲は中島みゆきさんの多くの曲を担当されている瀬尾一三さん、という方々が参加されています。

ちょっと最初の話に繋がりましたね(笑)
今回お話させて頂いた古い音源も、今は配信で簡単に手に入りますし、
ハイレゾで配信されている事も多いです。興味を持たれた方、是非試聴してみて下さい。
気に入りましたらダウンロードお願い致します(笑)そんなところで今回は筆をおきたいと思います。

文:青山静馬

過去のコラムはコチラ


 

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前回、おニャン子クラブの楽曲制作に深く関わっていた後藤次利さんの話から、
その周りのミュージシャンや関係者等、80年代アイドルの楽曲には当時、
アイドルとは無縁と思われていたミュージシャンの起用が珍しくなかったところまで
お話させて頂きました。

逆に今のアイドルシーンではこういう事はあまり顕著ではありません。
AKB48のプロデューサーである秋元康さんは作詞家ですし、
ハロー!プロジェクトのプロデューサーであるつんく♂さんはそもそもシャ乱Qのボーカリストで、
作詞作曲まで行います。逆にももいろクローバーZの人気で脚光を浴びたヒャダインさん、
Perfumeの人気で脚光を浴びた中田ヤスタカさん、
このお二人はグループの人気と本人の人気が相乗効果で出てきたという感じがします。
現在も次々に現れるアイドルグループですが、
既にある程度名前の知れたミュージシャンの方が音楽面での全てを担うような形のプロデュースは、
あまり多いとは言えないと思います。

アイドルに限らず、所謂シンガーソングライターと呼ばれる
自分で作詞作曲を行うアーティスト以外の方の楽曲も、
今はコンペ(Competition)で選ばれるケースが多いです。
通常は多数ある作家事務所に楽曲を発注し、
それを作家さんが自宅でほぼ完成形に近い形まで仕上げたものをネット経由で送り、
集まった何百という楽曲の中から選ばれる、というシステムです。

このように、現在はパソコンとソフトの進化で、楽曲制作の殆どを自宅作業で出来てしまいます。
その結果出てきたのがボカロPと呼ばれる人たちです。
歌を歌うのもボーカロイドというソフトですので、個人で、
しかもパソコンさえあれば今までは考えられなかったクオリティーのものができる時代になりました。
千本桜」を筆頭に、カラオケのランキングでもボカロ曲が人気だったり、
小学校の運動会でもボカロ曲で徒競走や出し物が行われるのも珍しい事ではありません。
レディー・ガガの次のアメリカツアーのオープニングアクトを
BABYMETALが務める事が発表されましたが、以前は初音ミクが務めました。
初音ミクのライブは特殊なスクリーンや技術を使用し、
3次元で歌う彼女を映し出すという試みがなされています。
また前回のアニソンコラムでも書かせて頂いた「THE IDOLM@STER」
「ラブライブ!」等は二次元のアイドルと言えますし、
そしてその声を担当する声優さんたちが実際のライブを行い、
また各個人にも人気が出てアイドル声優としてソロで活躍する、というケースも多いです。

このように現在のアイドルブームは実は多種多様な感じになっています。
今年もTIFのような大規模なアイドルフェスティバルが行われますし、
地上波のテレビで取り上げられるアイドルは所謂「アイドル」ですが、
そうでない部分でも広がりを見せています。
そもそもBABYMETALも地上波のTVで人気が出た訳ではなく、
YouTubeで海外からの「なんだこれは?」という反応から次第に国内、
全世界に広がっていった感じです。去年のサマーソニックではメタリカのカークと写真を撮ったり、
ラーズがステージ脇でパフォーマンスを見に来たりという事がありましたが、
先日行われたヨーロッパツアーも大盛況、
イギリスの大規模なフェスSonisphereでのメインステージでの出演も果たし、
ネットにあげられる写真ではスレイヤーアンスラックスカーカスデフトーンズという、
まあ日本のアイドルとは完全無縁だった人たちが普段見せない笑顔で一緒に写真を撮っています。
これは誰もが想像できなかった事だと思います。

