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[9/16]伝説のアイドル岡田有希子、全56曲ハイレゾ化! 当時のディレクターが思い出を語る記念インタビュー

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 「太く短い」人生を地で行った伝説のアイドル・岡田有希子。竹内まりや、小室哲哉、坂本龍一など現在も日本の音楽界で「巨匠」と仰がれるミュージシャンが数多く参加した彼女の楽曲が、全56曲一挙ハイレゾ化。mora readingsではこれを記念し、当時のディレクターであった国吉(旧姓:飯島)美織さんにインタビューを実施。岡田さん本人の学習能力・センスのよさ、またそれに導かれたかのように綺羅星のごときアーティストが関わっていった記憶を、情感たっぷりに語っていただいた。

(リード:mora readings 編集部)

 


 

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(イラスト:牧野良幸)

 

――岡田有希子さんと言えば渡辺有三さんというポニーキャニオン(当時キャニオンレコード)の名物プロデューサーが有名ですが国吉(クレジットでは旧姓:飯島)さんはどのような経緯で岡田さんのディレクターになられたんですか?

国吉 キャニオンに入社して「有三さんの下で勉強しなさい」ってことで当時有三さんがプロデューサーをされていた堀ちえみちゃんの仕事を渡されて、それと「アーティストの尾崎亜美さんから色々と学びなさい」って話しで先ずこの2人の担当になったんです。そこから今度は「その現場で色々と学んだことを岡田有希子という子につぎ込んでくれないか」と言われたので彼女のディレクターになりました。

――最初に彼女に会われた時の印象って憶えています?

国吉 普通のカワイイ高校生だったんですけど、一緒にショッピングやカフェに行ってお話しをした時に頭の良さは感じました。とても勘が良くて反応も良いし、ちょっと言った事を直ぐに受け止める力が強かったので面白い子だなって思いましたね。

――楽曲だと初期は竹内まりやさんの印象が強いのですが、そこはプロデューサーの渡辺有三さんのセレクトだったのでしょうか?

国吉 そうですね。彼女をどういうタレントにしようかってなった時に他のアイドルの子達よりもしっとりとした知的な子だったので、有三さんが「六大学野球を観に行く山の手のお嬢さんのようなイメージでいきましょう」って言い出して、みんなも「それはピッタリかもしれない」って話しになったんです。それで「そのコンセプトだったら竹内まりやでしょう!」っていうことでまりやさんの名前が上がったのでお願いに行った所快諾して下さいました。

――以前BOXセットで発売になったCD「贈りものIII」に入っていたブックレットに、有三さんご自身が書かれた手紙をまりやさんが読んだ事が楽曲提供の秘話として載っていたのですが、一方でファンの間では一度断られたのを岡田さん自身が直談判しに行った事が決め手になったという話しも有名なのですが。

国吉 私もその話し小耳に挟んだ事がありますけど、私の記憶ではそうではなかったと思いますが(笑)

――直談判の話しはガセだったんですね。長いこと信じている昔からのファンもいると思うのでこのことは今回ちゃんと書いておきましょう。

国吉 そうですね(笑)。快諾して頂いて有希子ちゃん本人も凄く喜んでいましたから。まりやさんはデビュー曲のレコーディングの時スタジオに来てコーラスまで歌って下さったんです。

――そのレコーディングはどんな感じだったんですか?

国吉 まりやさんの楽曲に決めたとはいえ、初めはまだ岡田有希子の可能性というのがどんなものなのかスタッフにもわかりきれていない所があったので色々な人達に曲やアレンジを頼んでいて、それを彼女に歌わせて合っているものを見極める所からレコーディングは始まりました。まりやさんも何曲か書いてくれていたのでそれらを同時に録って比較して、デビューシングルはちょっと哀愁の入ったマイナー調の曲なんだけれども、ルンルンキャンキャンじゃないアイドルなんだよっていう所も見せたかったからあえて「ファースト・デイト」を選んだんです。

――1980年代はアイドル全盛時代でしたが、岡田さんの曲は一聴して明らかに当時のアイドルソングとは違いましたよね。

国吉 そうですね。それを本人が歌いこなせたっていうのが一番大きいと思うんですよ。曲に派手なコーラスが入って来たり、豪華なプレイヤーの素晴らしい演奏が入って来ても負けない歌が存在したのでいい音楽が作れたっていうのはあったと思います。

――今回ハイレゾ音源になった全作品を聴いてみてどう思われました?

