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[5/27]【連載】松尾潔のメロウな歌謡POP 第7曲目(前編)

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第7曲目:松田聖子「小麦色のマーメイド」(1982)

 

 読者のみなさん、お久しぶりです!およそ3ヶ月ぶりにこの連載に戻ってまいりました。お休みのあいだにもPerfumeスガシカオさんを取りあげた回について多くの方がたから感想のお声をいただきました。ありがとうございます。なかにはアーティストご本人からの反応もありましたよ。

 さて、松田聖子さんのデビュー35周年記念アルバムのリリースが先ごろアナウンスされて話題になっています。昨年末の『NHK紅白歌合戦』で大トリを務めた彼女が、番組瞬間最高視聴率を記録して貫禄を見せつけたのは記憶に新しいですが、このところ作品リリース的にも圧倒的な存在感を示しています。
 というのも、デビューの1980年から2008年までにソニーミュージックから発売したオリジナル・アルバム32作全309曲が、昨年12月から毎月5タイトルずつハイレゾ配信化されているから。それもいよいよ大団円を迎えようとしています。
 連載再開第1回はそんな松田聖子の懐かしいナンバーを取りあげてみましょう。

 ご紹介する曲は、そろそろ夏の気配を感じるいまの季節にぴったりの「小麦色のマーメイド」。松田聖子10枚目のシングルにして1982年夏のナンバーワン・ヒットです。ときに聖子20歳。ハタチの夏のメロウ。
 作詞は松本隆、作曲は呉田軽穂(大女優グレタ・ガルボに由来)こと松任谷由実、そして編曲は松任谷正隆という黄金トリオ。この年ユーミンは1月に「赤いスイートピー」で初めて聖子へ曲提供するのですが、4月の「渚のバルコニー」につづいて3連作の掉尾を飾ったのがこの「小麦色のマーメイド」です。

 ぼくは松田聖子のファンど真ん中ともいえる世代なのですが、じつは数多のヒットシングルをリアルタイムで買ったことは一度もありません。でも今ディスコグラフィーを見て気づいたのは、80年のデビューシングル「裸足の季節」から85年の20枚目のシングル「天使のウィンク」あたりまではそらで歌えるという事実。少なくともサビくらいは。これって凄いことだなと。ライバル中森明菜の初期シングルにも同じことが言えるわけですが。

 かように強力な〈刷りこみ力〉を有す松田聖子初期作品のなかでも「小麦色のマーメイド」は異色の趣をたたえています。キラキラした楽曲群の輝きのなかにあって、これだけはマットな質感。あるいは、ツヤ消しの美、とも言い換え可能。サウンドプロダクションがメロウなAOR流儀だから、といった音意匠以前の話で、何しろサビのメロディがとことん地味なのです。当時、一聴しただけではどこからサビなのか判然としなかったリスナーも多かったのではないでしょうか。

 もちろん、検証的態度で耳を傾ければ“wink, wink, wink”という英語パートが〈サビスイッチ〉として機能していることに気づきます。そもそもサビ前に英語の短いフレーズを配すのはわりとポピュラーな作曲手法。いまパッと思い浮かぶだけでも、平井堅「瞳をとじて」では“I wish forever”が、Mr.Children「Innocent World」では“Mr.myself”が、小柳ゆき「あなたのキスを数えましょう」では“Missin’you”が〈サビスイッチ〉となり、その後に派手なサビを呼び込むことによって役割を全うするのです。

 ところが「小麦色のマーメイド」の場合、スイッチが入ったところまでは確認できるものの、直後のサビは超節電モードの薄暗さ。まぶしくないのです。あえて地味に作ったとしか思えません。駆けのぼらない。されど沈みもしない。フロート・オン。ただ漂うだけ。
 察するに、この「地味」は「滋味」に通じ、聴きこむほどに味わいの豊かさが増すというのが作者たちの意図なのでしょう。そこが黄金トリオたる所以。言葉遊びついでに言うなら、繰りかえしの「鑑賞」に堪え得る音楽は大人の「感傷」にも相応しいということなのかも。

 聞くところによれば、松田聖子の当時のプロデューサーであるソニーの若松宗雄氏はサビの展開の乏しさに不満を抱き、いわゆるサビらしい広がりが欲しいと作曲者のユーミンに改訂を依頼したそう。しかし、当時28歳の若さながら10年以上におよぶプロ作曲家としてのキャリアを誇るユーミンは、メロディに新たに手を加えることを拒否したのだとか。最終的にユーミンの主張を受け入れ、現在の形で世に出すことを決めた若松氏の覚悟がこの曲の運命を決定づけました。

 まずはBPM80程度に抑えたテンポ設定の妙。たとえるなら、濡れたプールサイドを滑らぬよう注意してそろりと歩くスピード。このテンポが松田聖子の歌声の魅力を十分に引きだした主たる理由です。張りあげた時にはとかくキラキラな印象を与えがちなこの声は、そのじつ大人の女の色香をつよく思わせるハスキー成分も多量にふくむ希有なもの。レアな音色の楽器をどれだけ美しく響かせるか。この命題に正面から向きあった若き日の正隆さん(当時31歳)の意気や良し。

 名手ドン・セベスキーのCTI作品を思わせる管弦アレンジの成熟した美しさ、全編にわたって「はしゃぎ」を抑えたリズム隊の巧みさ、各楽器(特にミュートギターとスネアドラム)の音色の選択における妥協のなさ。真昼の暑さではなく午後の気だるさを丹念に描くことで、プールサイドの夏景色を映しだすことに成功したのです。

 

(後編につづく)

 

 


 

 

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オリジナルアルバムには未収録の名曲

松田聖子『小麦色のマーメイド』

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松田聖子のハイレゾ化作品はこちらから

プロデューサー・若松宗雄さんへのインタビューはこちらから

 

 


 

 

松尾 潔 プロフィール

1968 年生まれ。福岡県出身。
音楽プロデューサー/作詞家/作曲家

早稲田大学在学中にR&B/HIPHOPを主な対象として執筆を開始。アメリカやイギリスでの豊富な現地取材をベースとした評論活動、多数のラジオ・TV出演を重ね、若くしてその存在を認められる。久保田利伸との交流をきっかけに90年代半ばから音楽制作に携わり、SPEED、MISIA、宇多田ヒカルのデビューにブレーンとして参加。その後プロデュースした平井堅、CHEMISTRYにミリオンセラーをもたらして彼らをスターダムに押し上げた。また東方神起、Kといった韓国人アーティストの日本デビューに関わり、K-POP市場拡大の原動力となる。

その他、プロデューサー、ソングライターとしてEXILE、JUJU、由紀さおり、三代目J Soul Brothersなど数多くのアーティストの楽曲制作に携わる。シングルおよび収録アルバムの累計セールス枚数は3000万枚を超す。
2008年、EXILE「Ti Amo」(作詞・作曲・プロデュース)で第50回日本レコード大賞「大賞」を、2011年、JUJU「この夜を止めてよ」(作詞・プロデュース)で第53回日本レコード大賞「優秀作品賞」を受賞。
NHK-FM の人気番組『松尾潔のメロウな夜』は放送5年目をかぞえる。

近著に『松尾潔のメロウな日々』(スペースシャワーブックス)。

 

 

 


 

 

「松尾潔のメロウな歌謡POP」バックナンバーはこちらから
 
 
 
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コメント(1)


>あえて地味に作った

手拍子やら掛け声に必死なファン(親衛隊)に
「あいつら歌を全然聴いてないな」と思った松本隆が
聴かせる歌を意識して作った(または作るように指示した)
とか何かで読んだ覚えがありますが。



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