また「地下アイドル」と呼ばれる人たちが多数出てきてるのも
80年代のアイドルブームとは大きく異なるところです。
アリス十番が所属するアリスプロジェクト
最初から「地下」である事を全面に出した活動やグループが多数在籍していますが、
これはどちらかと言うとそのアイドルブームの後に出てきた
バンドブームやインディーズブームに近いものがあるような気がしています。
そもそもライブハウスと言えばバンドが出演する事が殆どだったと思いますが、
今はアイドル専用のライブスペースも出来、
土日ともなればショッピングセンターや様々なイベントスペースで
アイドルのCDリリースイベントが毎週のように行われています。

80年代までのアイドルはメジャーレコード会社と大手芸能事務所、
そして地上波のテレビ局や雑誌、ラジオなどの媒体が中心で動いていました。
逆にそういうところに所属していないと「アイドル」という称号は与えられなかったと思いますが、
今はそれが全く当てはまりません。これは今の音楽シーン全てに言える事だと思います。
今はネットで個人で発表する場が多数ありますし、
前述のようなライブ会場での物販やコミケやM3等、パッケージを売る場所もあります。
CDランキングには聞いたこともないレコード会社のCDがランクインし、
殆どの大人が知らないアーティストが武道館を一杯にしたりします。

逆に言えばこういう動きに全くついてこられなかったのが現在の大手レコード会社かもしれません。
CDが売れなくなった一因には確かにネットの存在や違法ダウンロードの問題が大きいでしょうが、
全てをそれのせいにして、CDバブル期の方法論にしがみつき、
新しい波を受け入れず変化を拒んだ感じは否めません。
アイドルの握手会商法を批判する方の意見も分かりますが、
以前はドラマ主題歌のタイアップが取れれば曲の良し悪し抜きにしてヒットしていました。
それを考えると、お客さんと直に向き合う今のアイドルのほうがずっと健全のような気もします。

ヒャダインさんもコンペで全く採用されず、
自分の好きなゲーム音楽を勝手にアレンジして動画サイトに投稿し人気が出た経緯があります。
作家の時は「前山田健一」という本名で出ていましたが、後に自分がヒャダインである事を告白し、
その人気を確固たるものにし、ご自身もアーティストデビューされました。
このように今は、埋もれていた才能や発想、アイデアをネットで発揮、発表できますので、
また次にBABYMETALのように、あっという間に世界に知れるような
アーティストが日本から出現しないかと期待しないではいられません。

ネットでの楽曲ダウンロード販売もそうですね。
これからmoraもどんどん進化していく予定ですので、
目を離さないで毎日のブログチェック、是非ともよろしくお願いします!!

文:青山静馬

過去のコラムはコチラ

 

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前回の最後に「また会える日まで!」なんて書いてしまいましたが、すぐ戻って来てしまいました(笑)

アニソン、声優ブームの事を書いてきましたが、

今度は現在のアイドルブームについてお話させて頂きたいと思います。

 

アイドル戦国時代と言われて数年経ちます。

今のアイドルブームを牽引しているのはAKB48であることに異論を唱える人はいないでしょう。

現在のAKB48に関しては、もう色々な方が色々な事を色々な場所で言ったり書いたりしてますので、

ここで改めて細かい事に触れるつもりはありませんし、私より詳しい人は沢山おられるでしょう。

ですので前回同様、ちょっと過去に遡ってみたいと思います。

 

秋元康さんはそもそも80年代に流行ったおニャン子クラブの作詞で有名になられた方です。

現在のブームはこの80年代のアイドルブームの影響が非常に大きいです。

そもそもそれまで大人数のグループというのが日本の音楽業界には存在しなかったのです。

大抵はソロ、アイドルグループでも2~4人程度、後はバンドですので3~5人、

多くても10人以内だったと思います。

ところがおニャン子クラブは「夕やけニャンニャン」という番組を通して随時オーディションを行い、

合格すればおニャン子のメンバーに、そして番組に出演が約束され、人気が出ればソロデビュー、

そしてソロの活動に専念するためにグループからの卒業というシステムを導入し、

多数の歌手、タレントを輩出しました。

 