国吉 スタジオで聴いていた音がそのままお届けできる時代になったんだなって凄く嬉しかったですね。10の世界観が2ぐらいになってしまっていた音が10届けられるっていう風に聴いた時に思いました。普通のCDだと歌、ドラム、メイン楽器に他がちょっと聴こえるぐらいだったものが、細かいキーボードやパーカッションとか音楽的な彩(あや)の部分も聴こえてきますし、人間が生み出すグルーヴ感とか空気感とか世界観て言う本来音になっていない部分までもが聴こえてくる感じがしましたね。そういうのって実際あると思うんですよ。CDでは表現出来ていなかった暖かい音みたいなものがハイレゾでは感じられるんだなと思いました。

――当時のレコーディングはアナログマルチだと思うのですが、そういうアナログの良さみたいなのも出ていると思いますか?

国吉 出ていると思います。デジタルのように信号で録るのではないので、芯の音だけじゃない周りにある音とかもアナログの時は録れていたと思うんです。CD化された時にアナログ盤と比べて硬い音になってしまったなって感じていたので、今回ハイレゾのマスタリングでは中音域を上げてもらって当時の音に戻したサウンドにしました。なのでアナログ録音した良さというのが凄く良く出ています。

――岡田有希子サウンドの特長というとどういう所なんでしょうか?

国吉 デビューシングルではまだ掴みきれていない所もあったんですけど1枚目のアルバムを録った後に、この子はどんな曲が来ても自分の色に変えて表現出来る力があるからかなりのテクニックを持ったプレイヤーやアレンジャーの曲でも大丈夫なんじゃないかって話しになったんです。上品な歌声の子だったから、私としてはそれがもっと出せるアルバムが作れたらいいなと思って色々考えたのですが、その中で松任谷正隆さんのサウンドが一番ぴったり合う気がしたので2枚目のアルバムは松任谷さんにお願いしました。そこからはもう自信を持って岡田有希子ワールドを作って行こうという気持ちになりましたね。

――今回マスタリングにも立ち会われたとの事ですが何か改めて発見した事とかありましたか?

国吉 1stアルバムの1曲目「さよなら・夏休み」はデビューシングル候補の1曲だったので、ラジオやテレビで流れた時に派手に聴こえるようにしようって当時出始めだったコンプ(コンプレッサー)を使ったんですよ。でもそれが掛かり過ぎていて「ここまでやると音が潰れちゃってるよね」ってぐらいだったんです。レコードやCDにした時はその音が派手で良かったんですけど、ハイレゾで聴いた時に「コレは!」ってなって(笑)。でも今からコンプを取る事は出来ないので何回かやり取りをして「これならいいよね」って所まで持って行きました。せっかくハイレゾで出る1枚目のアルバムの1曲目が「なんでこんな潰れた音なの?」ってなったら悲しいじゃないですか(笑)

――いい音で聴こうと思ったのに「あれっ?」てなりますよね。岡田さんの作品にはお話しに上がった竹内まりやさんや、松任谷正隆さんを始め数多くの有名ミュージシャンが参加されていますよね。そう言った方々との制作エピソードみたいな所も曲をあげて頂きながらお聞かせ頂ければなと思うのですが。

国吉 では先ず2枚目のアルバム「FAIRY」の中の「森のフェアリー」なんですけど、これはかしぶち哲郎さんにお願いした曲で。

――そう言えば、かしぶちさん始めムーンライダーズのメンバーが参加されているのは國吉さんのセレクトだとお聞きしたのですが。

国吉 そうですね。誰とやりたいかっていう話しを有三さんとしていた中で私はムーンライダーズのメンバーを上げていて、特にかしぶちさんは絶対合うと思ったんですよ。堀ちえみちゃんは白井良明さんみたいな明るいキャラクターで面白がれる人がいいなと思ったんですけど、かしぶちさんのしっとりとした上品な世界観というのが岡田有希子ちゃん向きだなと思っていたのでお願いしました。でもお願いしたのはいいんですけど「大丈夫かなぁ」とも思ってしまって(笑)

――それはどういう意味で?

国吉 凄く難しい曲が上がって来て歌いこなせなかったらどうしようっていうのが心配だったんです。でも頂いたのがアイドルにピッタリの曲で、しかもかしぶちさんならではの世界観もあったので、これだったら松任谷さんがアレンジした時に広がりも出せるし「やった!」って思って本当に頼んで良かったなって感謝したんですよ。実際の歌入れでは有希子ちゃんもそれを直ぐにキャッチして歌いこなしてくれたので良かったと思います。

――かしぶちさんは4枚目のアルバム「ヴィーナス誕生」では全曲のアレンジを担当されていますよね。

国吉 ムーンライダーズの中でもどちらかというと派手な感じではなくてマニアックな人達が好む曲を書いていらっしゃる方だったので、頼んだ時には「オレ?」って感じでした(笑)。でも結果的には凄く相性が良かったんじゃないかと思います。

――かしぶちさんの曲だと7枚目のシングルだった「Love Fair」が僕は大好きな曲なんですけど。

国吉 「Love Fair」をシングルにしようっていうのは、サンミュージックのプロデューサーだった杉村さんが言い出したんです。「アルバムの曲としてこういうのも歌いこなせたらいいよね」って話しからかしぶちさんに頼んだ曲だったので意外だったんですけど、そんな曲を事務所のプロデューサーがシングルに選んでくれたっていうのは私としては凄く嬉しかったですね。それと同時に有希子ちゃんもこの曲が出たことで、他のアイドルとは違う路線が歩めるようになったので良かったんじゃないかなって思いました。

――ファルセットからの曲の始まり方が独特で当時聴いた時に衝撃だったのですが、あそこは最初からあの感じだったんですか?

国吉 そうですね。かしぶちさんに頂いた時からあの感じでした。ハイレゾで聴くとあそこがいいんですよ。デモテープの段階でも凄く良い曲だなと思ったんですけど、松任谷さんのアレンジがそれを更に更に良くしてくれて「わぁーもっとこんなに良くなるんだ」っていうのにも当時驚きました。それと有希子ちゃんの声がちょっと鼻声でそれも気持ちいいですね。この曲は中音域の音の豊かさがハイレゾだと良く出ていると思います。

――80年代の中頃はニューミュージック系のシンガーソングライターがアイドルに曲を提供する事が増えて来ていた時代でしたけど、岡田さんはそこだけではなくジャパーニーズニューウェーヴと呼ばれていたようなアーティスト達も曲や演奏に参加していたので当時面白いなと思っていたのですが。

国吉 私や有三さん、倉中さん(4thアルバム「ヴィーナス誕生」ディレクター)みんな音楽好きで、特にコアな音楽が好きだったっていうのがあったからだと思います。せっかく制作に携わっているんだったら人と人を結びつけたり、世界と世界を結びつける役割をディレクターとして100%出したいって思いはありましたね。だから岡田有希子ちゃんのレコーディングはこれでお給料貰っていいのかなってぐらい毎回楽しかったです(笑)。一流のミュージシャンがいい意味で裏切った曲やアレンジをあげてきたり、演奏をしてくれる度に「こう来たか!」って思ったりとか。勿論有希子ちゃんの歌や私達の仕事が彼等から引き出したものもあると思うので「新しい音楽が出来た!」っていう喜びがありました。そう言えば3枚目の「十月の人魚」の1曲目「Sweet Planet」と10曲目の「水色プリンセス―水の精―」は小室哲哉さんの曲なんですけど、これは彼が初めて他人に提供した作品なんですよ。小室さんはまだ無名時期で、この2曲は誰かに提供したくて作っていたデモテープの中に入っていたものだったんです。