当時も素人集団と揶揄され、その音楽的側面が語られる事は殆どなく、

おニャン子クラブと言えばセーラー服を脱がさないでしか知らない、ソロですと、

バレンタインデーの定番曲になった国生さゆりさんの「バレンタイン・キッス」位しか

知らないというのが現状かもしれません。

ですので今回はその音楽的側面について語ってみたいと思います。

 

卒業するとソロで活躍するケースが殆どでしたので、

ソロデビュー組は他のアイドルとの差別化や本人のキャラクターを生かすため、

今以上にその音楽的指向に特徴があり、バラエティに富んでいました。

 

例えば河合その子さんですが、

非常にヨーロッパ指向の強いサードアルバム「Mode de SONOKO」をリリースしています。

ジャケ写も確かヨーロッパで撮影され、

「アフロディーテの夢」というギリシャロケのオリジナルビデオも発売されていました。

作、編曲は後の旦那さんになる後藤次利さんが全曲担当しています。

ヨーロッパ指向が強くなったのはシングル「青いスタスィオン」からで、

それを含む「Siesta」というセカンドアルバムも曲タイトルにもフランス語が多様されています。

また現在と大きく異なるのは、

卒業してからの作詞は秋元さんが全て担当しているわけではない、という事です。

河合その子さんに関しては芹沢類さんが多く作詞を担当しています。

 

ちなみに当時のレコードメーカーでディレクターを担当していたのは藤岡藤巻の藤岡孝章さんです。

藤岡藤巻と言えば大橋のぞみさんと共演した

「崖の上のポニョ」で知っている方が多いと思いますが、元々はこういう経緯の方なんです。

また、現ヤンキースの田中投手の奥さんである里田まいさんと組んでシングルもリリースしています

 

後藤次利さんも「おニャン子の曲を作っていた人」と認知してる方が多いですが、

そもそもはYMO結成前の高橋幸宏さんが所属していた

サディスティック・ミカ・バンド」のベーシストなんです。

サディスティック・ミカ・バンド」は加藤和彦さんと夫人のミカさん、高中正義さん、

つのだ☆ひろさん、小原礼さん等、錚々たる面々が参加しており、海外での評価が非常に高く、

ロキシー・ミュージックのツアーのオープニングアクトを務めたこともあるくらいです。

後に何回か再結成され、坂本龍一さん、松任谷由実さんを加えた

スペシャルユニットで曲を披露したりと、非常に音楽性の高いグループです。

 

坂本龍一さん、松任谷由実さんもアイドルに曲を提供しています。

さて、この辺りのお話を続けると非常に長くなりますので、今回はこの辺りで失礼したいと思いますが、

このように80年代のアイドルブームの時は、

それまでアイドルとは無縁だったアーティストやミュージシャンを起用する場合がちょくちょくありました。

当然ネームバリューからの宣伝効果を狙ったものもあるでしょうが、

こういうコラボレーションが当時のアイドルブームの活性化の一要因であった事は否めません。

 

先ごろ、菊池桃子さんがデビュー30周年の自己カバーアルバムをリリースされライブも行われました。

ギターを中心としたアコースティックで大人なアレンジになっており、

既に古い音源を持っておられるファンの方にも非常に楽しめるものになっています。

こういう生演奏主体の音楽は是非ともハイレゾでお楽しみ頂く事をお勧めします。

当時と変わらないウィスパーな歌声がまるで目の前で歌ってくれているようにクリアに聴こえます。

丁度、中山美穂さんのハイレゾ配信も始まります。

昔のファンの方も、CDでは聴き取れなかった本人の息継ぎや演奏、ミックス等を体感して頂けたらと思います。

                                                                                         文:青山静馬

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