――レコード会社とかに良く配られる作曲家の売り込み用デモテープの1本だったわけですね。実は今回お話しを伺うにあたって小室さんが参加されていた件については是非聞いてみたいなと思っていたんです。「十月の人魚」の発売が1985年でTMネットワークがデビューした翌年ですよね。小室さんが提供した最初のヒット作渡辺美里の「My Revolution」が1986年なので目をつけるのが凄く早かったなと思ったのですが。

国吉 そういうこれから育って行く人に着目するのもディレクターの大事な仕事なんじゃないかなと思っていましたね。やっぱり小室さんのデモは他の人と違うキラメキがありましたし凄く才能を感じました。それで曲がちゃんと出来上がったので松任谷さんのご自宅のポストにテープを置いて来たんです。

――ポストに直投函だったんですか!勿論メールもバイク便も無い時代ですもんね。

国吉 そうなんですよ(笑) 3ヶ月に1枚のシングルと半年に1枚のアルバムリリースでとにかく有希子ちゃんのスケジュールが厳しかったし、私達も含めてずっと走り続けないといけない感じだったのでいつも車やタクシーを飛ばして渡しに行ってました。それでそのテープを松任谷さんが聴いて後日スタジオに来た時に「誰これ?面白いね」って反応されて。

――特に「水色プリンセス―水の精―」は小室サウンドと呼ばれるものがもうこの頃には出来上がっていたんだなってわかる曲ですよね。

国吉 まさにそうですね。この曲は有希子ちゃんも頑張ってくれたんですけど、歌いこなせていなかったかなって感じでした。あの世界観は最終的には出せなかったかなって思っていて、デモテープの小室さんの歌が凄く良かったのでそれを出したいぐらいなんですけど(笑)」

――今でこそ馴染みのある小室さんの音ですけど当時としては斬新すぎますよね。

国吉 譜割りもこれここに言葉を入れていいんだろうかって(笑)。作詞家の方も凄く迷ったみたいでした。

――アルバムに関して「十月の人魚」では水、「ヴィーナス誕生」では宇宙みたいに毎回コンセプトがあったのも特長だと思うのですが、これはどういう所からの発想だったんですか?

国吉 それは洋楽好きの私達の意向ですね。シングル用に10曲録って選ばれなかった曲を集めてアルバムを作るんじゃ寂しいなと思っていて、曲ごとの良さっていうのも勿論あるんですけど、アートワークも含めてアルバムをトータルで聴いた時にもっと違う世界観が見えて来るんじゃないかっていうのが私達の考えでした。

――そういう意味ではシングルもアルバムを意識して作られていたって事ですか?

国吉 そうですね。デビュー曲は「シングルとしてどうしましょうか?」って話して作りましたけど、その後は全部アルバムとして録っていた中からのセレクトで出していました。

――やっぱりそういう作りだから冒頭にもちょっと触れましたが、当時ヒットしていたアイドルソングと比べた時に異質に感じたんでしょうね。タレントとして凄く人気がある人だったのに、シングルチャートでベスト3に入ったのも最後の作品となってしまった8枚目の「くちびるNetwork」の1位だけですし。

国吉 商品を作るか作品を作るかって天秤にかけた時に私達は作品を作るって方に傾いていったんだと思うんですね。でもそのおかげで結果ではありますけど今回みたいに何十年も経った時に形を変えてリリースする事も出来たし。良い作品というのは必ず残っていってそこからまた何かが始まるんじゃないかって当時も信じていました。チャートが7位だったから次必ず1位を獲れるものをみたいに焦って制作するのは違うんじゃないかなって考えはありましたね。

――岡田さん本人はそういう制作スタンスについてどう思っていたのでしょうか?

国吉 チャートに関しては話したことはなかったのでわかりませんけど、絵が描けたり、文章も書けたりアーティストに近い特別なアイドルでいたいって気持ちはあったと思うので、スタッフがやっていることを多分喜んでくれていたんじゃないかなって思います。

――彼女の凄さとか魅力はどういう所だったと思いますか?

国吉 学習能力が高い子だったので、こちらが意図している“こうやって歌って欲しい”とか“こういう音楽を作りたい”とかいうのを掴み取る力がとても強かったんです。だから“こんな風に出来上がったらいいよね”っていう音楽がそのまま再現出来たっていうことがスタッフ達の喜びでもありました。とにかく世界観を掴むのが上手かったです。どこかでレッスンを受けてああしなさい、こうしなさいって言われたわけではなく、こうしたらいいんじゃないかなっていうのを自分で掴んで取り入れてやっていたし、とにかく真面目な子でしたよね。歌手として長いこと通用する人でいてほしかったので、色々学んで吸収してくれたらいいなってスタッフはみんな思っていました。マイナスな所をあまり見せない子だったのでそこは可哀相だったかなとは思いますけど。レコーディングのスケジュールがなくて3時間の中で4曲録ってくださいとか言われて、こちらが「そんなの無理ですよ」って思っていても彼女は自分の力でそれを可能にしてしまったりしていましたからね。レコーディングのあとに仕事が入っていたりすると「今日はけつかっちん(終了時間を延長出来ない業界用語)ですか?」って自分から聞いてきて時間内できっちりレコーディングを終わらせるし、自分のレコードの売り上げもちゃんとチェックしていましたから当時は凄い子がいるんだねっていう風に思っていましたけど、今思うとそういうのが大変だったんだろうなって思います。

――岡田有希子さんが亡くなってから来年で30年になるわけですが、今回全作品がハイレゾ配信と高音質CDで発売されるにあたってのお気持ちを最後に訊かせて頂けますでしょうか?

国吉 ストリーミングだったり無料配信されたりする楽曲がある一方で、こういうハイレゾで聴ける昔のいい演奏、いいアレンジ、いい歌唱っていうものもあって、そこには両方の良さがあるんですけど、私は音楽にハマるとか堪能するって意味でハイレゾ音源を若者達にも是非聴いてもらいたいなって思うんです。ストリーミングとかで聴いていると音もあまり良くないし音楽を聴くことが嫌いになってしまうんじゃないかなって思ってしまうんですよね。当時のアナログで録った素晴らしいミュージャンやアレンジャーの音楽を聴いて頂いて、そういう風に今の若者も大切に音楽を作って行くべきだし、そうすれば今回みたいに30年経っても聴いてもらえるチャンスだってあるだろうし、それは残って行く音楽になるんじゃないかなと思うんです。なので大事に音楽を紡いでいく事をハイレゾ音源を通して私は訴えていきたいなと(笑)

――岡田有希子さんは勿論ですが渡辺有三さんがご存命だったら今回の音を聴いて喜ばれたでしょうね。

国吉 本当に喜んだと思います。みんないいものに対する気持ちが強かったしその人達が作り上げた賜物なので。今回新たな形でそれを出してもらえることは岡田有希子に関わっていた全てのアーティスト、スタッフ、ファンが嬉しいと思うんです。

(インタビュー:山村哲也)

 


 

<プロフィール>

国吉美織(くによし・みおり)
上智大学英文学科卒 在学中EAST WESTにてグランプリ、最優秀キーボーディスト賞を受賞。 1982年(株)ポニーキャニオン入社、女性第一号のディレクターとなる。 退社後は、自ら作曲・演奏・プロデュースするmilly la foretの活動を軸に、 Zaine Griff、錦織健、斎藤ネコ、三橋貴風ら重鎮音楽家達との共演、 陶芸家、華道家、役者、ゲームクリエータとのコラボレーションなどを行っている。
HP:http://miorio.net/

 


 

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